一
序
――その者、薄紅の衣を纏いて。
トッと緩やかに舞い降り、少女は静かに瞳を開いた。
富士の高きから、蒼海の深きから。
揺ぎ無く、淀み無く、黒耀の瞳を向ける。
その時、一片の桜の花弁が舞った。
第一章 識神楽
春。
一つ一つの小さな花々、並ぶ木々、風や空のような目に見えぬものまでも。
全てが煌き彩り香る――そう、卯月が時。
雲一つない青空に鮮やかな薄紅色の桜が目に映え眩しい、そんな暖かな陽射しの中。
学生たちが歩いていく正門から学院までの道の途中、左手に植えられている桜の木々の下でただ一人黒髪の少女は立ち止まった。
見上げ、そして、ふと(羨ましい)と思った。自分と同じ名のこの花を。
空を埋め尽くさんばかりに咲いている満開の桜を。
眩いほどに咲き誇っている桜。咲き誇り、そして、散る時を桜は知っている。
咲いてから散るまで、その清らかさは汚れることはない。
少女の目には何が映ったか――その視線の遥か先は、見つめるものは。
その瞳の奥は、内に芽生えた感情は。
穏やかな風吹かれ、花弁が一枚だけ少女の前に舞い降りてきた。
すっと手を上げる。すると、まるでそれを待っていたかのように花弁が掌へと納まった。
手にある小さな桜の花弁を見つめ、少しだけ微笑む。
――ありがとう、と。
なんだか桜と話した気持ちになり心でお礼を言うと、少女はそっと花弁を包み再び歩き出した。
少女の心知るは、桜の花弁のみか。
サァ――
応えるように、迎えるように、桜舞う、桜散る。
緩やかに髪を靡かせ歩いていく。桜の中を、桜花と共に。
少女――妙月櫻華の前には、満開の桜が広がっている。




