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第三章 時の彼方の真実

第三章 時の彼方の真実


     一


 新潟市中央区鳥屋野。

 穏やかな自然と都市的な便利さが見事に融合した地区である。鳥屋野潟を中心に広がるこの地域は、広々とした水辺の公園や、緑豊かな散策路が特徴で、地元の人々や、観光客にとって憩いの場となっている。

 春には潟の周辺で桜が満開になり、ピクニックを楽しむ家族連れやカメラを手にしたカップルなどで賑わう。

 夏の鳥屋野潟ではさまざまなウォータースポーツが楽しめる。カヌーやボートが湖面を滑る様子が見られる。また、湖畔では地元の野鳥の観察も盛んであり、自然愛好家たちが双眼鏡片手に、鳥の囀りに耳を傾けている。

 地区内には、新潟市歴史博物館もあり、新潟の豊かな歴史や文化に触れられるようになっている。博物館の周囲は、整備された庭園に囲まれ、季節ごとの花々が訪れる人を迎えている。

 さらに、商業施設も充実しており、ショッピングモールやレストラン、カフェなどが点在している。特に地元の食材を活かした料理が楽しめる飲食店は、訪れる人々に新潟の食文化を体験させてくれる貴重な場所である。

 このように鳥屋野は、自然の美しさと都会の便利さが調和した魅力的な場所だ。

 そんな鳥屋野の一角に理沙の邸宅は存在していた。1996年の住所そのままの場所に、理沙の自宅はあったのである。

 理沙の邸宅は、古びた一軒家であり、歴史を感じさせる佇まいであった。表札には、海堂珠江、理沙と記されている。年季の入った一軒家を見上げながら、美月と詩月は息を呑んだ。そして、恐る恐る手を伸ばし、インターフォンを押す。

「ピンポーン」という、ありふれた音が聞こえたと思うと、すぐにインターフォンの受話口から声が囁かれた。

「はい。どちら様?」

 その声は、若くはない。しかし、かといって老人じみた声でもない。どこか不思議な響きのある声だと感じられた。

「あの、私たちは西園寺と言います。万代の宮浦中学に通う学生です。五芒星のペンダントの件で理沙さんにお話を伺いたいのですが…」

 と、緊張の色を帯びた声で美月が言った。

 相手が理沙であるとは確証はないが、美月は直感的に、この声の主が理沙ではないかと考えていた。

 五芒星のペンダント。

 そのフレーズに、相手の声は止まる。しかしその沈黙は、困惑して黙り込んだものではなく、何か知っているからこそ、考え込んでいる間であると感じられた。

「あなたたち、五芒星のペンダントを持っているの?」

 と、声の主は告げる。

 それを受け、素早く美月が答える。

「はい。持っています。あなたは理沙さんですか?」

「…ええ、そうよ。そのペンダントを知っているということは、あなたたち、タイムトラベルをしたのね?」

 タイムトラベル。

 やはり理沙は知っているのだ。美月も詩月も細い点が線になって繋がった感覚を覚えていた。同時に、激しい興味や冒険心が湧き立ってくる。

「あの。五芒星のペンダントについて教えて欲しいんですけど」

「あなたたち、もうタイムトラベルはできないわ。そのペンダントに残されたタイムトラベル限界回数は、残り二回だったからね」

 そう言うと、声が途切れた。

 しばし沈黙が訪れると、玄関の扉に向かって誰かが歩いてくる気配が感じられた。緊張がピークに達すると、それを待っていたかのように、玄関の扉が開け放たれた。

 目の前には、中年女性が立っている。夏らしく、半袖の白いTシャツに、ほっそりとしたブルーのデニムを穿いている。髪の毛は肩まで伸びるセミロングヘアで、色は墨を流したかのような黒であった。体型もスリムで、ミセス系のファッション誌に登場するモデルと言っても通用しそうである。

「あなたが理沙さん?」

 と、目を瞬きながら詩月が言った。

 すると、痩せ型の女性はゆっくりを首を動かし、詩月の言葉を肯定する。どうやら、この女性が理沙のようである。理沙は生存していたのだ。となると、タイムトラベルの呪いというものも、条件次第では解決できるのでは?と、美月は考えていた。

「そう。私が理沙。元タイムトラベラーよ。もちろん、私がタイムトラベルしたのは、今から二十八年も前の話だけど」

「それで、このペンダントではもうタイムトラベルできないって言っていましたけど、それはどういう意味なんですか?」

「立ち話も疲れるし、立って話すような話ではないから、家に上がりなさいな。ちょっと散らかっているけど」

 理沙はそう言うと、美月と詩月の二人を室内に招き入れた。

 理沙の住んでいる家は、外見同様内部も古びていた。この家がいつから建っているかは、二人には検討がつかなかったが、恐らく自分たちが生まれる遥か前に施工されたものではないかと察していた。

 美月と詩月はリビングに案内された。リビングには、大きなテーブルがあり、奥の方にキッチンがあるようであった。開放的なキッチンの作りではなく、奥まった箇所にキッチンがある古びた仕様である。

 内観は古びているが、清掃は行き届いているようで、清潔さが保たれている。室内の中央にテーブルがあり、壁の真ん中に、液晶テレビが設置されていた。テレビはついておらず、音楽などのBGMもかかっていないから、静寂で満たされていた。

 この界隈は、閑静な住宅街なのか、騒音などは全くない。遠くで微かに鳥の囀りが聞こえるだけで、他は全くの無音であった。

 理沙は、二人をテーブルに座らせると、奥のキッチンの方へ消えていき、少し経った後、人数分のお茶をガラスのグラスに入れて持ってきた。そして、琥珀色に光るお茶を二人の前に置くと、自身は対面に座り、フンと鼻を鳴らす。

「タイムトラベルの秘密を知りにきたわけね。それにしても凄い調査力ね。五芒星のペンダントから、私を割り出すとは。中学生離れしているわ」

 と、感嘆するように理沙は告げる。

 美月も詩月も少し照れた様子を見せたが、すぐに真剣な表情に戻る。同時にまず口を開いたのは美月であった。

「私たちが、最も聞きたいのは、タイムトラベルの呪いについてです。これを、理沙さんはご存知なのではありませんか?」

 タイムトラベルの呪いという言葉を聞き、理沙は遠い目をして二人を交互に見つめ、たっぷりと間を取った後、静かに口を開いた。


     二


「タイムトラベルの呪い。それは確かに存在するわ」

 と、神妙な顔をした理沙が告げる。

 その言葉を聞いた美月も詩月も、顔を真っ青にさせながら黙り込む。二人の様子を見つめた理沙は、取りなすような口調で言葉を継いだ。

「でも安心して。あなたたちの寿命を縮めるようなことにはなっていないから」

「それはどういうことなんですか?」

 と、詩月が尋ねる。

「五芒星のペンダントは、無制限にタイムトラベルができるわけではないのよ。年齢と回数があるみたいなの」

「年齢と回数ですか?」

「そう。このペンダントは思春期(純潔)の双子にしかできない。それは、双子と純潔という神秘的な力が必要とされるから。そして、限界回数は十回と言われている。タイムトラベルは、過去に行って、さらにそこから現代世界に戻ってこなければならないから、一度のタイムトラベルで二回の回数を消費する。つまり、往復で五回しかタイムトラベルできない」

「なるほど。じゃあ理沙さんたちもそんなにたくさんタイムトラベルしたわけではないのですね?」

「いいえ。私たちは限界回数を超えてしまった。そうなると、タイムトラベルの呪いが発動する」

「その呪いっていうのは?」

「使用者の生命力を奪う。これがタイムトラベルの呪い。五芒星のペンダントは、双子が同時に触れると、時を遡れるの。本来、五芒星のペンダントには、製作者の念がこもっているから、そのエネルギーを元にして、タイムトラベルするの。でもその念の力は限界がある。だから、限界を超えた場合は、使用者の生命力を利用する必要があるわけね」

 そこまで、淡々とした口調で理沙は告げる。

 すると、それを静かに聞いていた美月が口を開いた。

「あなたと美代さんは、限界回数を超えてタイムトラベルしたのですか?」

「そう。超えてしまったのよ」

「でも、それだと不可解なことがあります。だって美代さんは若くして亡くなるけど、あなたはまだ生きている。これは矛盾ではありませんか?」

「その答えは簡単よ。私たちは確かに生命力を使った。お互い一度ずつね。でも、美代はさらに多く生命力を使う理由があったの。だから彼女は若くして亡くなったのよ」

「限界回数を超えてタイムトラベルする場合、双子の生命力のどちらかを選べるということですか?」

「ええと、少し複雑なのだけど。限界回数を超えてタイムトラベルする場合、使用者の寿命の半分を削る。仮に生命力が一〇〇だとすると。限界回数を一回超えると、五〇の生命力を消費する。私と美沙は、限界回数を一回超えたから、寿命が半分になっているの。だから、私はもう長くないわ。今、四十二歳だからね」

「しかし、美代さん、つまり美沙さんは二十八歳で亡くなっています。寿命が半分になったとはいえ、早すぎませんか?」

「それはね、美沙は1968年の世界に留まったからなのよ。五芒星のペンダントは、イッテコイの仕組みになっている。つまり、過去に行ったら、そこから帰ってくる必要があるのね。だから私たちは、限界回数を一回オーバーした関係上、往復分のエネルギーとして、お互いの寿命が半分に削られたというわけ。でも美沙が早く亡くなったのには、他にも理由があるわ」

「留まる選択をしたからですね。その場合、さらに生命力を消費する必要があるのですか?」

「その通り。留まる場合はさらに生命力を半分消費するの。同時に、その生命力を五芒星のペンダントに捧げる。仮に留まった世界から帰ってこれるように、保険として帰ってくる分のエネルギーをペンダントに貯めておくという仕組みね。でも…」

「でも、何ですか?」

「恐らく美沙はそのペンダントを破壊した。私と美沙は、最後のタイムトラベルをした時に、私は元の世界に帰る選択をし、美沙は留まる選択をした。もちろん、私は大反対したわ。引きずってでも、彼女を引き返させようとした。でも、彼女は聞かなかった。それにね、過去に留まると、現代での存在が消えてしまうの」

「それはどういうことですか?」

「つまり、1996年から1968年にタイムトラベルし、1968年の世界に留まると、1996年にいた存在が消えてしまうという意味。だから、この時代では美沙という人間の存在が消え、その代わり、あなたたちのおばあさんである美代さんに存在が引き継がれたのよ」

「なるほど…美沙さんは、美代さんとなり、私たちの祖母となったわけですね?」

「ええ。美沙は1968年の世界に残った。同時に、私だけを現代世界に帰し、その後ペンダントを破壊すると言ったのよ。破壊したかは私には判らないけど、五芒星のペンダントは壊れている可能性が高いわ」

「それでも私たちはタイムトラベルできた。それはなぜでしょうか?」

「その答えは簡単なの。あなたたちは、美沙が残した最後の生命力を使ってタイムトラベルしたの。壊れたはずの五芒星のペンダントは、年月が経ったことにより、奇跡的に回復したのね。あなたたちが、過去に行き、そこから戻って来れたのは、きっと美沙の生命力と、自然的な力が奇跡的に融合したからだと思うわ。でも、もうそのペンダントは完全に壊れたしまったはずよ。だから、あなたたちは、タイムトラベルできないわ」

「試してみてもいいですか?」

「構わないわ。やってみなさい」

 理沙は自信満々に告げる。

 その言葉を聞いた詩月は、着用しているスカートのポケットから五芒星のペンダントを取り出し、それを美月の方に向けた。美月もコクリと頷き、二人の手が一斉にペンダントに触れる。本当ならここでタイムトラベルができるはずなのであろうが、何も起きなかった。

 恐らく、理沙の言っていることが正しいのだろう。五芒星のペンダントは過去に留まると決意した美代が破壊したらしい。しかし、どういう因果か、時が経ち、一度だけ復活したのだ。その一度を利用して、運命に導かれるように、美月と詩月はタイムトラベルをしたのである。

「アタシたち、もうタイムトラベルはできないんですか?」

 と、詩月が残念そうに告げる。

 対して理沙は、グラスに注がれたお茶を一口飲み、息を整えながら言った。

「あなたたちに頼みたいことがある。それは、あなたたちにしかできないことだから…」


     三


 どれくらいだろう?理沙の自宅に導かれるようにやって来て、タイムトラベルの呪いについての話を聞き、充実した時を過ごしていると、理沙があるお願いをしてきた。そのお願いは、美月と詩月の二人にしかできないことのようである。

「頼みってなんですか?」

 と、詩月が尋ねる。

 それを受け、理沙はキッと目を大きく見開いて言った。

「美沙を救ってほしいの。あなたたちの力で」

「美沙さんを救う?それはどういう意味ですか?」

「美沙はタイムトラベルの呪いで若くして死ぬわ。それを回避させる方法がある」

 そう言われ、詩月は固まる。どうやって美沙を救うのか全く見当がつかなかったためである。しかし、美月はなんとなくではあるが、理沙の言葉の意味が判った。詩月が黙り込んだのを見るなり、美月はゆっくりと口を開いた。

「五芒星のペンダントを直し、再び私たちにタイムスリップさせて、美沙さんを現代世界に戻ってくるように説得させるってことですね?」

 その言葉を聞き、理沙は驚いたような表情を浮かべ、

「半分正解ね。私はね、過去に留まると決意した美沙の選択を尊重するの。だから彼女を現代世界に戻す必要はない。私があなたたちにしてもらいたいことは、五芒星のペンダントを修復し、ペンダントのエネルギーを回復させ、美沙の寿命が縮まないようにしてもらいたいの」

「そんなことが可能なんですか?」

「可能なはずよ」

「理沙さん、あなたはどうしてそこまで五芒星のペンダントについて詳しいんですか?いくら前所有者だとしても、使える回数は限られている。だから、試行錯誤するような時間はなかったはずです。なのに、あなたはこのペンダントについて、かなりの知識を持っている。あなたは知っているんじゃないですか?このペンダントの制作者を…」

「勘がいいのね。その通りよ。私は五芒星のペンダントの制作者を知っている。同時に、その人に会えば、ペンダントを修理してくれるわ」

「その人はどこにいるんですか?」

「神奈川県川崎市」

 その言葉を聞き、美月も詩月も困惑した表情を浮かべた。

 二人はまだ中学生である。万代から小針に行くには、バスを使えばいいが、新潟から神奈川県まで行くには、かなりの時間や費用がかかってしまう。それに、美月も詩月も新潟から出たことがないのである。つまり、川崎まで行くハードルが高い。

「アタシたち」詩月が焦りながら言った。「川崎までは行けないですよ。中学生だし」

 すると理沙は

「あなたたちには、時間の価値と、人生の選択が未来に与える影響について、心の底から感じて欲しいの。美沙はね、あなたたちのおじいさん、つまり弘さんを愛していた。愛していたからこそ、過去に留まる決意をしたのよね。時間はどんな人間にも平等に流れるわ。そして、自らの時間を価値あるものとして使うかが重要になる。美沙は、弘さんを愛したからこそ愛する人と一緒にいるという選択をした。あなたたちには、愛する人々との時間をどのように大切にするか考えて欲しいの。だって不幸でしょ?美沙は、弘さんを愛し過去に残ったのに、残された人生は長くない。愛したからこそ、もっと本来の寿命を弘さんと共に全うして欲しいのよ。それができるのは、あなたたちしかない」

 理沙の声はどこまでも本気であった。

 愛する人間と一緒にいる時間は、とても尊い。だからこそ、価値があるのだろう。美月も詩月もまだ人を愛するような人間ではないが、美沙は今の二人と同じ年齢で、一人の人間を愛したのである。それはものすごくエネルギーがいるだろうし、その選択を大切にして欲しいと感じていた。

「判りました。私たち、川崎に行きます」

 と、美月が凛とした声で告げた。

 その言葉を聞いた詩月が驚いた声で

「美月、本気なの?」

「本気よ。私たちは、美沙さんを救わなければならない。人が困っていたら助けるのが筋だし、恐らくこのミッションは、美沙さんを救うだけではないわ」

「それってどういうこと?」

「さっき理沙さんが言ったわ。理沙さんもタイムトラベルの限界回数を超えたから、寿命が半分になっている。でも、私たちが五芒星のペンダントを修復し、再びエネルギーを充填させて、過去に戻ってペンダントを渡せば、美沙さんも理沙さんも自らの生命力を使う必要がなくなる。人を救うことに繋がるのよ」

 美沙と理沙を救う。同時に、それができるのは、タイムトラベルが可能な美月と詩月しかいないのだ。普段は楽観的な詩月であっても、救える命があるのなら、救いたいと思うようになった。それが自分たちにだけできる重要な責務なのだ。

「判ったよ、美月。アタシも協力する」

 と、詩月はにっこりと微笑みながら告げる。

 美月と詩月のやりとりを聞いていた理沙が、安堵するように答えた。

「川崎行きの旅費は私が出すし、親御さんを説得する必要があるのなら協力するわ。正直、私の寿命はもうどうでもいいけど、美沙だけは救って欲しい」

 美月も詩月もゆっくりと頷き、肯定の意思を見せると、まず美月が声を出した。

「任せてください。お父さんもお母さんも、説得できると思います。もしかしたら川崎に知り合いがいるかもしれませんし。それで、五芒星のペンダントの制作者って誰なんですか?詳しく知りたいんですけど」

「五芒星のペンダントの制作者の名前は、森田雅彦さん。会えば判るけど、この人は不老不死なの。だからペンダントにタイムトラベルが可能になるほどの生命力を与えられたってわけ」

 不老不死。

 そんな人間がこの世にいるとは驚きであるが、タイムトラベル自体も似たようなものである。今更何が出たとしても驚かない。同時に、美月も詩月も、この不老不死である森田雅彦という人物に強い興味を覚えたー


     四


 季節は夏。

 梅雨時期を終え、夏本番という七月の半ば。美月や詩月の通う宮浦中学校も、来週から待ちに待った夏休みである。同時に、二人はこの夏休みを利用して、森田雅彦という五芒星のペンダントの制作者に会いに行く予定なのだ。

 しかし、待ち構える問題は多い。何しろ、美月も詩月もまだ中学生である。いくら夏休みになるからとはいえ、二人で森田雅彦の住んでいる川崎市まで行くことができない。やはり、同伴者が必要なのである。

 その同伴者としてうってつけだったのが、理沙だ。理沙はタイムトラベルの経験者だし、森田雅彦と面識がある。そして、美月や詩月の祖母である美代の妹なのだから、同伴者としても的確であろう。

 ただし問題になるのが、どうやって理沙という存在を両親に紹介するか?ということである。理沙は現在四十二歳。美月たちの友人として紹介するには、歳が離れすぎている。同時に、タイムトラベラーだとは口が裂けても言えない。言えば話がややこしくなるし、何よりも得体が知れない存在になってしまう。

 タイムトラベルなど、この世界では信じられていない。普通の人間は信じないのである。だからこそ、理沙をタイムトラベラーだとしてしまうと、一気に怪しい人間になってしまう。怪しい人間に中学生の同伴者など任せられない。美月らの両親は納得しないであろう。

 まずは、理沙を信頼のおける大人であると証明しないとならないのだ。そこで美月と詩月は、弘の知り合いであると仮定して話を進めることにしたのである。厳密に言えば、弘はタイムトラベルした理沙の双子の姉である美沙と恋に落ち、結婚しているのだから、親戚同士なのだ。これは間違いではないだろう。

 二人にとって幸だったのが、理沙が長年、子供関連のボランティア活動や教育支援の仕事に従事しているということであった。理沙は、新潟市中央区のとある駅ビルの中のフリースクールの支援員をしており、子どもたちとの関わりに長けているのである。この経歴を使って、両親を説得しようと考えていた。

 夏休みを間近に控えたある日の夜。夕食を終えた美月と詩月は、リビングで食後のお茶を飲んでいる両親たちのもとに向かい、夏休みを利用して川崎まで行って来たいと告げたのである。

「ねぇ、お父さん、お母さん、ちょっと話があるんだけど」

 と、神妙な語り口で、美月が口を開いた。彼女の後ろには、同じく真剣な表情をした詩月が立っている。

「話って何よ。改まっちゃって」

 と、母である香苗が告げる。

 依然として冷静さを保ちながら、美月が答えた。

「夏休みに川崎に行きたいの。詩月と一緒に」

「川崎。どうしてそんなに遠くに?」

「おじいちゃんの肩身である五芒星のペンダントを作った人が川崎にいるんだって。それで会いに行きたいの」

「まぁ、それはいいのだけど、あなたたち二人だけじゃダメよ。まだ中学生なんだから」

「それで、同伴してくれる大人がいるんだけど、お母さんたちに紹介してもいい?」

「どんな人なの?」

「おじいちゃんの知り合いで、海堂理沙さんっていうの。駅南にあるフリースクールの支援員さん。ちょっと縁が会って知り合ったの。この人、五芒星のペンダントについて知っていて、それでその制作者を教えてくれたのよ」

「そうなの。いつの間にそんな人の知り合いになったの?」

「この間、おじいちゃんの妹である紗代子さんに会ったでしょ?その時、紹介してもらったの。理沙さん、おじいちゃんやおばあちゃんのこともいろいろ知っているから、今回一緒に川崎に行ってくれるって言ってくれているの。それで、今度理沙さんを家に連れて来たいんだけどいいかな?」

 香苗も父である司も困惑している。それはそうだろう。弘の古い友人とはいえ、自分たちとは全く面識がないのである。そんな人間に、美月たちを任せてもいいのかと、不安になったのであろう。

「理沙さんは優しい人だよ。だから安心して。お母さんたちも会えばきっと信頼してくれると思う。だから会ってみてよ」

 今後は詩月が告げる。彼女の声はいつになく真剣である。

 美月や詩月の本気さを感じ取ったのか、司も香苗も理沙に会うことを承諾してくれた。今度の日曜日に、一緒に食事をしようということになったのである。


 日曜日―

 美月たちの自宅に、理沙がやって来る。彼女は、キャリアウーマンのように、ダークグレーのパンツスーツを着用していた。

 司も香苗も理沙の姿を見て驚いていた。なぜなのかは判らないのだが、この人を遠い昔から知っているような、奇妙な感覚に囚われたためである。理沙はにこやかな笑みを浮かべ、手土産を持って来ていた。駅ビルに入っている有名和菓子屋のお茶菓子である。

「この度はお招きに預かりどうもありがとうございます。私、弘さんや美代さんの古い友人で、お二人がご生前の際は大変お世話になりました。葬儀には参列できず申し訳ありません。なにしろ、弘さんが亡くなったことは知りませんでしたので」

 その言葉を受け、香苗が答える。

「いえ、そんなお気になさらず。でも不思議ですね。何かこう、昔から知っているような感じがしますわ」

「私もです。私も美月ちゃんや詩月ちゃんに会って、昔から知っているような感覚を覚えましたから。きっと、弘さんの血を引いているからそんな風に思うのでしょうね」

「美月と詩月がお世話になったみたいで。二人とも川崎に行きたいと言っていていまして。親としては、同伴できる大人がいれば承諾しようと思っているのですが、こちらとしてもあなたのことをあまり知らないものですから」

「不安になるのは当然ですわ。でも、安心してください。私は区内のフリースクールに勤めていますから、子供たちの扱いには慣れていますし、川崎は教育的なイベントの多い地域ですから、美月ちゃんたちにとっても有意義な学びの機会になると思います」

「そうですか…二人の話では、ペンダントの制作者に会いに行くとか」

「えぇその通りです。美月ちゃんや詩月ちゃんは、美代さんについて知りたいと言っていました。私も美代さんについての知識はありますが、私よりもペンダントの製作者である森田氏の方が詳しいのです。なにしろ、彼が美代さんにペンダントを作ってあげた張本人なのですから」


     五


 西園寺一家と理沙の会食は終始穏やかなムードで流れた。人は第一印象が全てというが、理沙という人間が、香苗や司に与えた第一印象は、すこぶる良いものであり、どちらもすぐに理沙が信頼に値する人間であると本能的に察したのである。

 その結果、美月と詩月の川崎行きの同伴者として認め、夏休みの川崎旅行を同意したのであった。理沙は五芒星のペンダントを森田が美代に作ったものだと説明したが、厳密にはこれは誤りである。しかし、話を判りやすくするための、理沙なりの配慮であった。

 川崎行きが叶い、美月も詩月も大いに喜んだ。なにしろ初めて新潟から飛び出すのである。未知なる冒険が待っていると感じ、大きな興味を覚え川崎行きを楽しみにしていた。

 ただ、美月には一つ気がかりなのことがあった。美月も詩月も理沙を信頼している。理沙は悪い人ではない。愛情あふれる人間であるというのは、すぐに感じ取れた。しかし、理沙はまだ何かを隠している。そんな気がしてならない。

 川崎行きを翌日に控えた夜、美月と詩月は、旅行の準備を終えて、ベッドで横になっていた。穏やかな空気が流れる中、徐に美月が口を開いた。

「ねぇ、詩月。理沙さんって1968年の世界から1996年の世界に戻ったのよね?」

 その言葉を受け、詩月は体を起こして答える。

「うん。そう言っていたけど。どうしてそんなこと聞くの?」

「えっと。恐らく理沙さんは嘘は言っていない。でも、私が気になるのは、理沙さんは、1996年の世界に戻ってから、戻った世界でおじいちゃんに会ったのかしら?それが気になるの。1996年の世界では、すでにおばあちゃんは亡くなっているけど、おじいちゃんは元気だったはず。だから、会えたはずなのよ。なのに、この間の理沙さんの会話の中からは、おじいちゃんに会ったという形跡がなかった。これはなぜかしら…」

 言われてみれば確かに気になる。

 詩月は腕を組みながら、必死になって考えたが、都合のいい答えは思い浮かばなかった。ただ何となくではあるが、理沙は戻った世界で弘には会わなかった。そんなに風に感じたのである。一卵性の双子である美月と詩月は深いところで繋がっているのかも知れない。

 詩月が考えたことが、それとなく美月にも感じ取れたのだ。美月は静かに声を出した。

「理沙さんが戻った世界でおじいちゃんに会わなかったとすると、きっと理由があるのよ」

「理由ってなんだろう?」

「深い理由は判らないけど、タイムトラベルに関係しているかも知れない」

「それってどういうこと?」

「時間のパラドックスって言えばいいのかな。仮の話だけど、理沙さんは度重なるタイムトラベルの経験から、過去に介入することが、未来に予期せぬ影響を与えると知っていたのかも知れない」

「過去に行けば行くほど、未来が変化するって意味?」

「そんな感じ。おじいちゃんと再び会って、関係を築いてしまうと、時間の流れを不安定にして、結果的に未来が変わってしまうとか、もちろん、これは仮説なんだけど。ただ、理沙さんがおじいちゃんに会わなかったとすると、それは時間のパラドックス的な理由だけではないと思うけど。ただ、なんとなく理沙さんにはまだ、隠された秘密があると感じているの」

「明日からの旅行で聞いてみようよ。きっと理沙さんなら教えてくれると思うし。それに、五芒星のペンダントの制作者である森田さんも何か知っているかも知れないし。今から不安になっても仕方ないよ」

「そうね。詩月の言うとおりかも知れない」

 二人は会話を切り上げ、ベッドに横になり、翌日に備えて深い眠りについたー

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