102/138
四
いつもとは違う空気は察していた。心の水面に漣が起こる。
「顕華様」と挨拶してくる者達に一人一人優しく微笑み返し、竜宮の間へとすっと袖を揺らし向かいながら顕華は乱れる心を整えるように一つ息をついた。
気になるのは櫻華のこと――だがそれは、リンと二人になったことを心配しているのではない。櫻華と二人になるのはリンのためでもある。あの子に『人』を思い出してもらうために……
(――人を憎むことは、人である自身も憎むことになるのですよ)
それを自覚してもらいたかった。そして、それを教えることができるのは、また同じく人。八部衆である自分ではない。
(リン、あなたの心が変わればきっと――)
その心は他の心をも変えてくれる。そう信じている。長く竜族にいて、誰よりも人を憎んできたリンだからこそ。
(櫻華様には頼りっぱなし)
恩返しをしなければ――そう固く思い、そしてまた、ここからは私の戦い、とも心に誓い。
(櫻華様は私がお守りする)
そう固く固く決意し、顕華は静かに歩を進めた。
竜主、父の元へ。




