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阪神競馬場①


 週末の土曜日。


 その日、真嗣は午前中から阪神競馬場に訪れていた。いくら真嗣が競馬好きとはいえ、毎週末の土日に必ず競馬場に訪れているわけではない。


 しかし、さすがにこの日は競馬場に足を運ばずにはいられなかった。


〝絶対に先生は今日も競馬場に来ているはずだ〟


 もちろん、あかりは学校ではそう公言していないものの、あの競馬に対するハマりっぷりから察するに、今日も競馬場に来ている算段は高かった。


 競馬は基本的に1週間のうち土日の2日間開催。しかし、競馬ファンの興味を集める大きなレースは日曜日におこなわれるので、土曜日の開催の競馬場は比較的そこまで混雑していない。


〝まずは先生を捜さないとな〟


 しかし、それでも競馬場はスタンドやイベント広場も含めると、郊外に存在する大型ショッピングモールと同じくらいの広さの敷地面積なので、その中から人を捜すとなると、それはもう途轍もなく骨の折れる作業となる。 


 今日は家を出るのが少し遅れたため、時刻はすでに12時を回っている。すでに第2レースまで終了しており、もうすぐ第3レースが始まろうとしているのだった。


〝とりあえず、先週、先生と一緒にいた場所を中心に回ってみるか〟


 基本的に競馬場に土地勘がないあかりが観戦するとなると、以前に立ち寄った事がある場所に居座っている可能性が高いはずだ。


 清々しいまでの青空の下。すでに桜の花は散り始めているが、それでも春を感じさせるには充分な陽気と暖かさだった。このまま何の憂いもなく、真嗣は大好きな競走馬の躍動する姿を見る事だけに没頭することが出来たら、どれだけ幸せだろうか。しかし、あかりに競馬を教えてしまった今、それは叶わぬ夢だった。


〝先週の先生がいちばん多くいた場所はというと……〟


 それはフードコート内にあるビールショップである。


 実はあかりは競馬場には来ておらず、今からおこなう真嗣の探索が徒労に終わってくれたら、ありがたいのだが。


 そう真嗣は願いつつ、阪神競馬場内にあるフードコートへと向かうのだった。


「はああああッ??? なにやってんのよ! あんた、それでもプロの騎手なの? 今すぐ騎手免許を返上して、アタマ丸めて養成所からやり直しなさいよ!」


 すると、鈴を転がすような綺麗な声なのに、内容は耳を塞ぎたくなるような罵倒が真嗣の耳に飛び込んでくる。


〝こ、この声は……〟


 真嗣の背中から一気に汗が吹き出す。そして、背筋に悪寒を感じながらビールショップの前に着くと、そこには円卓に寄りかかりながら立ち見観戦&立ち飲みをしているあかりの姿があったのだった。

「もう信じられない! わたしの予想は完璧だったのに、負けちゃったじゃない! もう知らない! あんな奴が乗っている馬なんか二度と買わないんだから!」


 そして、あかりは握りしめていた馬券をびりびりに破いて、ゴミ箱に投げ捨てるのだった。


「先生……」 


 脱力感に見舞われている真嗣はあかりに声をかける。


「あら、宇高くん。キミもやっぱり競馬場に来てたの? 本当に競馬が好きなのね~」


 午前中からビールで喉を湿らせ、すでに頬を赤らめているあかり朗らかに笑う。


〝俺はたしかに競馬が好きですけど、今日は先生が心配で競馬場に来たんですよ……〟


 しかし、気の弱い真嗣はそんな胸の内を声に出すことができなかったのだった。


「あっ、そうだ。馬券って、この阪神競馬場でおこなわれているレースだけじゃなくて、千葉の中山(なかやま)競馬場でおこなわれているレースもここで買えるのね~。先生、知らなかったわ。もう宇高くん、早く教えてよ~」


 もちろん、現地の競馬場以外でおこなわれているレースの馬券も買えるのを教えなかったのはわざとである。少しでもあかりがお金を溶かす機会を減らしたかったのだが、あかりはどんどん競馬に関する知識を吸収していくのであった。


「とりあえず、午前中の開催はあと第四レースだけか……。よし! ここで一発デカいのを当てて、宇高くんにお昼ごはんをおごってあげるわね。なんて言ったって、わたしは天才馬券師なんだから」


 先週の、どこの馬の骨とも分からない馬券オヤジの無責任な褒め言葉を完全に真に受けているあかりに対して、真嗣は「き、期待してます……」と力なく返答する事しかできない。


 数十分後――


「ちょっと! この馬、以前は同じ条件戦で二着だったのに、なんで今回はボロ負けしたるのよ! 八百長じゃないの!」


 当然のように馬券を外したあかり。今度は騎手のせいにするだけでは飽き足らず、八百長を疑いだすのであった。


 見かねた真嗣が説明を施す。


「先生、買った馬の馬体重をよく見てください。たしかに、この馬は同条件で2着になっていますが、その時の体重は460キロで今回のレースではそれよりも15キロも重い475キロで出走してます。つまり、今回はこの馬にとってベストコンディションじゃなかったんですよ」


「はあ? つまりデブってたって事よね? そんな状態じゃ勝てるわけないじゃない! なんで出走させたのよ?」


「この馬は、前走は1月のレース。つまり、3か月ものあいだ休んでいたんですよ。陣営としてもレースを使いながら調子を整えていくつもりだったから、ある意味この敗戦は致し方ない部分もあるわけで……」


「でも、でも、新聞に載っている調教師のコメントでも『前走でもいいレースをしているから、ここは期待している。がんばってほしい』って言ってるわよ!」


「いや、それは、建前というか……」


「つまり、調教師は新聞に虚偽のコメントを話していたのね! そうなのね!」


 コブシを強く握り絞め、砕けんばかりに奥歯を噛みしめるあかり。


 たしかに、競走馬を管理している人間である調教師は「期待している」「がんばってほしい」といかにも勝つ気のありそうなコメントしているが、「勝てる!」とは断言していない。それに、たとえ今回のレースを叩き台。次走以降が本番だと考えていたとしても「今回のレースは公開調教のようなもの。本当の勝負は次走以降なので、負けても構いません」などと馬鹿正直に話す陣営などいない。


 うわべのコメントを鵜呑みにするだけではなく、新聞の馬柱や調教欄からそういった陣営の本当の勝負気配を読み取る事ができなかったあかりが未熟だった――。


 そう考える事ができるようになり、より深く競馬に取り組むようになれば、あかりの馬券成績も向上するだろう。


「騙されたわ! まさか調教師が政治家よりも発言が信用できない人間だったなんて! ウソつき野郎の二枚舌のせいでわたしの貴重なお金がなくなったのね。くやし~!」


 しかし、あかりは内省を深めるどころか、騎手に続いて今度は調教師に対して悪態をつく始末なのであった。


 なんというか。先週の時点でもそうだったのだが、あかりは馬券がはずれるたびに「わたしは悪くない。〇〇のせいで負けた」と騎手や調教師などの関係者に責任転嫁をするクセがある。学校での立ち振る舞いは大学出たての新任教師とは思えないほど大人びているのに、なぜ競馬場だとこんなにも短気で幼児性が前面に現れてしまうのか本気で謎である。


「見てて! 午前中は的中ゼロだったけど、午後は前にみたいにドカンと一発デカいのを当てるから!」


 そう意気込むあかり。そして、「なんて言ったって、わたしは天才馬券師なんだから」と鼻息を荒くするのであった。


そして、昼食を済ました後に午後からレースに挑むが、結果は散々なものであった。


「なんで出遅れるのよ!」

「道中であんな無駄な脚を使ったら、来るわけないじゃない!」

「バカーッ! 腕がちぎれてもいいから、もっと気合を入れて追いなさいよ! それでもプロなの?」

 あかりの呪詛の言葉に似た罵倒がフードコート内に響き渡り、それに伴い増える飲酒量。そして、次第に口数も減っていき、威嚇する猫のような不機嫌なオーラを総身から発散させているのだった。


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