第九十四話
「・・・アレク、行っちゃうのね」
ここで初めてレイリアが絞り出すように言葉を紡いだ
「あぁ。リアねぇさんも元気で」
「うん・・・ねぇアレク」
「なに?」
「本当に・・・いいのね?」
「・・・あぁ。俺は国に帰って兄上を助けないといけないから。」
「そっか・・・わかった。もう引き留めても無駄なんだよね。」
そう言うと、レイリアは寂しそうな表情をして俯いてしまった。
『俺だって本当は行きたくない!リアねぇさんの側にずっといたい!!ずっと一緒に!!!あぁ、これを口に出せたらどれだけいいか・・・・』
アレクは言いたかった。だけど、それは言ってはいけないことだと自制してた。
「・・・ねぇアレク、約束して」
「約束?ってなにを?」
「アレクが戻ると決めたのなら、もう何もいわないわ。だけど」
レイリアはジッとアレクの顔を見つめて言った。
「幸せになって」
「え?」
「アレクが幸せになってくれなきゃ、行かせたくないもの。だから約束して。国に戻っても、リンデルベルク帝国に戻って幸せになるって」
「・・・わかった。そうなるように努めるよ。リアねぇさんも幸せに暮らしてほしい」
アレクは微笑んだ。その顔を見て、レイリアはこみ上げるものを必死で我慢していた。
「えぇもちろんよ。お互いにね」
そういうと、レイリアはアレクを抱きしめた。アレクは一瞬驚いたもののレイリアを両手で抱きしめ返した。レイリアは泣きそうになっていたが、必死で堪えていた。
「アレク、幸せに、そして身体には気を付けてね」
「リアねぇさんも、俺は、俺はリアねえさんのこと絶対に忘れないから!」
「ばかね、当たり前じゃない。私は絶対に忘れない。それに約束破ったら承知しないからね」
「あぁ約束する」
アレクはそんな約束をしたものの、リンデルベルク帝国で幸せになることはないだろうと思っていた。自分の幸せはレイリアの側にいることだとわかっていたから。だけどそれは口に出すことは出来なかった。
そんな二人の様子を胸が締め付けられるような思いで、ステファンは見ていた。
「アレク様・・・」
「あんたが気に病むことはない。アレクが自分で決めたんだ」
「はい・・・」
ヴァンは、二人の別れを惜しんでいる様子に目を向けて、ボソっと呟いた。
「・・・未来がどうなるかなんて、必ずしも決まってるもんじゃないからな」
「え?ヴァン殿?」
ステファンがヴァンに聞き消したが、
「ふっ年寄りの戯言だよ」
そういって、それ以上は言葉を続けなかった。
そして、アレクはレイリアとの別れを惜しみながら、リンデルベルク帝国の使者達とともに、リンデルベルク帝国へと帰還した。
その後のレイリアの生活は、アレクと出会う前に戻っていた。
以前のように、ほぼソロでギルドの依頼を請け負い、時にはヴァンと一緒に。相変わらずギルドでの仕事に精を出して、日常を送っていた。
だけど、前のように戻ったとしても、それは全く同じではなくなっていた。レイリアの心にはぽっかりと穴が空いたようになっていたから。
『知らないと知った後では、全然違うのね・・・』
アレクがいなくなった喪失感はそう簡単に拭えるものではなかった。
だけど、同時にレイリアはあることを決めていた。
『アレクが本当に幸せに暮らしているのなら、それでいい。だけど違ったら・・・』
こうして、レイリアとアレクは離れ、それぞれの場所で生きていくことになった。
そしてまた月日は流れていき・・・




