四
「久しいな、櫻華」
その者の言葉に櫻華は応えず、阿楼那と善現が前へと足を踏み出した。名を聞かずとも分かる。この気配は八部衆、緊那羅のもの。そして、櫻華を知っているであろう人物は一人しかいない。
「竜族か。色女で羨ましい限りだ」
その者、神楽の言葉に善現が口を開く。
「神楽殿、何用でここに?」
自分の名が知られていることに神楽は笑う。面倒な説明をしないで済むことは有り難かった。
「もちろん櫻華に会いに来たのだ、竜の者。それ以外に何がある」
緊那羅は人との戦を決めている。そして、竜族は散華と共に在る。それだけでお互いの立場は明確だった――けれど。
(八部衆で争うは無為)
阿楼那は内で呟く。
確かに竜族は誓約をとった。だが、人を敵とする緊那羅が自分達の敵になるかといえば……それは違った。理由は単純だ。敵対することは魔と人を喜ばせるだけだからだ。そのことを分かっているのか神楽は笑った。面白くもなさそうに竜の二人を嘲るように笑う。
(戦う気がないなら引っ込んでいろ)
神楽はそう思うが、竜の二人は櫻華を守るために居る、と言いたいのだろう。だが、それこそが戦う者の姿ではない。
(命をかける戦いでなければ面白くもない――そうだろう、櫻華)
神楽は内で呟き、袖から木札を取り出した。
「――――」
櫻華の視線が変わる。そのことを感じ、神楽は嬉しそうに伝えた。
「遊びだ、櫻華」
木札を握り、パキッと軽い音を立てて壊した――刹那、
――――ィィン――――
空気が揺れた。
「っ!!」
阿楼那と善現が息を飲む。この気配は魔のもの……だが、まるで肺まで重く濁るようなこの空気は感じたことがない。
だが、神楽は何も変わることがなく、そして、同じく自然体で居る櫻華に向かって笑った。
「以前にも言ったな。わしとお前は一緒だ。戦う事が己であり、戦うことでしか生きられぬ」
揺れる空気の中から黒い手が伸びる。足が踏み出される。
「煩わしいものは全て壊してやろう。わしがお前の望む戦いの場を作ってやる。さあ、存分に戦え櫻華!」
魔は――黒武者は言葉無く、その場に現れた。
「血迷ったか、緊那羅の娘っ!」
阿楼那が叫ぶ。八部衆が魔を降ろすなどあってはならない。魔と共に在るなどと、絶対にあってはならない。
「血迷う? なにを今更、世自体が狂っているというのに」
神楽はせせら笑った。
「櫻華、教えてやろう。今がどれだけ滑稽な状態になっているか」
神楽は一歩踏み出す。それと同じく、魔も一体現れる。




