二
「父の元へ行ってきます」
朝の食事が終わった後、顕華は櫻華にそう伝えた。
「わかりました。準備をしてまいります」
「いえ、リンは櫻華様とともにいてください。この屋敷を櫻華様お一人にお願いするわけにはいきません」
「ですが」
「リン、お願いを聞いてくれませんか」
顕華にそういわれたら、リンは断ることはできない。内の心は消して、「はい」と頷く。
「申し訳ありません、櫻華様。すぐに戻ってまいりますので」
櫻華もまた黙って頷く。そんな櫻華に対して顕華は、
「本当は内緒にしておくつもりだったのですが、やはり隠し事はできませんね。お話しておかないと、今日はもっと客人が増えそうです」
昨日出会った二人の竜王のことを言っているのだろう、そう話し悪戯っぽく笑った。
「櫻華様はゆるりとされていてください」
にこりと微笑み、顕華は座を立ち上がった。
――そう顕華と話したのが一刻ほど前。
櫻華は庭に立ち、空を見上げていた。ここへ来た時とまったく変わらず、この地には神気ともいうべき清々しい空気に満ちている。息を吸うたびに身体の内から全てを洗われているようだった。
風に髪と袖を弛ませる――そこに、一枚、二枚とそっと流れる桜の花弁。意識せずとも、瞳を閉じ空を風を木々の葉を感じるだけで自然と桜花は舞い顕れた。静かに、深く深く心を定めていく――言葉ではない『何か』。その一点を感じ取り、やがて身体の全てに伝わっていく。重く、深々と――
「――――」
――その瞬きの刹那、櫻華は気配を感じ静かに瞼を開いた。振り返らずとも誰かは気配で分かる。そもそも今は自分以外にはもう一人しかいない。
櫻華はすっと身体を動かし視線を向けた。竜の刺繍が施された蒼い装束を纏った少女、リンは怒ったような悔しいような、そんな表情を浮かべ、だけれど、自分の何かを押し通すように櫻華を睨むと静かに強く呟いた。
「顕華様の客人であっても、人である限り私はお前を信用していない」
リンは櫻華に一歩ずつ近づき、なお言葉を続けた。




