十
「――――」
サァと静かにそよぐ風に髪をなびかせ――黒髪を後ろで結んだ少女、櫻華は一人佇み、校舎側の桜を、流れる桜花をただ眺めていた。準備運動を終えたら二人組むように言われているのに、そうする気配もない。
(別の場所に一人立っているような)
櫻華の周囲にはそんな空気がある。事実、何故か櫻華の周りには人がいなかった。が、逆にそれが良く似合い、違和感がないというのもどこか皮肉なものだ。
「識さん」
声をかけられ、神楽は櫻華を眺めるのを止めて振り返った。
「私と組み手をやってもらえませんか?」
巴が微笑みかけてくる。話していた周りの女学生たちも――名前を覚えてなく覚える気もないので女学生と呼ぶしかできないのだが、その学生たちもそれが当然の如く黙って見つめてきていた。
おかしなものだ、と神楽は思った。自分が王子かなにかで、姫からダンスの相手を申し込まれたような、そんな空気がある。実際、周りの人間たちは名家の人間である自分の相手は巴が一番相応しいと思っているようだった。
苦笑せざるを得ないし、正直にいえばあまり居心地のいいものではない。有難迷惑という以前の問題だ。有難い事など一つとしてないのだから。そういえば、転入の挨拶をした後も休み時間というものに入ると何故か教室のほとんどの人間が話しかけてきた。識家という自分の立場は自覚している。だから興味があるというのは分からないでもないし、持て囃すような話し方をしてくるのも分かる。近づき取り入ろうとするような……本人に意識はなくとも心の内にはそういう思いがあるに違いない。
(そういえば、その人間の中心にはこやつがいたな)
乱雑に話しかけられているように見えて、どこか巴が中心者になっていた。それこそ無意識だろうが、巴自身もそれは自覚しているだろう。そんな巴と学生に隠すことなく苦笑し、神楽は巴を含めた女学生たちに向かって問いかけた。
「それより、何故、あやつ――櫻華は一人でいるのだ」
その意外な言葉に、神楽の前にいる全員が目を丸くした。
それぞれに顔を合わせ、巴以外の人間が口々に言い始める――その話題を話すことが慣れているように。
「だって、なにか声をかけ辛くって……」
「そうそう、いつも本ばかり読んでるし、暗いし」
「一人が好きなのよ、きっと。ほら、近づいてこないでって雰囲気出てるしさ」
「ちょっと何を考えてるのか分からないよね――」
まだまだ続きそうな学生の言葉を一通り聞き、
「成程」
神楽は頷き……そして、笑みを浮かべた。




