六
――油断していたわけではなかった。ただ、顕華や竜族と出会ったことで、自身でも気付かず心の隙間に『何か』が生まれた。戦いの一念、それだけのものだった心に、己一人の身ではないこと、そして、散華の重みが加わった。そのことが、その重みが『鈍らせた』。
「――――」
吹き飛んだ竜族の二人、阿楼那と善現に目を向けた一瞬――その一瞬で目の前に現れた黒武者。
魔の気配は感じ取れていた。その動きも、振り下ろされる刀の速さも掴めていたはずだった。袈裟斬りに向かってくる刀を僅かに身を退くことで避ける……だが、
――ィン
風の音が響き、血の線が引かれた刹那、櫻華は地を蹴り瞬時に飛び退った。後ろへ退くと同時に血が飛び出し、紅の粒が落ちると共に櫻華は地に膝をつける。
致命傷には至らせていない。考えるよりも早く身体が動き、最初に刀を避けた時にもう半歩無意識に足を退かせていた。まだ十分に動ける――だけれど、
――ポチャン――
血が落ちると同時、心の奥にある水面にも波紋が広がっていく。
(わたしは……まだ、心が定まっていない)
どうして戦い以外無用と定められない。どうして一念を定められない。
加わった重みを捨てるのではなく、どうしてその重みを背負うことすらできない。
自分は、まだ弱い。まだ迷っている。惑っている。
(覚悟を――)
――強さを。
否――それすらも無用だ。
サァァァァ――
桜が舞う。櫻華の桜花弁が舞い散る。
一念を定めるとは、覚悟を定めるとは考えることではない。全てを一つのものにすること――全てを戦いに向けること。
櫻華は立ち上がり視線を上げた。桜が包むように踊るように櫻華の周りを舞いたゆたう。桜とはいつも一緒だった。そう、確認するまでもなく、自分と桜は一緒なのだ。
(――ありがとう)
心で礼を言い、そして、ザッと身体を向けた。魔に、漆黒の武者に。
羽織った桜の装束が揺れた――その刹那、
「――――」
櫻華は一歩踏み込んだ。無音で間合いに入り斬りかかってきた黒武者の懐に入り、剣線を外すと共に掌をそっと身体に触れさせる。




