試験1
試験当日、僕は町のはずれにある大きめのホールにいた。
そこにはたくさんの人がいて、ガタイのいい人から小さい人、剣を携えた人や魔術ローブを着た人、ましてや子供までいた。
年齢も、服装も、全員ばらばらだが、一つだけ共通していることは、自分が選ばれてやるという意気込みがあるという事だった。
僕はこの空気感が苦手だ。
みな、一様に気合が入っているが、僕は受かればラッキーくらいの気持ちしか持っていないので場違いな感じがするから苦手。
そんなに思いつめず、肩の力を抜いた方が受かるってのに。
みんな馬鹿だなぁ
……。
僕はちらりと時計を見た。
現在午後の3時45分。
試験開始まで少しある——軽く寝よう。
そう考えていると、肩をトントンと叩かれた。
思わず振り返ると、そこには女性がいた。魔術師特有のローブを着ていて、杖を手に持っている。
「どうかしたか?」
僕は聞いた。
「あのーハンカチ落としましたよ」
女性はそう言って、ハンカチを差し出してきた。
「ありがとう。気づかなかったよ」
僕はそれを受け取る。
「でも珍しいですね。リサナ工房のハンカチを使っているなんて」
「分かるのか」
「当り前ですよ。その手の界隈では有名です」
「ですね。肌ざわりに吸水性、どれを取っても素晴らしい。これこそハンカチの王。というかそもそも、魔獣の毛皮を使うというセンスが素晴らしい、確かレンバイトさんでしったけ。これを思いついたのは。本当に天才。この方だけには頭が上がらない。しかもこのワンポイント、小さく映っている魔獣がいい。実に可愛らしくて、使っている時もこの魔獣の毛皮を使っているんだという背徳感たまらない」
「……あはは。そうですね」
引かれてしまった。早口オタクが出てしまった。これはもう、こぽぉ、と言っている人と変わらなくなってしまった。
軽く反省。
「というかあなたも護衛試験に参加するのか?」
「えぇ私も参加します。女だからって見くびらないでくださいよ」
女性は朗らかに笑って言った。
「名前をお聞きしても?」
「シェイルと言います。あなたは?」
「僕はフウゲツ。まぁお互いベストをを尽くそう」
僕は手を差し出した。シェイルはその手に応じる。
直後、扉が閉じた。
バタンという大きな音と共に、出入り口である扉が閉まった。
これには参加者も戸惑う。
シェイルもその一人だ。
「なんなのでしょうか」
「多分、試験がはじまるのだろう」
シェイルが聞いて、僕が答えた。
数分後、ホールの前方部分が光った。魔術式が書かれていて、多分転移魔法。
そこから一人の男性が現れた。
丸顔で鼻のでかい男だった。
「よく来たな、諸君。私が今回の1次試験担当のゼラだ。みんな覚えておいてくれ。
いや、やっぱりいい。どうせ覚えても、ほとんどのやつが落ちるからな」
ゼラと名乗る男は入ってきて、1番にそう言った。
「では一次試験の内容について、発表する。良く聞きたまえ」
ゼラは参加者を見回して言った。全員がその一挙手一投足に注目する。
「手段は問わない。この中で1人を選べ、それは戦闘で決めてもいいし、投票でも何でもいい。
とにかく1人選べ。そいつを2次試験に進ませる。3時間後、またくる。以上だ」
そう言って、試験官であるゼラは転移魔術で帰って行った。
全員あまりの速さに、だれもついていけず、ぽかんと口を開けていた。
誰も話さない。沈黙が空間を支配する。
それを破ったのは横にいたシェイラだった。
「皆さん、聞いてください。ここは平等にトーナメントで決めてはどうでしょうか。1対1の真剣勝負。もちろん殺しは禁物です。試験官は3時間後また来る、としか言っていないので時間はあると思います。
どうでしょう」
誰かがごくり、と唾を呑んだ。
「いいんじゃないか」
「いいと思う」
と、どこかで聞こえた。
その声を皮切りに、次々とその意見に対する肯定の言葉が聞こえてくる。
「では、私が紙をつくります。皆さん並んださい」
シェイルは氷が解けたように笑った。内心、緊張していたのであろう、額の汗から見て取れる。
そうして試験は始まった。
俺は第1次試験官であるゼラだ。
今回の応募者は5年前よりずっと多い。前回はたしか52人、だったか。
ざっと2倍というところか。
けれどもったいねぇな。こんな試験受けるなんて。
心にひでぇ傷を負ったり、単純に腕が折れたり、運が悪い奴は死んだり——まぁ死ぬ奴はせいぜい1人、2人くらいだけど。
なにかしら、傷を負うことになる。確かに金は弾む、けれどそれは命を懸けるようなことじゃない。
死ぬくらいなら、冒険者やってた方がましだ。
つーかでも今年はどうやってきまるんだろうな。
予想は殴り合い、とかだと思うけれど、わんちゃん予選とか組んでやるのかも。
でも時間かかるし、3時間後俺が行ったときに一人が決まっていなかったらその時点で全員失格だ。言ってないけど。
Dブロック予選突破0になっちまうぜ。
それが一番面白くないからな。
まぁ気長に待つか。
3時間後。
「おいおいこりゃ一体どういうことだ?」
俺が試験会場に行くと、そこは人間だったもので溢れていた。
血があたりに飛び散っていて、全てが真っ赤に染め上げられている。
死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体——どこを見ても死体がある。
けれど一人だけ、生きている人間がいた。
黄色の髪に、茶色の目。
しかし、返り血で真っ赤になっていて、それすらも怪しい。
「お前名前は?」
俺は少しビビりながらもその人間に聞いた。
「フウゲツ」
奴は短くそう言った。
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