九
「ならば聞き方を変えよう。散華の子よ、お前は如何なる者か。我らに対するか、人間に与するか」
櫻華は答えない。応じない。
――櫻華は非礼をしているわけではない。それを、八竜王は分かっていなかった。
「……応えぬか。それが答えか」
空気が鋭くなる。軍将などは、『気』までも持ち始めていた。
――けれど、櫻華は自然、あるがまま。焦りもない。
「散華の娘――!」
「まあ、待つがよい」
声を荒げそうになった娑伽羅竜王を止めたのは、右に座る老いた竜王。
老竜王は、ほうと息をつくと、髭を触りながら櫻華へと視線を向けた。その眼差しには強さがありつつも柔らかさがある。
「悪いな、散華の娘さん。こやつは真面目で頭が硬い。融通がきかん」
「阿那婆達多竜王!」
「よいよい、とにかくお前は黙っておれ」
声を上げる娑伽羅竜王を老竜王、阿那婆達多竜王は軽く嗜め、「さて」と身体を櫻華へと向ける。
「もてなしもできず済まんな。折角、顕華も帰ってきたというのに、茶と菓子も用意せんとはまったく」
「そういう場ではありません」
「だから、お前は駄目なんじゃよ」
娑伽羅竜王の言葉に、阿那婆達多竜王は大きく息をついた。
「まあ、こうなってしまって申し訳ないが、後でゆっくりしていってくれ、散華の娘さん」
「……ありがとうございます」
櫻華は頭を下げる。その姿に阿那婆達多竜王は嬉しそうに「ほうほう」と頷いた。
「さてさて、話は大体そういうことじゃ。娘さんには関係ないことといえばそれまでだが、わしらとしてはそうもいっていられんでな。顕華の新しい友人に対して申し訳ないのだが」
阿那婆達多竜王は「これくらいの歳になると長く座るのもきつくて敵わん」と座りなおし、続けた。
「娘さん。散華というだけでも、わしらにとっては大事でな。それが今回の緊那羅とも縁があると分かって、それはもうてんやわんやになったわけじゃ。騒ぐのも無理からぬことと分かってくれ」
阿那婆達多竜王は「娘さん」となお続ける。
「お前さんが思っている以上に散華という存在は重い。しかも、じゃ。散華は人にしか使えん。知っての通り、ともすれば人とも戦をしようなどとしている八部衆にとっては散華は大事すぎるのじゃよ。娘さんの一存を我々は無視できぬ。それを、今一度理解してもらいたい」
櫻華は黙っていた。そんな櫻華の姿をどう捉えたか。阿那婆達多竜王は最後に問いかけた。
「それを踏まえた上で、もう一度聞かせてもらえんか。娘さんが、どう考えているかを。我が竜族のために」
櫻華は――僅かに瞼を伏せ、すっと息を吸った。




