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最終章 時間の贈り物

最終章 時間の贈り物


     一


 美月と詩月の川崎旅行は無事に終わりを迎える。

 二人は森田という五芒星のペンダントの制作者に出会い、ペンダントの秘話について聞き、同時に、ペンダントでできるタイムトラベルが残り一回だと聞かされたのである。

 この一回というのは、往復分ではなく、片道の切符のみである。美月と詩月は、祖母をタイムトラベルの呪いから救う役目を担ったが、通常状態ではそれができない。なぜなら、五芒星のペンダントで残されたタイムトラベルの能力が、片道分のエネルギーしかないからである。

 この問題を解決したのが、他でもない五芒星のペンダントの前所有者である理沙だ。彼女は、恐ろしいほどの自己犠牲の精神を発揮し、自らの生命力と引き換えに、往復分のタイムトラベルのエネルギーを充填し、さらに美沙が1968年の世界に留まれるようにしたのである。

 この異常な選択に、美月も詩月もどうしていいのか判らなかった。理沙とは会ったばかりであり、決して彼女に対して深く知っている訳ではないのだが、二人の祖母である美代=美沙の双子の妹である。そして、タイムトラベルという入りくねった関係のなのだが、れっきとした家族なのだ。

 だからこそ、美月も詩月もこの理沙という人間に幸せになってもらいたかった。二人は、理沙が1968年の世界にタイムスリップし、そこから1996年の世界に帰ってから、どんな人生を歩んだのかは詳しくはない。

 しかし、理沙はすでに父を失っているし、結婚もしていないようである。恐らく、理沙は、自分の命を使って美沙たちを救うのだと、遠い昔から決めていたのだろう。同時に、その使者として間接的な自分の子孫がやってくることを、予期していたのかもしれない。

 だからこそ、強い決意を持って、美沙と弘の幸せのために、自分の命を捧げると覚悟したのだろう。

 新潟に帰って来た美月と詩月は、自分たちに課せられた役目の重さを感じながらも、最後の最後まで理沙の選択に「うん」とは言えないのであった。

 作戦の決行日は八月八日である。

 森田が満月の日にタイムトラベルをすると、滞在時間が長くなると告げたため、1968年八月の満月の日を選んだのだ。

 同時に、この日は、1996年から1968年にタイムトラベルした美沙と理沙が別れた人でもあったのだ。また、清美は1968年の六月十五日に発生した、東京大学安田講堂の学生の占拠事件に関わっている。この時彼は、学生と警視庁機動隊の衝突による後遺症で七月一日に亡くなった。

 つまり、美月と詩月がタイムトラベルするのは、清美が亡くなってから約一ヶ月後の世界である。

 作戦決行日を数日後に控えた、夏の終わりが見えてきたある日の夕暮れ、美月と詩月は自宅の自室で二人で話し合っていた。話す内容は、もちろん理沙のことである。納得のいかない理沙の決断に、二人は迷っていたのである。自分たちに課せられた役目を、そのまま担ってもいいのかということに…

「理沙さん、死んじゃうのかな」

 と、寂しそうな口調で詩月が呟いた。

 二人がいる一室は、夕焼けの赤焼けた日差しが差し込み、哀愁の色が広がっている。詩月の言葉を聞いた美月も、深く頷きながら

「理沙さんは、ペンダントにほとんど全ての生命力を注いだから、もう長くないと思う。それに彼女は本気だと思う」

「アタシ、嫌だよ、理沙さんが死んじゃうの」

「理沙さんは、自分なりの愛の形を示そうとしているのよ。私たちはまだ中学生だから、愛について知っていることなんてたかが知れてるけど、理沙さんは、おじいちゃんと美沙さんを心の底から愛しているからこそ、自己犠牲の愛という形を選んだのだと思う」

「そんなの間違ってるよ。不幸すぎるよ」

「判ってるけど、今回の任務は誰かが犠牲にならないといけないのよ。森田さんに五芒星のペンダントは直してもらったけど、往復分のタイムトラベルができない。私たちが、1968年にタイムスリップして、帰ってくるためには、誰かの生命力を使ってエネルギーを補填しないとならない」

「つまり犠牲が必要になるってことだよね?その生贄みたいな役目を、理沙さんが担った。だけど…悲しすぎるよ」

 悲痛な響きのある声で詩月が言った。彼女も悲しいのだ。会ったばかりとはいえ、美月も詩月も理沙に対して親近感を覚えていた。だからこそ、二人は美沙だけでなく、理沙自身にも幸せになってもらいたかった。

 しかし、五芒星のペンダントの限界回数がある以上、誰かが犠牲になる必要がある。それは、美月や詩月にも判っていた。判っているのだが、納得ができない。スコア上は勝負に勝ったのに、精神的には大きく負け越してしまったような、深い寂寥感が襲ってくるのである。

 二人の間に、針で刺すような沈黙が流れる。二人の役目は、弘と美代を幸せにすることだ。命を削って1968年に留まった美沙に対し、生命力を使わないでその時代にいられるようにする。それが、大きな役目であるし、西園寺家が幸せで満ちていくためには、重要なミッションなのだ。

 だかこそ、この役目は必ず成功させないとならない。もしも失敗したら、それこそ理沙が報われない。命を投げ出し、自己犠牲の精神をフルに使って自らの愛情を貫いた、理沙が報われないのだ。

 それでも、美月には一抹の不安があった。その不安は、時を追うごとに大きくなり、キリキリと万力で絞めるように、美月を苦しめるのである。

「ねぇ、上手くいくと思う?」

 と、不安そうな口調で美月が呟いた。もちろん、詩月に対してである。

 詩月は、美月の不安が判ったのであろう。元気づけるように声を出した。

「大丈夫だよ。きっと上手くいく」

「私ね、いくつか不安があるの」

「不安って何?」

「まず、タイムトラベルが抱える矛盾に関係しているんだけど、気になるのは、私たちのおばあちゃんである美代さんの起源」

 真剣な口調で美月は言った。

 対して詩月は、美月の意図が判らず、ただただポカンとしてしまう。起源というのは、一体何を意味しているのだろうか?

「どういうこと?美代さんの起源って何?」

「美代さんは、私たちのおばあちゃんだけど、元々は1996年を生きていた人間だった。その人間が1968年にタイムトラベルしておじいちゃんと結婚すると、いつから美代さんが始まったのか判らなくなる。つまり、美代さんが1996年から1968年にタイムトラベルすることが、ループになっているの。定数のループって言えばいいのかな?」

「定数のループ?それって何なの?」

 と、不思議そうな声を出し、詩月が尋ねる。

 SF的な素養の全くない詩月にとって、定数のループという概念は、小学生が数学のミレニアム問題に挑戦するくらい難解であった。

 キョトンとしている詩月を見つめる美月は、慎重に言葉を選び、解説を始めた。


     二


「定数のループっていうのは、簡単に言えば、時間の流れが一体のパターンで繰り返される現象のことよ。このループ内の出来事は、外部からの干渉がなければ、そのパターンが変わらない。ループの中にいる人々は、その中で決められた役割を果たし続け、時間が進むにつれて、再び同じ地点に戻ることになるよ」

「それはつまり、美代さんは、永遠に1996年から1968年に行き、1982年に亡くなる。でも1996年になると、蘇って再び1968年に行くってことかな?」

「まぁそんな感じ。美代さんは、1996年の段階で十四歳だった。その十四歳の美代さんが、十四歳のまま1968年に留まる。けれど、美代さんはタイムトラベルの呪いで生命力が半分の半分になっているから、1982年に二十八歳で亡くなる。だけど1982年には生まれてくる美代さんがいるから、その美代さんがまた1996年になったら1968年にタイムスリップして生命力を使って1982年に亡くなるの。このループが永遠に続いていく。これが定数のループっていう概念かな」

「その定数のループっていうのを、解除させないと、アタシたちのミッションはうまくいかないってことだね?」

「うん。そんな感じ。タイムトラベルのトリガーが、美代さんが1996年の世界から1968年の世界にタイムスリップするっていうこと。これがループのトリガーとなっている。彼女が過去に行くことで、その時点での出来事が発生し、その後の歴史が確立される。その可能性が高いわ。もちろん、タイムトラベルっていうのは、その存在自体が矛盾で満ちているから、確かめるための情報が少ないのは事実なのだけど…」

「何だかタイムトラベルって厄介なんだね。ドラえもんは、もっとシンプルな気がするけど」

「ドラえもんは、フィクションだし物語を楽しませるために、タイムトラベルの矛盾についてはあまり言及していないのよ」

 美月は、淡々と告げる。

 この時美月が導き出したタイムトラベルの定数のループは、二人のミッションの成否に大きく関わってくる。美月は、若くしてそれを見抜いていたのである。

 翌日―

 美月と詩月は1968年の世界にタイムスリップするために、五芒星のペンダントを掲げ、準備をしていた。五芒星のペンダントでできるタイムトラベルは残り一回。帰ってくる際は理沙の生命力を使う予定である。

 何もかも不安な中、美月も詩月も息を呑んで、同時にペンダントに触れた。今、彼女たちがいるのは、自室だから、ここで二人が過去にタイムトラベルしたとしても、問題はない。ただ、1968年の段階で、2024年に美月たちが暮らしている家が、どのような形になっているのかは、判らなかった。

 二人が五芒星のペンダントに触れ、美代を救いたいと強く願った時、辺りは白いモヤに包まれた。この情景は以前1996年の世界にタイムトラベルした時と同じである。五芒星のペンダントが、最後の力を使ってタイムスリップをしているのだろう。

 美月も詩月も白いモヤの中で目を瞑った。そして、次に目を開けた時、そこは何もかもが違う全く別の景色が広がっていたのである。

 1968年の新潟市は、戦後の復興と高度経済成長の波に乗り、都市と農村が混在する風景が広がっていた。港町として栄えており、街の中心部には、活気ある市場や商店街が並び、人々の生活が生き生きと感じられた。

 街は、2024年の世界とは違っていて、古い日本家屋が多く立ち並んでいる。しかし、その中にも新しい建物が増え始め、近代化と伝統が共存する様子が伺えた。同時に、この変わりきった風景を見て、美月も詩月も、ここが2024年ではなく、1968年なのだろうと察した。

 1968年の弘の家はすでに調べてある。2024年の西園寺家からそう遠くない万代地区に住んでいるのである。だからこそ、二人は自室からタイムスリップしたのだ。同時に、二人は森田からのアドバイスで、満月である八月八日の夜に時間を合わせ、タイムスリップを敢行したのである。

メモ書きした住所を頼りに、二人は夜の闇が広がる古びた街を歩いた。

 弘の家は、伝統的な日本家屋で、一階建ての広い敷地に庭が広がっている。美月は、時代を感じる家の扉をノックし、この家に暮らす誰かが出てくるのを待った。

しばし、待っていると、玄関の扉が開けられた。二人の視線の先には、若い男性が立っている。高校生か大学生くらい。少年のあどけない様子が、色濃く残った男性であった。

「どちら様ですか?」

声は若い。しかし、美月も詩月も声の様子でそれが弘だと判った。判っていながら、美月は青年に向かって尋ねた。

「あなたは西園寺弘さんですね?」

 その言葉を聞き、青年は驚いた表情を浮かべた。

「どうして僕の名前を?君たちは誰?」

「説明すると長くなるんですけど、私たちは、あなたの知っている美代さんという人間を救いに来ました」

 美代という言葉が出て、弘は一層驚いた表情をする。恐らく、弘は美代が未来から来たことを知っているのだろう。だからこそ、驚いているのだ。

「君たちも未来から来たの?」

「そうです。私たちは、2024年の世界からやって来ました。あなたと美代さんを救いに。美代さんはどこにいますか?」

「僕の部屋にいるよ。入りなよ。何となくだけど、君たちがどうして未来からこの世界にやって来たのか判るような気がする」

 弘は勘が鋭いのかもしれない。真剣な表情をした彼は、美月と詩月の二人を自室に案内する。

玄関は木製の引き戸であり、玄関先には履物が綺麗に並べられていた。家の中は、広い畳の部屋がいくつもあり、床の間には家族の写真や掛け軸が飾られている。また、家の前には、美しい日本庭園が広がっており、季節ごとの花々や石灯篭、小さな池が配置されていた。

庭には見事な松の木が立ち、池には鯉が泳いでいた。恐らく、庭師が丁寧に手入れをしているのだろう。美月や詩月の知っている弘も庭いじりが好きだった。彼の特徴は、この整然とした美しさを保つ、この家が育んだのかもしれない。

弘が案内した部屋には、美月たちと同じくらいの歳の少女がいる。そして、その少女は、まるでそれを予期していたかのように、美月と詩月を交互に見つめた。


     三


「あなたたちもタイムスリップして来たのね?」

 と、少女は言った。

 その言葉を受け、詩月が答える。

「そうです。アタシたちは、あなたの運命を変えにきたんです」

「私の運命?」

「はい。美沙さんは、この世界に残るために自分の生命力を使いました。だから、あなたは1982年に死んでしまうんです。でも、1982年には、生まれてくる美沙さんがいます。その美沙さんが、1996年になると1968年にタイムトラベルして弘さんと一緒になるっていう定数のループが生まれているんです。アタシたちは、その運命を打破させ、美沙さんと弘さんが幸せになれるように、ここに来たんです」

 美沙は、真剣な表情で詩月の言葉を聞いていた。彼女は、生命力を使い、1968年の世界に滞在することにした。それは自身も知っているのだろう。だからこそ、1982年に死ぬと言われても、あまり驚いていないように思えた。

 冷静を保ちながら、美沙は告げる。

「それで、あなたたちはどうやって私を救うのかしら?」

「それは…」

 詩月はグッと言葉を詰まらせる。理沙の生命力を使うとは言いたくなかったのである。しかし、誰かが言わなければならない。黙り込んだ詩月を見た、隣に立つ美月が代わりに口を開いた。

「理沙さん。あなたの双子の妹の生命力を使います。実を言うと、私たちは彼女の生命エネルギーを使って、元の時代に帰る予定です」

「そう…」

 美沙は、遠い目をしながら微かに呟いた。その声質からは、何を考えているのか全く判らない。

 たっぷりとした間を置いた後、神妙な面持ちをした美沙が口を開いた。

「私は理沙の生命エネルギーは使えない。それだけはできないわ」

 その声は、どこまでも本気さを感じさせる響きがある。

 対する美月は、心のどこかで美沙がこのように返答するのではないかという思いがあった。だからこそ、彼女は今回のミッションに一抹の不安を覚えていたのだ。美沙と理沙は、美月と詩月と同じで一卵性の双子である。お互い近いものがあるのだ。

 つまり、理沙が考えていることは、同時に美沙も考えているのである。理沙が命を使うのなら、自分も使わなければならない。恐らく、美沙は理沙の命を使うくらいなら、自分の命を率先して使いたいのだろう。

 理沙は、美沙と弘の幸せを願い、自分を犠牲にした。すなわち、自己犠牲という形の愛である。それと同じで、美沙も自己犠牲の精神を発揮し、理沙に幸せになってもらいたいのだ。だからこそ、理沙の申し出を断るのであろう。

「それじゃ、理沙さんが報われません。理沙さんは、自分の命を捨ててでもあなたたちに幸せになってもらいたいのに」

 と、悲痛な声をあげる美月。ここで食い下がる訳にはいかない。なぜなら、美月や詩月にとっても、ここで美沙を取り巻く定数のループを抜け出させ、彼女に生きながらえてもらわなければならないのだ。

 しかし、一向に美沙は首を縦に振ろうとしない。断固拒否の姿勢を貫いているのである。

 美月が困り果てていると、隣に立つ詩月が口を挟んだ。

「ねぇ、アタシ、一つ思ったことがあるんだけど」

 慎重な声を出す詩月に対し、美月が興味深そうに尋ねる。

「何を思いついたの?詩月」

「アタシと美月が新潟に行き、五芒星のペンダントの制作者である森田さんに会ったよね?その時、森田さんが言ったじゃない。タイムトラベルできる時間は限られているって。タイムトラベルは、一時間という時間的な制約がある。でも、森田さんは、月の光をエネルギーにすれば、それが三倍に伸びるって。それってさ、月の光を使えば、人間の生命エネルギーに匹敵するようなパワーを生み出せるってことじゃないかな?」

 詩月が放った言葉は、美月や美沙にとって晴天の霹靂に近い響きがあった。確かに、言われてみればそうである。

 月の光は、古来から神秘的な力があるとされてきた。だからこそ、森田はタイムトラベルできる時間を延ばすために、満月の光を利用する作戦を言ってきたのである。月光にタイムトラベルの時間を延ばす作用があるのなら、それは使い方によっては人の命と同じくらいのエネルギーを生み出せるという意味になる。

 問題は、どうやって理沙の生命力に匹敵するほどのエネルギーを集めるかである。これが判らないと、詩月が呟いた作戦は水泡に喫してしまう。

「確か…」と、美月が言う。「森田さんはあの時、広い場所で地面に五芒星の印を書いて、自然のエネルギーを集めるのだと言ったわ。もしかすると、もっとたくさんの生命エネルギーを集める方法があるのかも知れない」

 美月が凛とした口調で言ったのだが、問題となる、理沙の生命力を補填するような自然エネルギーを集める方法が判らない。恐らく、それを知っていたら、真っ先に森田が教えてくれた筈なのである。彼が何も言わなかったのは、意地悪からではなく、自然エネルギーで人間の命に匹敵するほどのパワーの集め方を導き出せなかったからなのであろう。

 それが判らなかったからこそ、森田は人の命を糧とするタイムトラベルしかできなかったのかも知れない。

 痛いほどの沈黙が室内を覆うと、窓辺からわずかに月明かりが差し込んできた。

 1968年八月八日は満月なのである。美月は事前にそれをインターネットで調べ、その日を選んでタイムスリップしたのだから間違いはない。窓の外を見つめると、大きな満月が煌々と光り輝いているのが判った。

「ちょっといいかな。君たちに協力できるかも知れない」

 そう言ったのは、青年の弘である。同時に、彼の口調には芯のこもった強い響きがあった。


     四


「兄さんが残したノートに、役に立ちそうな情報が載っている」

 弘は告げる。

 その言葉を聞いた美沙が質問を飛ばした。

「清美さんが残したノート?何を残したの?」

「兄さんは古代文明だとか、未来のテクノロジーに関して強い興味があったんだ。それで、関連する書籍をたくさん読んでいたんだよ。兄さんが亡くなった後、僕は兄さんの部屋の整理をしたんだけど、その時奇妙な本を見つけたんだ」

「奇妙な本?」

「そう。生命力だとか、タイムトラベルだとか、そういうことが細かく記されたノートだよ。兄さんは密かにそのような書物を調べていたみたいで、それをまとめたノートなんだ」

「そのノート、どこにあるの?」

「僕の部屋にある。つまりこの部屋さ。机の引き出しの奥にしまってあるんだ。誰に言ったとしても、信じてもらえようにないからね」

 弘は机の引き出しに向かい、一番上の引き出しを開け、その奥から古びたノートを取り出した。そのノートは、何度も修正を重ねられた影響で、とても痛んでいるように見えた。その内容を抜粋して紹介すると、以下のような文章が書かれていた。


『森田氏から頂いた五芒星の鏡。俺は、これに何か意味があるような気がする。この鏡は、森田氏がエジプトで見つけたものだが、彼はまだ何か隠しているようにも思える。重要な何かだ。あの人はどこか達観しているし、普通の人間ではない。恐らく、エジプトで何かを発見したのだろう。俺も、彼と同じように、古代文明についての研究がしたい。きっと、この五芒星の鏡には何か意味があるはずなのだ。古代エジプト人が何らかに使ったのだろう。俺はそれを調べ上げたい。俺が導き出した一つの答えは、月光を集約するということだ。古来から月の光には神秘的で魔的な力が潜んでいるとされていた。多分だけど、五芒星の鏡には、月の光を集める役割があるのだと思う。俺なりに、五芒星の鏡を使う方法を考えてみた。これを使う日が来るかどうか判らないが、記しておこうと思う。


①月の光がよく見える広い場所に行く

②地面に五芒星の印を描く。(五芒星の印には魔的な力が内包されている)

③鏡を五芒星の印の中央に置き、月光の光を反射させるようにする

④鏡の周りに植物や石、砂を使って道管を形成する

⑤古代の呪文を詠唱する。(しかしその呪文が判らない)

⑥エネルギーを呼び込むためには、人数が多い方がいい

⑦儀式の間は、参加者全員が深い集中に入ること

⑧心を一つにする(恐らく何からの統率が必要)


以上を行い、月光からのエネルギーを五芒星の鏡に集約することができる。

しかし、その集めたエネルギーを何に使うのは不明である。また、以上の儀式は全て俺のオリジナルであり森田氏は知らない。恐らく、今後も話す機会はないだろう。』


「森田氏って五芒星のペンダントを作ったあの森田さんだよね?」

 興奮した様子で詩月が声を出す。

 エジプトで五芒星のアイテムを見つけ出したのは、他でもない森田雅彦であろう。同時に、1968年以前の世界で、森田と清美は会っていたのだ。そこで森田は同じような研究をしている清美に五芒星の鏡を預けた。それに意味があるのかどうか判らない。だが、森田は、自分に課せられた役目のようなものを、同じような思いを持つ人間に引き継ぎたかったのかもしれない。だからこそ、大切な古代エジプトのアイテムを、清美に託したのだろう。

「そうよ。森田さんと、清美さんは関係があった。これは何という因果かしら。私たち家族は、深いところで繋がっているのよ。愛という絆で。もしかすると、清美さんが残したメッセージを手掛かりにすれば、理沙さんの生命力を使わずに、タイムトラベルの呪いを回避できるかも知れない」

 美月が冷静に告げると、それを聞いていた美沙が口を挟む。

「だけど、五芒星の鏡がないわよ」

 その問いに対し、弘が机の引き出しから、小さな鏡を取り出した。それは裏面に五芒星の印が描かれた鏡であった。

「これが恐らく五芒星の鏡だよ。つまり、鏡はある。兄さんの遺品さ。僕が密かに引き継いだんだ」

 鏡を見た美沙は、さらに言葉を継いだ。

「でも、鏡に月光を集めるだけでは全てのエネルギーを集めるのは無理だと思う。だって、考えてみて、もしもそれ可能なら、すでに森田さんがやっているはずよ。だってあの人、不老不死だし」

 確かに美沙の言うとおりかも知れない。

 森田は古代エジプトの超古代文明に関する知識があったはずだ。ならば、五芒星の鏡を使ったエネルギーの充填方法も編み出せたはずなのである。なのに、彼はそれをしなかった。いや、できなかったと言うのが正しいのかも知れない。

 暗黒に近いほどの沈黙が界隈を支配すると、それを静かに美月が破った。

 彼女には、強い確信めいたエネルギーの充填方法があったのである。

「私に考えがあります。と言うよりも、これは私の組み立てた推理なのですけど、聞いてもらえますか?」

 美月の可憐な声が室内に響き渡る。同時に、皆の視線が一斉に美月に注がれた。ここにいる誰もが、美月の次なる言葉を待っているようだ。

 美月は自らの組み立てた推理を話し始める。

「五芒星のペンダントの発動条件に、愛する人のため、と言うものがありました。私はこれが一つのポイントだと思っています。愛という力が、大きな大きなエネルギーになるのです。だから、五芒星の鏡を使って月光を集める時も、愛の力が重要になると思います」

 それを聞いた詩月が質問を飛ばす。

「でも、愛の力ってどうやって手に入れるの?」

「それは簡単。ここにいる私と詩月、美沙さん、そして弘さんは今は同年代だけど、未来では祖父母と孫という関係になる。つまり、家族なの。だから、この家族が力を合わせて愛の力を発揮すればいい。多分、家族写真とか、家族の思い出の品とか、そういうものも使っていいと思う。私たちが川崎に行き、森田さんに会った日、彼は、五芒星のペンダントに月の光を集める時、植物や石、砂なんかを使って、道管を作るといいと言っていたわ。それはつまり、光を集める時に、愛に関するアイテムを使ってもいいということになる。補助的な役割として、いろいろなアイテムを使っていいの。だから、家族の愛が伝わるようなアイテムを使って、月光を集めれば、きっと理沙さんの生命力に変わるエネルギーを手にいられるはず。多分だけど、森田さんは、それを知っていたのかも知れない。でも、彼はできなかった。なぜなら、彼には家族愛に関するアイテムが何もなかったから。彼は不老不死になり、多くのものを犠牲にしたと言っていたわ。きっとその犠牲に中に、愛も含まれていたのだと思う。そして、愛のエネルギーを貫ける人間が現れるのを、心のどこかで期待していたのかも知れない。いいえ、恐らく森田さんは、知っていたはず。清美さんの弟が弘さんで、彼らに会いに美沙さんと理沙さんがタイムトラベルすることを…」


     五


 美月の推理を聞いた一同は、家族愛と呼べるような代物を集め始めた。それは、家族写真をはじめ、家族が大切にしていた人形や本、置物など、全てを集めたのだ。そしてそれらを庭に集め、その中心に五芒星の印を描いた。

 準備が整っていくのを見た弘が徐に口を開く。

「美月ちゃん。五芒星の鏡で月光を集める方法は判ったけど、最後のピースが足りない。それは、兄さんのノートにも書いてあった儀式の呪文さ。それは判るの?」

 問われた美月は、静かに声を出した。

「えぇ、知っています。その呪文は、すでに森田さんに聞いてあります」

「それは何なの?」

「तरिता(タリタス)です。永遠に生きるという古代の言葉みたいなんですけど。森田さんというのは、永遠に生きる不老不死、つまりタリタスなんです」

「そうか。なら、これで本当にエネルギーが集められるわけか。…ねぇ、君たちは本当に僕の子孫なの?」

 その言葉を聞いた美月は、少し沈黙した後

「…はい。そうです。おじいちゃん」

 おじいちゃんと言われた弘は、微妙な顔を浮かべたが決して嫌そうには見えなかった。同時に、その表情は、美月や詩月の知っている弘の姿とよく似ていた。

 準備が整い、美月、詩月、美沙、弘の四人は、月光が差し込む庭に立っていた。これから儀式を行うのである。美月たちが過去に滞在できる時間は長くないため、スピードが求められるのだ。恐らく、これがラストチャンスになるであろう。

「ここにいる全員で円陣を組んで、呪文を唱える。月の光は確実に五芒星の鏡に吸い込まれているし、君たちが持っていた五芒星のペンダントもそこに置いてある。原理はよく判らないけど、森田さんや兄さんが言っていた通りにすれば、問題なく上手くいくと思う」

 と、神妙な声で弘が言った。

 そして、美沙も頷き、それに合わせて美月や詩月も首を上下に振った。

 準備は整った。あとはやるだけである。理沙の生命エネルギーを使わずに、美沙をこの世界に残し、弘と結ばれるようにする。そうすれば、美沙を取り巻いている定数のループを抜け出せるのであろう。

「きっと、あなたたちがトリガーなのよ」と、美沙は言った。「私を定数のループとやらから解放するのは、あなたたちの持つ、私たちに対する愛の力。それがあるから、未来の私も幸せでいられるはず。ありがとう、美月ちゃん、詩月ちゃん」

 その言葉を聞いた後、四人は手を繋ぎ円陣を組んで一斉に空に向かって叫んだ。


「तरिता」

 

タリタスという超古代文明の呪文が叫ばれ、あたりはシンと静まり返った。わずかに夜の草木が風に靡く音が聞こえる。数秒の間があった後、突如、五芒星の鏡と、その中心に置いたペンダントが光り輝きはじめた。同時に、辺りを白いモヤが覆っていき、ドライアイスの中にいるかのような状態になる。

どのくらいだろう。酷く時間が過ぎたような感じもすれば、一瞬しか経っていないような気もする。不思議な時間感覚である。これが本来のタイムトラベルの姿なのかもしれない。

美月と詩月は、ふと目を明ける。すると、そこは先ほどまでいた弘の家の庭ではなく、夜の公園であった。

「ここ、どこだろう?」

 状況を読み込むのに必死な詩月は、不安そうな声でそう言う。

 それを受け、美月が答える。

「恐らく、2024年の世界に戻って来たのよ」

「美沙さんたちはどうなったのかな?」

「判らない。それよりも五芒星のペンダントは?」

 問われた詩月は、上着のポケットを探る。するとそこには、壊れてしまったペンダントの姿があった。

「完全に壊れたみたい」

 と、残念そうに詩月が言う。

 対して美月は

「とりあえず家に帰りましょう。私たちが過去に行ったせいで、未来が変わったかもしれないし」

「そうだね。帰ろう」

 二人は、夜闇が広がる道を歩いたー


「こんな時間までどこに行ってたのよ?」

 家に帰るなり、母である香苗が心配そうに言った。どうやら、門限を大きくオーバーし、外出してしまったようである。たっぷりと怒られた後、香苗が呟いた。

「そうだ。美月、詩月、おじいちゃんと、おばあちゃんを呼んできて、おばあちゃんのお友達の理沙さんから美味しい梨を頂いたのよ。だから一緒に食べましょう」

 その言葉を受け、美月も詩月も固まった。

 なぜなら、彼女たちが知っている弘も美代もすでに亡くなっているはずだからである。しかし、香苗は全く違うことを言っている。これはつまり、過去に行き、美代を取り巻く定数のループを解除させた結果、未来が変わったという証なのかもしれない。

「おじいちゃんたち、生きてるの?」

唖然としながら詩月が言った。

すると、香苗は怪訝そうな顔をしながら

「何言ってるのよ。おじいちゃんとおばあちゃん元気じゃない。まだまだ長生きするわよ。とにかく早く呼んで来て」

 美月も詩月も不思議な感覚を覚えながら、弘の部屋へ向かった。そして、扉をノックする。すると、中から弘と美代らしき女性の声が聞こえてくる。その声を聞き、二人は確かに感じ取った。

 弘と美代は、1968年の世界で結ばれ、幸せな家庭を築き、子孫たちを育てた、そしてきっと、理沙も自分の幸せを見つけたのだろう。だからこそ、この新しく甦った世界では、美代と理沙は姉妹ではなく、友達ということになっているのだ。

 美月と詩月は、家族の歴史と愛の力を学び、自身の未来を築くための強い意志を持ったのである。彼女たちは、家族の教訓を胸に、新しい時代を切り開いていくだろう。

 二人は、弘の部屋の扉を開け

「おじいちゃん、おばあちゃん大好きだよ!」

 美月と詩月の声が見事にシンクロし、生まれ変わった新しい西園寺家の歴史が、今始まろうとしていたー

〈了〉

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