試験2
「なぁフウゲツ。一体全体どうしてこうなったんだ」
僕は試験官、ゼラから質問を受けていた。
死体だらけの、このホールで。
「それは答えないといけない質問か?」
あまり言いたくはないので、僕はそう聞き返す。
彼はため息をついて
「あたりまえだろ」
と憐れむような眼で見て言った。
「まぁ見たまんまだと思うよ。僕が全員殺した」
「なぜ?」
「それが一番簡単だったから。時間切れで落ちることはなくなるし」
「時間切れ?それは俺がここに来る三時間のことか」
「ああ。試験官が来た時点で、試験は終了だろ。8年前にテストを受けたやつが言っていた」
「調べたのか?」
「当り前だ。それくらいして当然」
「試験は毎回変えているんだけど」
「試験官が来たら終了なのは共通している」
「ならなおさらだ。それでどうしてこうなった?」
「だから言ったろう。一番簡単だったからだ」
「最初からこの作戦だったのか」
「いや、違う。もともと最初はトーナメントで決まるはずだったんだ。シェイラという娘発案の。けれど間に合わなそうだったから殺した」
「どうやって殺した」
「普通に、それとスキルも使って」
「お前スキル持ちか」
「あぁ」
「どうりで強い訳だ。ちなみにどんな能力だ?」
「言う義理はない」
「そうか……殺すのは心が痛まなかったかい」
「痛んださ。けれどそれは明日の朝食には敵わないだろう」
僕は金がないんだ、そう付け加えた。
試験官ゼラはその言葉を聞いて、不意に笑い始める。
大きな声だった。この鼻ぺちゃ野郎はいかれてんのか、そう考えるくらいだった。
次第に収まって、ゼラは口を開く。
「お前みたいにいかれたやつは初めてだ。いいよ。合格だ。一次試験突破おめでとう」
「当然だ」
「次の試験会場はここだ」
そう言ってゼラは一枚の紙きれを僕に渡す。
けれどそこには何も書いていなくて、白紙だった。
僕は少し見て、答えに辿り着く。
「魔力を流し込むのか」
「ご明察。頭の回転はやいね」
僕が魔力を流すと、うっすらと文字が現れ始める。
「ふうん。また町のはずれか」
「イエス。それと次の試験は、今回のと違って君と同じような人材が来る。心してかかるんだな」
「言われずとも」
僕は紙を折って、ポケットにしまいながら言う。
ゼラは不敵に笑って
「どうだ?この後暇なら飯でもどうだ。奢るぜ」
「いい。先約がある」
「おいおい、お前さんと仲がいい奴なんているのか。それはいったい誰だ?」
「ふん。まぁ普段なら教えないが……今日は気分がいいから教えてやろう」
僕は一度言葉を切った。そして
「猫耳少女の元さ」
「ご注文はなんですにゃ?」
僕はあれから移動して、猫耳少女——リファの働く酒場までいっていた。
店自体はあまり大きくはないが、かなり繁盛していてカウンターまでもが埋まっている。
「そうだな。これとこれと、これもお願いしようかな」
「以上でよろしいでしょうかにゃ」
僕はこくりと頷く。
「ご注文をお確認しますにゃ。マーボード一つ、チャハーン一つ、お飲み物がセコールでよろしかったですかにゃ?」
「ええ」
「承りましたにゃ」
リファは慣れた足取りで厨房に向かう。
僕はその姿を意味もなく見つめた。
それから暫くして料理を盆に乗せてやってくる。
「こちら、マーボードお一つ、チャハーンお一つ、セコールがお一つ、そしてデザートの私お一つ、以上でよろしかったでしょうかにゃ」
リファはそう言って、僕の前に座る。
「最後のは頼んだ覚えはないけど?」
「サービスですにゃ」
僕が笑って言うと、リファも笑って答えた。
「じゃあ、ありがたく頂戴しようかな」
僕は手に顎を乗せて言う。
「それで、フウゲツ。試験はどうだったのかにゃ」
「どうだと思う」
「うーん。落ちたにゃ?」
「正解。落ちた」
「落ちたのかにゃ!?」
リファは、ありえないくらい目を開いて驚く。
「うそ」
「ひどいにゃあ。騙すなんて」
「えへへ。ごめん」
僕はそう言ってスプーンを手に取る。いただきます、と唱えてからチャハーンを口に入れた。
おいしい。思わず口が緩んでしまった。
「というかリファは仕事に戻らなくていいのか?」
少し気になっていたことを聞く。
「いいのにゃ。ちょっとくらい。大丈夫なはずにゃ……。きっと…………。」
リファは頭を抱えながら言う。
大丈夫なのか?まるで自分に言い聞かせるようだったけど。
「ここ、混んでるね」
「そうにゃね。ほぼ毎日夜はこんなかんじにゃ」
「ふうん。今も席いっぱいだし、かなり僕運いいのか」
僕はここに来て、一分も待たずに店に入れた。
「いいにゃ、オッドアイのゴブリンを見つけるくらい運がいいにゃ」
「それはどれくらいだ」
「一兆分の一くらいにゃ」
「ええー!?そんなに僕運が良かったのか」
なんて感じで僕はリファと他愛もない話をしていると、不意にからんと店のドアを開ける音がする。
入ってきたのは酒に酔っぱらった三人組だった。
背の高い男が一人と、中くらいの背の男が一人、最後に小さい男が一人いた。
「冒険者三名入りまぁす」
「「入りまぁす」」
背の高い一人の男が言って、残り二人がそれに合わせる。
それを聞いて、厨房から急ぎ足で少し太った女性が出てきた。
「すみません。ただ今満席でして……。待って頂くことになるんですけど、よろしいでしょうか」
太った女性は慇懃な姿勢で、男達三人組に言う。
「ああん。待てねえよ」
「そうだそうだ」
中くらいの背の男があたりを見渡す。
「兄貴、そこのカウンターの人たちにどいてもらうのはどうですか」
「いいな、それ」
そう言って三人組は、カウンターで食べていた男性に向かう。
ドン、と壁を意味もなく叩いてから
「ちょっとどいてくんね。そこ。俺らに譲ってくれよ」
「いや、今食べているので」
男性は持っていた鞄をぎゅっと抱きしめて言う。
「ああん。聞こえねぇよ」
「…………。」
「黙ってねぇでなんか言えや、こら」
「虐めるのはそこまでにしといてやれ。相席でいいのなら僕のテーブル使ってもいいから」
見かねた僕は立ち上がって、彼らに言った。
彼らはきょとんとした顔を、一瞬してから
「そうだな。それがいい。お前、どけよ。お前がどけばわざわざカウンターのやつ三人のぼこさなくていいんだな」
「は?」
「だからお前が席をどけっつてんだよ、分かる?」
「もしかして、こいつ言葉分かんねーんじゃねぇすか。兄貴」
小さい男がそう言って、どっと彼らは笑いだす。
「善意で言ってるのが分からないのか?」
僕は少し怒りながらも、相手は酔っているし、と考えてできるだけ冷静に返答する。
不意に、背の高い男が水の入ったコップを手に取った。
それを僕に向けてかける。冷たい感触がほほを伝った。
「わかんねぇな。早く帰れ——」
僕はそう相手が言い切る前に、殴った。
べしゃりと鼻を砕く感触が、手に伝わる。
それから顔を掴んで思い切り後頭部を壁に打ち付けた。
ダンと音がし、ずるずると背の高い男は血の跡をつけながら、その場に座り込んだ。
「なにしてんだ。てめぇ」
そう言って背の低い男が、右ストレートを繰り出す。
力任せの大振りで、遅い。
僕は、すっと右によけ側面に回り込み、軽くジャブ。
かくん、と背の低い男は倒れた。
中くらいの男は、少しステップを踏んでから殴りかかってくる。
多分、威力を上げる助走のようなものだろう——がそれが命取りになった。
僕は相手の威力を借りる形でその拳に合わせた。
一瞬、腕が交差する。
その後、僕の拳が顔に直撃し、ばこんという歪な音があたりに響く。
そして中くらいの背の男もその場に倒れれた。
……
……………………。
「はぁ」
僕は三人とも起きる気配がないのを見て取って、一息ついた。
直後、ぱちぱちと音が鳴った。
ぱちぱち。
ぱちぱちぱちぱちぱちぱち。
次第にだんだん大きく鳴っていく。
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち。
僕はあたりを見回す。
最初に手を叩き音を奏で始めたのは、先ほど絡まれていた男性だった。
次にリファが、その次に太った女性が、しまいには見て見ぬふりをしていた人たちまで手を叩き始める。
ぱちぱちぱち——と。
僕は少し照れくさくなった。けれど悪い気はしない。
ひとしきり拍手が終わった後、男性が僕に声をかける。
「先ほどは、ありがとうございます。とても助かりました」
「いや、いい。当り前のことをしたまでだ」
「本当にありがとうございます」
男性はこのまま土下座するんじゃないか、と思うほど頭を下げて言う。
僕はどうすればいいか分からず、その場に立ち尽くしているとリファが近づいてきた。
険しい表情で、怒っているようだ。
「やりすぎにゃ。一人は気絶、もう一人は気絶プラス後頭部から血、そのまた一人は気絶アンド顔がつぶれる。まったくやりすぎにゃ。
さっきはノリで拍手してしまったけれど、間違いやったにゃ。よくよく考えるとやってることがやばいし、褒められたことではないと思うにゃ
それににゃ。危ないのにゃ。もしそれでフウゲツがやられとったらどうするんにゃ」
「……………………」
ぐうの音も出ない正論だった。返す言葉が見つからない。
「でも、カッコ良かったにゃ」
それからは大変だった。まず男三人衆の手当(治癒魔法)をし、その後に血で汚れた壁の清掃。
そして、冷めた食事を一気にかきこみ、店を後にした。
去り際、リファに
「いい、これからは揉め事は金輪際控えてにゃ」
と言われた。確かに今回の件に関してはやりすぎだったし、全面的に僕が悪いのだが、次もやるだろう。
まぁそんな感じで一次試験は幕を閉じた。
劇的な終わりはないぜ。
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