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捜索


 先程まで細かい水滴が窓ガラスにへばりつく程度の細い雨が、いつのまにか叩きつける

ような激しい雨音に変わっていた。


 しかし、真嗣はそんな雨音よりもスマホの聞き取り口から漏れる声に耳を傾けていたの

だった


「ええ。そうですか。カレンはそっちにも帰ってきてないですか。はい。分かりました。えっ? 俺ですか? はい。俺のほうはこっちの高校でなんとか元気でやっています。それじゃあ、もし、カレンをみつけたら連絡しますんで……」


 真嗣はスマホのボタンを押して、通話を切るのであった。


〝くそ! カレンの奴いったいどこに行ってるんだ?〟


 先程まで電話をかけていたのは、真嗣も昔から知っている大久保(おおくぼ)という豪山ファームの

従業員。カレンの祖父のマネージャーのような役割をしている人物なので、この関西遠征

にも同行しているはずだろうと思い電話をかけていたのだが、どうやらカレンは彼の元に

も帰ってきておらず、逆に所在を尋ねられる始末だった。


〝あいつ、土地勘なんてないはずなのに、どこをほっつき歩いているんだ?〟

 口が悪くて生意気だが、天下の豪山ファームの孫娘であるカレンは基本的に世間知らず

なお嬢さま。誘拐でもされたらそれこそ一大事になる。


〝クソっ あのバカ……〟


 真嗣はカレンの行動に対してイラだっていた。しかし、それ以上に、自らの精神的な未熟

さに苛だっていたのであった。牧場の人間や厩舎のスタッフ、馬主やその関係者。一頭の

馬を競馬場に送り出すまでにはとてつもない人間の金銭と労力を要し、レースの結果次第

で、その馬のみならず関係者の運命も大きく変わってしまう。しかし、ひとたびゲートが

開いてしまえば、競走馬と共にレースを戦えるのは騎手のみに許された権利。だからこそ、

売り上げが数百億円にまで達するGⅠレースを始めとする大レースでの騎手にかかる重圧

は想像を絶する。とくに勝って当たり前。負ければ騎手が戦犯扱いされるような人気馬な

ら尚更だ。しかし、真嗣は幼い頃からそんな舞台で戦う自分を想定して、メンタルトレー

ニングを積んできた。その中には自らの怒りをコントロールするアンガーマネジメントも

含まれている。


〝それなのに、このざまだ〟


 カレンがあかりに対して札束を投げた瞬間、完全に真嗣の思考は沸騰し、正常な判断力

は失われていたのだった。それでもカレンは真嗣の幼なじみ。捜しに行かないわけにはい

かない。


 そのあいだにも、真嗣の自宅マンションのベランダを叩きつける雨はよりいっそう激し

さを増すのだった。


 そして、真嗣は自分とカレン、2本分の傘を手に取る。


〝土地勘のないあいつが行きそうな場所はどこだ?〟


 自宅の玄関を出た真嗣はエレベーターに乗りこむのだった。


 まったく手掛かりがないだけに長丁場になることを覚悟する。しかし、真嗣がオートロ

ックのエントランスを抜けて、マンションの敷地の外に出た途端にあっさりとカレンはみ

つかるのであった。


「カレン……!」


 真嗣が名前を呼ぶ。


「どこへ行ってたんだ? みんな心配してたんだぞ!」


 しかし、カレンは返事をしない。傘もささずに今もその小さな身体を激しい雨にさらしているにもかかわらず、無言で顔をうつむかせているだけだ。


「とにかく、うちに入れ!」


 ずぶ濡れになっているカレンの手をとり、真嗣は今まで来た道を引き返すのであった。


 そして、すぐに真嗣は湯を沸かしカレンを風呂に入れる。そのあいだに量販店で男女兼用のTシャツなどの衣服を買ってきて風呂あがりのカレンの着せるのであった。


「まったく……おまえはほっつき歩いていたんだ?」


 濡れているカレンの髪をバスタオルで拭いてやる真嗣。


 しかし、何もしゃべらない。ずぶ濡れの中、真嗣と再会してから無言を貫いている。


「オマエ、俺の学校に来るっていうこと自体、誰にも言ってなかったそうじゃないか。いきなり居なくなったオマエが俺の学校に来たって伝えたら大久保さんめちゃくちゃ驚いていたぞ! いいかげん思いついたら即座に突っ走って行動するクセを何とかしろよ! それで今まで何回も他人に迷惑をかけてきたと思ってるんだ? そんなことばっかりやってるから、いつまでもガキ扱いされるんだ!」


 今までのカレンの身勝手な行動を戒める真嗣。しかし、その反面、言葉に棘にあった事

を後悔する。


〝さすがに言い過ぎたか?〟


 気が短く、わがままなカレンの事だ。きっと今の言葉で完全に頭に血が昇ってしまっただろう。とくに子ども扱いされることを最も嫌う性格なため、最後のひとことは完全に失策だった。


 しかし、そんな真嗣の予測とは裏腹に、カレンは伏し目がちに顔をうつむかせ、黙り込

んでしまう。


「すまないのだ……」


 そして、ようやく絞り出した声は普段のカレンからは想像できないほど弱々しいものだった。


「本当にカレンちゃんは駄目な女なのだ。反省しているのだ」


 今まで見た事がないカレンのしおらしい態度に真嗣は驚く。


「今回の件だって、そうだ。真嗣は馬産のことなど忘れて都会で楽しく学園生活を送っていたのに、カレンちゃんがいきなり現れて本当に迷惑だったろう」


「いや、さすがにそこまでは……」


「いいや。今日の事でよく分かったのだ。真嗣にとってカレンちゃんは近くにいてはいけない存在なのだ。だから、もう出て行くのだ! そして、二度と真嗣の前には姿を現さないのだ! サヨナラなのだ!」


 カレンは脱兎のように部屋から出て行こうとする。しかし、真嗣はそんなカレンの腕を

掴んで引き留めるのだった。


「待てよ!」


「離すのだ! もうカレンちゃんは真嗣に迷惑をかけたくないだ! カレンちゃんは本当に駄目な女なのだ」


「俺も言い過ぎた。悪い」


「それでは、今後も真嗣はカレンちゃんと会ってくれるのか?」


「きちんと節度と常識を守ってくれれば」


「それじゃあ、カレンちゃんは明日は真嗣と遊びたいのだ」


「まあ、いいけど……」


 すると、その言葉を聞いたカレンは即座にスマホを取り出し、瞳を輝かす。


「おう。大久保か。カレンちゃんは今、真嗣の家にいるのだ。それで頼みたいことがある

のだ。今すぐ明日の『ウーエスジェイ』のチケットを取ってほしいのだ。それでは、よろ

しく頼むのだ」


 それだけ伝えると、相手はまだ話したいことがあるだろうに、一方的にスマホの通話を切ってしまうカレン。ちなみに『ウーエスジェイ』とは、湾岸エリアに存在する海外資本の巨大テーマパークである。


「それじゃあ、明日はウーエスジェイに行くのだ!」


 先程までのしおらしい態度から一変、あまりの変わりように釈然としない真嗣を余所に

カレンはそう高らかに宣言するのであった。




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