五
目の前の夜叉はどうか――強いのは間違いない。一瞬で顔を潰した自分の父とは比べものにならないだろう。
自分とならどうか?
殺せるかもしれないし、殺されるかもしれない。本来なら、それくらいの戦いは好みであったが、どうにもこの夜叉族の主となると気が乗らない。単純に面白くなさそうだからだ。
「味方を殺すわけにもいくまい、夜叉殿」
「そうだな」
――果たして、どちらがどちらを殺すと言っているのか。そのことにはあえて触れず、夜叉は短く応じた。
これ以上の話は無用か――神楽は内で呟き、
「散華の娘の事は知っただろう。今、どうにかしなければ奴はさらに力をつける。我らが思うよりも早く、そして、高く」
「散華の娘のことは聞いている。だが、奴が人間につくとなれば潰すだけだ、我らの力で」
「我らの力、か」
『我らの力』に魔が入っているかどうかは聞かず、ただ、櫻華の存在を知っていることだけを確かめ。
「会って貰ったこと、感謝する。いずれ戦いの場で」
それだけ伝え、早々に背を向け神楽は歩き出した。
「――夜叉様」
神楽が出て行った扉に視線を向け、夜繰祠は静かに――まるで夜の風のように囁いた。
「あの者……どういたしますか?」
「放っておけ」
夜叉は短く応える。
「ですが……!」
「夜繰祠」
「っ」
夜叉の視線、その瞳に、声に、
「……申し訳ありません」
夜繰祠は――それは夜叉の姿から逃げるように――俯いた。
年の離れた夜叉は夜繰祠にとって兄であり、そして、父だった。
夜叉の名を体現する如く闇のように深く、強く、冷たく……けれど、夜のように静かに全てを包み。
父として兄として憧れ、それはいつしか家族の愛情を超える想いとなっていた。
けれど……だけれど。
(お兄様……)
兄は変わってしまった……『あの女』が来てから。
夜繰祠は拳を握った。白い指に、鮮やかな血が滴り落ちる。
そして、あの女――緊那羅の娘。
自らの父を殺し、そして、兄を愚弄した女。
「――――」
夜繰祠の血は流れ続ける。
――それに気付かない夜叉ではなかっただろうが、だが何も言わず、神楽に向けてか、それとも、夜繰祠に向けてか冷ややかに薄く嘲笑った。




