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第四章 過去と未来の交錯

第四章 過去と未来の交錯


     一


 美月や詩月の住む新潟市万代から川崎まで行く方法は、いくつかあるが、最も楽でスタンダードなのは、新幹線を使うことだろう。新潟駅には、上越新幹線が通っており、新潟から東京まで約二時間半で結ぶ。新幹線で東京駅まで行き、そこから東海道線に乗り換え、川崎まで行けば、目的地に辿り着ける。

 ただ、五芒星のペンダントの制作者である森田は、川崎駅の周辺に住んでいるわけではなく、川崎駅から電車で二〇分ほど先の溝の口という場所に住んでいるのである。そのため、美月たちは東京まで新幹線で行った後、東海道線に乗り換えるのではなく、横須賀線に乗り換え、武蔵小杉まで向かい、そこからさらに南武線に乗り換え、武蔵溝ノ口駅まで向かうという経路を取ったのである。

 夏休みとはいえ、それは学生だけである。社会人の多くは、まだ夏休みではなく、忙しく働いているシーズンでもあった。そのため、上越新幹線車内は比較的空いており、指定席を取らずにも、自由席で十分に座れるだけの余裕がある。

 美月と詩月、そして理沙の三人は、三人掛けの席に座り、新潟を立った。美月と詩月はほとんど初めて乗る新幹線の雰囲気に色めき立っている。川崎は都会だ。少なくとも新潟よりは遥かに大きな都市であろう。そんな大都会に行けるということもあり、二人とも楽しい気持ちで新幹線に乗っていた。

 新幹線が出発し、最初の駅である燕三条あたりを過ぎてから、徐に美月が口を開いた。

「あの、理沙さん、ひとつ聞いてもいいですか?」

 その声を聞き、理沙は視線を美月の方に合わせた。三人がけの席は、窓側に詩月、中央に美月、そして通路側が理沙の順である。

「何かしら?」

 と、理沙は告げる。美月は少し間をとった後、速やかに尋ねた。

「おじいちゃんのことです」

「弘さんのこと?それがどうかしたの?」

「理沙さんは、1996年の世界から1968年の世界にタイムスリップして、そこで若いおじいちゃんに会いました。それで美沙さんだけが1968年の世界に残って、理沙さんは1996年の世界に戻って来た。それで合っていますよね?」

「そうね。それで合っているわよ」

「では質問です。理沙さんは、戻って来た1996年の世界で、おじいちゃんに会いましたか?1996年の世界では、おばあちゃんはすでに亡くなっているけど、おじいちゃんはまだ元気でした。だから会おうと思えば会えたはずです。会ったのですか?」

 辺りに沈黙が訪れた。

 同時に、理沙は深く考え込むような素振りを見せる。遠い目をして、何か大切なことを思い出そうとしているのかも知れない。

 しばしの間があった後、理沙が静かに口を開いた。

「嘘を言っても意味がないから、正直に告げるけど、私は戻った世界、つまり1996年の世界から先、弘さんには一度も会っていないわ。だから葬儀にも行かなかったでしょ」

 その言葉を聞き、美月は悲しそうな目をしながら

「どうして会わなかったんですか?会いたくなかったんですか?」

「会いたい気持ちはあったわ。でもね、会ってはいけないの」

「何か理由があるんですね?」

「えぇ、深い深い理由がね」

「その理由、教えてもらえませんか?」

「あなたたちは、まだ中学生だから、愛の形について言っても理解できないかも知れない。でもね、人を愛するって、何もその人とずっと一緒にいるわけではないのよ」

 淡々と告げる理沙。

 その声は優しくもあり冷たくもある不思議な声質であった。

 美月が俯くと、代わりに詩月が言葉を継いだ。

「理沙さんは、おじいちゃんが好きだったんですね?」

「もう、昔の話よ。私と美沙は、あなたたちと同じで、一卵性の双子だった。とっても仲が良く、一心同体だったのよ。だから好きになる人も同じだった。私たちはある理由があって五芒星のペンダントを手に入れ、それで1968年の過去に向かった。そこで弘さんに出会ったの。それで二人とも次第に彼に惹かれていった。同じ人を好きになった場合、どちらが身を惹かなければならない。一人の人間に対し、二人が結ばれるなんてことはならないからね。だから私は身を引く決心をしたの。そして、美沙は私の決心を見届けて、過去にとどまる決意をした。愛するっていうのはね、人の幸福を自分の幸福よりも優先させるってことだと思うの。つまり、無償の愛よ。これも愛の持つ形の一つだと思う」

「それでおじいちゃんには二度と会わなかったんですか?そんなの辛いですよ」

「えぇもちろん辛いわ。でもね、私にはそんな無償の愛を貫くと同時に、もう一つ守らなければならないことがあったの」

「それってなんですか?」

「時間のパラドックス…」

 時間のパラドックスという言葉を聞き、美月は自身の推論が当たっていると確信した。つまり、タイムトラベルには、何らかの制約があるのであろう。それは、以前理沙が話してくれたタイムトラベルの呪いとは、全く違う、また別の側面があると感じられた。

 対して詩月は、SF的な素養が全くないため、タイムトラベルの時間のパラドックスと言われてもイマイチピンと来なかった。しかし、少し前に美月が似たようなセリフを言っていたことだけは思い出せた。

 詩月が黙り込むと、今度は美月が口を開く。

「理沙さん。タイムトラベルで過去に遡ると、やはり未来に対して何らかの影響を与えるのですね?」

 美月の言葉を聞き、理沙は、ゆっくりと頷いた。額からはわずかに汗が光っている。それは夏の暑さのためなのか、緊張のためなのか判断できなかったが、理沙は重要な何かを知っている。それだけは、感じ取れた。

「そう。私は度重なるタイムトラベルの経験から、過去に介入すればするほど、未来に予期せぬ影響を及ぼす可能性があると感じ取っていた。だから、弘さんに会わなかったの。いいえ、会えなかったとも言える」

「それはつまり、おじいちゃんと再び関係を持つと、それが結果的に時間の流れを不安定にし、未来の孫である私たちにも何らかの影響があるかもしれないと考えたんですね?」

「そうね。その通りよ。だから私は、1996年に戻ってから、一度も弘さんには会っていない。直接的な接触をあえて避けたの。もちろん、タイムパラドックス的な理由もあるのだけど。もう一つの理由は、美沙が関係している」

「美沙さんが?」

「えぇ。美沙は1968年の世界に留まり、弘さんと共に生きる選択をしたわ。だから、私はその決断を認めたの。認めたからこそ、1996年の世界で弘さんに会わなかった。二人の幸せを崩したくなかったから。もちろん、美沙の寿命が尽きている可能性は考えていたから、1996年の段階で美沙が生存しているかどうかは私には判らなかったけど、生きているにせよ、死んでいるにせよ。私は弘さんには合わないという選択を取った。それが私に課せられた役目だしね。私にはね、タイムトラベルの秘密を守る役目があるのだからね」

 理沙は静かにそう言うと、通路側の席から、反対方向の座席の窓を見つめたー


     二


 新幹線はやがて東京駅に到着し、美月、詩月、そして理沙の三人は、そこから地下へと向かい、横須賀線に乗り換えた。新幹線は比較的空いていたが、横須賀線は混雑していて、座席は全く空いていない。そのため、三人は立って次の乗換駅である武蔵小杉駅に向かった。

 武蔵小杉は近年再開発が進んだ川崎市にある都市で、人口も多い。渋谷や新宿といった大都市へもアクセスしやすく、東京のベッドタウンとして人気があるのだ。武蔵小杉駅界隈には、大きな駅ビルや商業施設がいくつも立ち並んでいるし、タワーマンションなどもたくさんあり、人の多さが際立った都市であると感じられた。

 美月や詩月は、新潟の中心部である新潟市中央区万代に住んでいるが、それとは全く規模が違った。人の多さが桁違いなのである。これが都会の風景なのかと、美月も詩月も驚きに満ちた表情を浮かべていた。

 武蔵小杉駅から、今度は南武線という路線に乗り換え、そこから森田氏がいるという武蔵溝ノ口駅まで向かう。南武線も横須賀線同様混雑していた。多種多様な人間たちが電車に乗っている。中には制服姿の学生もいて、美月たちは何だか親近感を覚えていた。

 武蔵小杉から約一〇分ほど揺られると、目的地である武蔵溝ノ口駅に到着する。その駅を降りた時、美月も詩月も旅の疲れで、ぼんやりとしていた。しかし、冒険はまだまだ始まったばかりである。己を奮い立たせて、二人は理沙と共に、武蔵溝ノ口駅の改札へと向かった。

「確か、森田さんが迎えに来てくれるはずなんだけど」

 と、重そうに鞄を持った理沙が告げる。

 どうやら理沙は、この日のために森田氏にアポを取ってくれていたらしい。この辺の配慮はありがたかった。

 武蔵溝ノ口はJR南武線と、東急電鉄の路線である東急田園都市線と大井町線が乗り入れた、比較的規模の大きな駅である。したがって、東京駅ほどではないが、人口も多い。改札前にはたくさんの人がおり、誰が誰であるか、美月や詩月には判らなくなるほどである。

 そんな二人を引き連れて、理沙は改札を出ると、辺りをキョロキョロを見渡し、持っていたスマートフォンを取り出し、連絡をしようと試みていた。しかし、理沙は電話をしまい、ある一点を見つめた。その視線の先を追っていくと、一人の男性の姿がある。

 白のタンクトップに、黒のハーフパンツ。足元は木製の下駄を履いている。夏とはいえ、タンクトップ一枚でいる人間は、界隈には多くない。それに下駄を履いている。夏場にサンダルを履く人間は数多くいても、下駄を履く人間は限られているだろう。その男性は見るからに浮いていた。

 男性は、理沙の姿に気づくなり、下駄をカランカランと鳴らしながら、こちらに近づいて来る。そして

「やぁ理沙くん。久しぶり」

 その声は、妙に甲高い。美月も詩月もやや警戒しながら男性を見つめた。その男性は完全に年齢不詳である。見た目の印象は中年にも見えるが、若くも見える。目元にはシワはなく、ほうれい線もない。しかし、どこか達観した印象があり、四十代と言われても不思議ではない。逆に二十代と言われても、あまり不自然ではないかもしれないだろう。

「久しぶりですね。森田さん。あなたは全然変わらないわ」

「君の後ろにいる子供たちが、今の五芒星のペンダントの所有者ってわけか」

「そうです。美沙が残したエネルギーを使って、すでに一度タイムスリップしています。タイムトラベルの呪いについても理解していますし、お話ししましたよ」

「そうかね。まぁ、立って話すもの疲れるだろう。私の工房へ向かおうか」

 と、森田は告げると、下駄の音を響かせながら歩いていく。その後を理沙や美月たちが追っていくという感じだ。

 森田は武蔵溝ノ口駅の南口の方へ向かう。武蔵溝ノ口は、北口にノクティと呼ばれる商業施設があり、南口にはバスターミナルがある。森田はバスに乗るわけではないのだが、南口に向かい、道路に沿って歩いていく。

 武蔵溝ノ口近辺は、駅前は比較的栄えているのだが、駅を離れて歩いていくと、閑静な住宅地が広がっている。森田は新作方面に道なりに歩いて行き、とある場所で立ち止まった。そこは、駅から一〇分ほど離れた場所であり、周りにはコンビニが一軒あるだけの静かな一角であった。

「着いたよ。まぁ入りたまえ」

 と、森田は告げる。

 彼が指差した場所は、小さな工房のようであった。古びた日本家屋を改修して現代的にアレンジし直したかのような、雰囲気のある工房である。工房は二階建てであり、一階が工房兼売り場になっていて、二階が森田の住まいのようであった。

 通されたのは一階の工房である。そこは革製品を作っているのか、レザーのアクセサリーや小物類がたくさん置かれている。また、制作に使う器具類なども所狭しと置いてあった。

 美月も詩月もこのような工房に入るのが初めてであったため、若干緊張しながら室内に入っていく。室内からは新品の革製品の匂いが充満しており、エアコンが効いていて、寒いくらいであった。

「君たちが今の五芒星のペンダントの所有者か…まぁ適当に座りなよ。それ、壊れてるだろ?ちょっと見せてごらん」

 森田がそう言ったため、詩月は着ていたブラウンのサロペットのポケットから、古びた五芒星のペンタントを取り出し、それを森田に渡した。ペンダントを渡された森田は、まじまじとそれを眺め、静かに呟いた。

「なるほど、直せてもタイムトラベルは、残り一回できるかできないかだね」


     三


 ひっそりとした空気が広がる工房の中で、森田は静かにそう言った。タイムトラベルは、残り一回しかできないようである。同時に、その一回に美沙の命をかけるしかないのだ。美月も詩月も息を呑みながら、様子を見守っている。

 しばし沈黙が続くと、森田はゆっくりと語り出した。

「このペンダントは、構造が非常に複雑なんだよ。それに、既に多くのタイムトラベルが、このペンダントによって行われている。そのせいで、大部分のエネルギーがなくなっているんだ」

 その言葉を聞き、美月が質問を飛ばす。

「残り一回。森田さんの不死の力を使っても不可能なんですか?」

「いや、確かにこのペンダントには、私の生命エネルギーを注いだのだけど、もともとね、このペンダントは、そんなに回数を多く使えるものではないんだよ。限られた回数しか使えないように設計されているんだ。同時に、次のタイムトラベルが最後の能力になるだろうね」

「そうですか。私は、おばあちゃん。つまり美沙さんの命を回復させるために、残り一回のタイムスリップを使わないとならないんです」

「そうかね。ならば、慎重に使わないとならないよ。残り一回というのは、過去に遡るだけだ。つまり、戻って来れない。このペンダントを使うのはいいが、戻って来れなくなることを覚悟しなければならないよ」

 もう二度と、現代の世界に戻って来れない。

 その言葉を聞き、美月も詩月も凍りついた。いくら自分たちの祖母のためのとはいえ、そんな無謀な冒険はできない。自分たちは、現代世界に愛着があるし、美代のように、過去の世界に留まりたいわけではないのだ。

 美月が困惑した表情を浮かべると、それを隣で見ていた詩月が代わりに口を開いた。

「あの、一ついいですか?森田さんは、どうやってこのペンダントを作ったんですか?普通の人間はタイムトラベルなんてできないし、こんなアイテムを作れないですよね」

 対して森田は、柔和な笑みを浮かべた。それはどこまでも年齢不詳で不思議な趣のある笑みである。

「私はね、その昔、考古学を専門に勉強する学生だったんだ。それで個人的に行ったエジプト旅行でことは起きた。君たちもエジプトという国は知っているだろう。エジプト文明という言葉がある通り、古代の文明が栄えた場所だ。そこには、カルナック神殿という神殿があり、そこを訪れた時、私は未発見とされる地下への入り口を偶然発見したんだ。興味が湧いた私は、たった一人で地下への道を潜っていった。地下には、小さな石室があり、そこには、古代エジプトの司祭が使ったと思われる、不死に関する秘密の文書や、アーティファクトが隠されていたんだね」

「その五芒星のペンダントは、古代文明が関係しているんですか?」

「あぁ。その通りだよ。私が発見した文書には、エジプトの司祭が行った生命と死。そして時間の循環に関する儀式と呪文が隠されていたんだ。私はね、それを秘密裏に持ち帰り、密かに研究を重ねたんだ」

「どうして公表しなかったんですか?」

「この偉大な力は、人間が使うには大きすぎると感じたためだよ。時間を司るようになれば、必ずそれを悪用しようと考える人間が現れる。だから私は、慎重にこの力を使うことにしたんだ。同時に、その時だったよ。不老不死の力を手に入れるヒントを思いついたのは」

「森田さんは、古代文明の力を悪用はしなかったんですか?」

「いや、それは判らない。不老不死の力を手にした時点で、既に古代文明の力を悪用したとも言えるしね。それにね、私は不老不死の代償を受けているんだ」

 森田はそう言うと、一息ついた。

 目は漆黒であり、ぼんやりと遠くを見つめているようにも見える。

 美月も詩月もあまりの展開に言葉を失った。何を言えばいいのか判らなくなったのである。二人が黙り込んだのを見ると、二人の後方で様子を見守っていた理沙が、静寂を破り口を開いた。

「森田さんは、不老不死の呪いを受けているのよ」

 その言葉を聞いた美月が、眉根を寄せながら聞き返した。

「不老不死の呪いってなんですか?タイムトラベルの呪いみたいなものですか?」

「それに近いかもね。彼はね、永遠の命を手に入れたのだけど、それと同時に、大切なものを失ったの」

「大切なもの?」

「そう。それは、普通の生活。普通に人を愛し、暮らし、死んでいくという、人間の営みの全てを失ってしまったのよ」

 理沙の言葉を、淡々と森田は聞いていた。彼は、不老不死になったことを後悔しているのだろうか?彼の表情からは、どう考えているのか読み取れなかった。

 不老不死は、誰もが憧れる超人的な機能なのかもしれない。しかし、その代償として普通に生きられなくなるのだとすると、それはとても悲しいことだと思えた。

 美月、詩月、そして理沙のやりとりを、奥の方で聞いていた森田は、うっすらと生えた顎髭をさすりながら、重い口を開いた。

「僕はね。エジプトの古代文明から不老不死となり、そしてタイムトラベルが可能になるアイテムを作り出せた。でもそれを使うつもりはなかったんだ。使うとしても条件をつけることにした。そうしなければ、このアイテムは色々問題があると思ったからね」

 その言葉を聞いた詩月が今度は声を出した。

「その条件って何ですか?」

「純潔の双子であり、愛する人のために使うという条件だよ」

 愛する人のため。

 美沙は、弘を愛していたのだろうか?恐らく、愛していたからこそ、森田の科した条件をクリアし、タイムトラベルを可能にしたのだろう。

 詩月の言葉を引き取り、今度は美月が真剣な口調で尋ねた。

「森田さん。私たちのおじいちゃんとおばあちゃん。つまり西園寺弘と西園寺美代について教えてください。なぜ美沙さんと理沙さんにだけ、このペンダントを託したんですか?」


     四


 森田はゆっくりと呼吸を整えると、ふと天井を見上げた。この工房は天井が高い。窓の外から見える風景は、どこかどんよりとしている。雨が降っているわけではないのだが、空は灰色で、夏の空とは思えなくらい暗くなっていた。

「タイムトラベルできるアイテムを作る時、僕は条件を作ったんだよ。なぜなら、タイムトラベルというのは、強大な力だからだ。それを制御するためには、特定の条件を作る必要がある。だからね、このペンダントを使うためには、『純潔の双子が共にその力を求め、そしてそれを愛する人のために使う時にのみ機能する』これが大きな条件なのだ。同時それが、タイムトラベルの濫用を防ぎ、その力が真に必要な時、そして正義のためにのみ使われることを確実にしたかったんだ」

 そう言われ、美月はハッと驚いた表情を浮かべた。

 自身がタイムトラベルした瞬間を思い出したのである。弘の遺品整理をしていた時、偶然、詩月が五芒星のペンダントを見つけたのだ。そして、自分たちを愛してくれた弘に対し何もしてあげられなかったと後悔し、もう一度会いたいと強く願ったのである。だからこそ、五芒星のペンダントが残された力を使って、自分たちにタイムトラベルという奇跡を与えてくれたのだろう。

 恐らく、詩月も同じことを考えていたはずである。美月も詩月も、心の深いところで繋がっているのだ。それ故に、タイムトラベルを可能としたのかもしれない。

「私が…」唐突に理沙が口を開く。「タイムトラベルしたのも、愛する人を救いたいという願いが根底にあるの」

 その言葉を受け、詩月が尋ねる。

「それはどういうことですか?」

「実はね、私たちの両親は、東大の紛争に巻き込まれ、負傷した人間でもあるのよ。いいえ、弘さんの兄である清美さんに助けられたと言っても過言ではない。清美さんは、紛争の後遺症で亡くなったのだけど、それに救われたのが、私の父なのよ。だからね、私の父は清美さんにとても感謝していたし、尊敬していたの。それがきっかけで、私たち姉妹は、清美さんを知っていた。同時に、清美さんに深い哀悼の念を覚えて、彼に会いたいと願ったの。いいえ、救いたいと思ったのね。それがタイムトラベルのきっかけ。愛する父を救った人間に会って、お礼が言いたい。それが根底にあったのよ。だから私たちもタイムトラベルができた」

「理沙さんたちは、どうやってこのペンダントを手に入れたんですか?」

「五芒星のペンダントはね、私たちの祖父が持っていたものなの。かつて祖父が若い頃、探検家だった友人にもらった物なのよ。そして、祖父が残した手記に、このペンダントは森田という人間が制作したものだと書いてあったの。不思議な力があるとも書いてあったわ」

「このペンダントを森田さんが作ったというのは判ります。でも、そんなに簡単に会えるものなんですか?今の時代は、SNSなんかが主流ですから、繋がるというのは簡単ですけど、理沙さんたちがこのペンダントを見つけたのは、90年代ですよね?」

「確かにそうね。でもね、90年代ってあなたたちが思っている以上に古くはないのよ。携帯だってあったしね。けど、私と美沙は原始的な手法をとって森田さんを調べたの」

「どうやって調べたんですか?」

「簡単よ。ペンダントの制作者が森田さんというのは判っていた。それでその人について調べてみたら、本を出しているのが判ったの。だから町の図書館に行って著作を取り寄せて読んでみたのよ。それでファンレターという形で連絡を持ってみることにしたの。自分たちが今五芒星のペンダントを持っているって手紙に書いたのね」

 その言葉を静かに聞いていた森田は、懐かしそうに表情を緩めながら、話に入ってくる。

「理沙くんたちが送った手紙は今でも持っているよ。なにしろ、私が友人に託したはずの五芒星のペンダントを持っているというから驚いたのだよ。同時に、ある危機感を覚えたんだ。もしも理沙くんたちが何も知らずに偶然ペンダントの能力に触れてしまったら。手紙には双子と記載されていたから、ペンダントが放つタイムトラベルの条件には合致する可能性がある。それに中学生と書かれていたから、純潔だろうと推測した。私がこのペンダントに純潔という条件をつけたのは、それが神々しいものだと思ったからだ。純潔と言う清い存在だからこそ、神がかった力が使えるようにしたかった。だからね、私は二人に会うことにした。そして、もしも愛する人のためにこの力を使うつもりなら、能力について教えてあげてもいいと思ったんだ」

 森田は一定のリズムを刻みながら告げた。

 その言葉を美月も詩月も固唾を飲んで聞いていた。なんという因果なのだろう。美沙と理沙は何か大きな力に導かれるように五芒星のペンダントを手に入れたのだ。


 純潔

 双子

 愛


 条件は揃っている。

 美沙と理沙は、自分たちの愛する父を救ったという人間にお礼が言いたかった。それはきっと愛の成せる力だろう。

 美月と詩月が考え込んでいると、それを見ていた森田が再びを言葉を継いだ。

「私は、美沙くんと理沙くんに五芒星のペンダントの秘密について教えた。ペンダントの力の起源や、さらなる詳細だね。何よりも、彼女たちは真剣だったんだ。父の救世主に会いお礼が言いたいという、強い願いが込められていた。だから僕は秘密を話した。もちろん、タイムトラベルのリスクも同時にね」

 森田の言葉を聞いた理沙が、被せるように話し始める。

「私たちは、清美さんにとても感謝している。なぜなら、清美さんという存在がなければ、私たちは生まれなかったのだから。だって考えてもみて。もしも東大の紛争に巻き込まれて死んだのが清美さんではなく、私たちの父だったら、私たちは生まれないことになる。今、この瞬間に存在できるのは、やはり清美さんが命をかけて闘ってくれたからなのよ。ならば、私たちは生きている彼に会ってお礼を言わなければならない。それが宿命だと感じたわ」

 弘の兄である清美に、理沙たちの父親は救われていた。だからこそ、清美に対して深い愛情を覚えたのだろう。

 愛

 これにはいくつかの形がある。相手の幸せを願うのも愛だし、相手のために自らを犠牲にするのも愛の形なのだ。清美が愛情を持って理沙たちの父親の盾になったかは判らない。しかし、相手を守りたいという想いがなければ命をかけて人を守るなんてことはできないだろう。

 友情と愛情。友愛なのだ。

 そして、この「愛」と「犠牲」こそ、理沙の本質であると、美月も詩月も漠然と考えていた。美沙と理沙は、1996年から1968年へとタイムスリップし、そこで清美の弟である弘と出会った。これもまた宿命なのだろう。

 同時に、美沙と理沙は、弘に恋焦がれていった。弘と共にいる選択をしたのが美沙である。つまり、それが後の美月たちの祖母となる。反対に、弘と美沙の幸せを願い、自らを犠牲にして身を引いたのが理沙なのだ。


     五


「私たちの父は…」と、徐に理沙が話を続けた。「病気で亡くなっているの。そして、最後まで清美さんの話をしていたわ。同時に、彼に会ってお礼が言いたい。だから、あの世に行ったら最初に清美さんに会って、お礼を言うのだと。その遺言に近い言葉を聞いたからこそ、私たちは五芒星のペンダントを使ってタイムトラベルを敢行したの」

 その言葉を聞いた美月が、目を瞬きながら尋ねた。

「それでおじいちゃんに会ったんですね?」

「えぇ。私たちは、清美さんが亡くなる前にタイムトラベルをしたわ。だから、彼に東大紛争に行かず、家にいてくださいということもできた。しかし、それはできなかった…いいえ、してはいけないの」

「歴史を変えてしまうからですね」

「その通り。もしも清美さんが生き残ったという世界になってしまうと、未来に対し大きな影響が生まれる。私たちの父は、清美さんのおかけで生き残ったのだから、身代わりとなった清美さんが生存するとなると、私たちの父が紛争の後遺症という犠牲になってしまう。そうなれば判るでしょ?私たちは生まれてこなくなる。だから、私たちは清美さんを止めることができなかった」

「でも、おじいちゃんに会い、美沙さんとは共にいる道を選んだ」

「えぇ。その後、弘さんは、最愛の兄を失い、失意の底に沈むことになるの。私たちも最愛の父を失ったばかりだった。だからこそ、近いものを感じたのね。私たちは、弘さんを慰めて支援していった。それが同時に、父への手向になると思ったからね。私も美沙も、弘さんと時を共にするにつれて、次第に惹かれていった。でも覚えているでしょ?五芒星のペンダントでできるタイムトラベルは時間制限がある。永遠じゃないのよ。それにタイムトラベルできる回数も限られている。私と美沙は、弘さんに会った瞬間に恋に落ちたと言っても過言ではない。近いものを感じたから、同じだと思ったから、強い引力に惹かれるように、私たちは弘さんに惹かれていったのよ」

「そうだったんですね。それで美沙さんは美代となり、結果的に私たちのおばあちゃんになった。でも、タイムトラベルの制約を破り、限界回数を超えてしまったから、あなたたちは自らの命を削り、タイムスリップしなければならなくなった。そうですね?」

「そう。私たちの命ね。美沙は文字通り、命をすり減らして弘さんと一緒にいる道を選んだ。前にもあなたたちに言ったけど、私はそれを尊重するわ。だからこそ、あなたたちに託したいことがあるの」

「託したいこと?」

「えぇ。あなたたちには、修復した五芒星のペンダントを使い、1968年の世界にタイムトラベルし、そこで美沙に会って欲しい。そして生命力を使ってその世界に留まるという選択を変えて欲しいの」

「え?でも、それだと美沙さんが1968年の世界に残らないことになって、私たちが生まれなくなってしまう。それでは困ります」

「最後まで話を聞いて。美沙には生きてもらうし、1968年の世界で弘さんと一緒にいてもらうわ」

「でもどうやって1968年の世界に美沙さんを留めるんですか?生命力を使わないとならないのに…」

 と、美月が不安そうに呟く。同時に、詩月も困惑した表情を浮かべている。

 二人の様子を見ていた理沙は、落ち着かせるような口調で言った。

「私の生命力を使う。私の全生命力を使って、あなたたちが1968年からこちらの世界にタイムトラベルできるようにして、さらに、美沙のエネルギーの代わりに、彼女が1968年の世界に滞在できるようにする。それが私なりの愛の貫き方。自己を犠牲にして愛を貫くという…」

 理沙の言葉は本気であった。真剣そのものの声である。

 自らの命をかけて愛する人たちの幸せを願う。どこまでも自己犠牲に満ちた愛の形である。清々しいほど煌びやかな愛の形ではあるが、中学生の美月や詩月にとっては、歪んだような形にも思えた。

 なぜそこまで自分を犠牲にしなければならないのか?人は愛されるために生まれてきたはずである。ならば、理沙だって愛される資格があるのだ。なのに理沙は、自分を犠牲にして愛を貫こうとしている。

 理沙の煌々たる決意を聞き、美月も詩月も自分達に課せられた宿命の重さが感じ取れたような気がしたー

 三人のやりとりを見ていた森田が、最後にアドバイスをする。

「美月ちゃん、そして詩月ちゃん、1968年にタイムトラベルするなら、満月の日の夜を狙いなさい」

 その言葉を聞いた美月が難しい顔をしながら尋ねる。

「それはどうしてですか?」

「五芒星のペンダントは、一回のタイムトラベルで一時間しか過去に滞在できないという制約がある。しかし、満月の光をエネルギーにすると、それが三倍に程度に伸びるんだよ。つまり、三時間くらいはタイムトラベルしていられる。もちろん永続的ではないけど、過去の世界の美沙くんを説得するためには、滞在できる時間が長い方がいいだろう」

「具体的にどうやって、満月の光をエネルギーにするんですか?」

「儀式を行うんだ。満月の光という自然的なエネルギーを集めるための。満月はね、古くから神秘的な力を持つと言われていて、エネルギーを集めるのに最適なんだよ。満月の光が差し込む広い場所に行き、地面に五芒星のペンダントに記されている同じ模様を描くんだ。つまり五芒星を描くわけだね。この模様が、エネルギーを集め、ペンダントに伝える役割をする。この時、近くの植物や石、そして砂なんかを使って、道管を形成しなさい。地元の自然の力を引き出せるようになるから。その上で、今から言う呪文を唱えなさい」

「その呪文って何なんですか?」

「तरिता(タリタス)永遠に生きるという意味の古代の呪文だ」

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