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櫻華の桜  作者: shio
第十一章 桜は血に染まり
131/138

十五


 竜の軍将二人は声も出せず櫻華を見つめていた。

 自分達の役目は櫻華を護ること。それは十二分に理解していたし、役目を外して誓ったことでもあった。けれど、散華の術者――櫻華の戦いに、その姿に手を出すことができなかった。


(強いというだけではない、まさかこれほどとは……)


 阿楼那は内で呟き、周囲に視線を移した。十数人の人間が離れた場所でこちらと同じく櫻華を見ている。動けなかったのだ――櫻華の桜の舞いに。散り舞う桜の花弁は見る者全ての足を止め、そして、心さえも止めてしまう。阿楼那も善現も、竜の軍将として戦いの場で戦いを忘れるなど初めてのことだった。

 だが――ちらりと視線を向ける。


「…………」


 戦いをしかけた相手、緊那羅の少女、神楽は笑っていた。散華に魔をぶつけたにも関わらず、その顔には些かの落胆もない。むしろ櫻華が魔を倒したことを喜んでいる。それが、逆に不安を増大させた。


「……阿楼那さん」


 小さく呼ぶ善現に、阿楼那は頷いた。ともあれ、これ以上の戦いを望んでいないのであれば緊那羅は置いておこう。今は、櫻華のほうが大事だ。


「あれだけの傷、すぐに手当をしないと」


 竜の術には傷を癒やす力もある。善現は急ぎ櫻華へ向かおうとする……が、


「お待ちください、瀧家の皆様!」


 呼びかけられれば無視するわけにもいかず、二人は足を止めた。


「突然、申し訳ありません。私は、破魔護法の術者、この学院の警備を命じられた鍛名木かなきと申します」


 深々と頭を下げる人間の男――鍛名木に阿楼那と善現もまた軽く会釈を返した。人間と八部衆、いや、八大名家の関係は『名家』という名称そのものの関係だった。目の前で魔との戦いがあった今では滑稽な事かもしれないが、だからといって、八部衆のことをわざわざ説明することもない。


「お役目ご苦労様です。それで、なにか?」


 柔らかく受ける善現に鍛名木は愛想笑いを浮かべ、申し訳なさそうに続けた。


「はい、ご覧になった通り、ここは魔が出現する危険な場所。すぐに離れられたほうがよいかと」

「分かっています。ですが、まずは櫻華殿の傷を治すことが先決です」

「あの者は……いえ、あの少女はこの学院の生徒。こちらでお預かりします」


 その言葉に、善現と阿楼那は眉をひそめた。それは、まるで櫻華が厄介者のような口ぶりだったからだ。


(櫻華殿の戦いをどう見ていたのだ)


 そう思い、人間への不信――竜の座で人間を下に見ていたことを自戒したばかりだが――人間への不信が再び湧き上がる。


「いえ、櫻華殿は我らと共に行きます」

「ですがっ」


 問答は無用とばかりに竜の二人は歩き出した。だが、すでに他の人間達が櫻華の周りへと集まっていた。しかし、驚いたことにすぐに助けようとはせず、様子を伺うように近くで止まっている。

 魔と一人戦った散華の者に対しての態度か、持ってはならぬと思っても怒りに拳を握った。だが、ここで人間と争っても意味がないこと、とにかく、今は櫻華へと――そう阿楼那と善現は思い、歩みを進めようとした……その時だった。


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