第九十三話
_____ あの日、アレクの前に現われたのはまさかの人物だった。
2回目の会合は、ギルドゼルタの応接室だった。仲介はギルドマスターであるギードだ。
「お偉いさんから、どうしてもアレクと話し合いの場を設けてほしいと言われてな。」
「・・・・」
「・・・すまねぇな」
アレクもギードが仲介に入ったのは、立場上仕方がないことだとはわかっていた。他国であるリンデルベルク帝国は、順序だててアーレンベック共和国に話を持ちかけ、そして国からギルドへこの場を設けるようにと指示があったのだ。しかし今まで何も接触してこなかったのに、このタイミングでのリンデルベルク帝国からの接触にはアレクは嫌な予感しかしなかった。
そしてリンデルベルク帝国から事のあらましを聞き、
「貴方様の動向は、失礼ながら調べさせていただきました。アレク様があの女性、ブローム嬢を大切にされているのは、私が見てもわかりました。だからこそいいますが、彼女が狙われることになってもいいのですか?」
「一体どういうことだ?!!」
使者からの穏やかではない話の内容に、アレクの顔は一気に怒りの表情に変わった。
「貴方様は今や第一王位継承権を持つ身です。そして今はそれに見合うだけの力も今はございます。ですが、そんなアレク様の弱点は、ご自身ではなく、貴方様が大切に思っている者です。それを反勢力が見過ごすとお思いですか?」
「なっ・・・!」
アレクの言葉が詰まった時、別の者が声をかけた。
「アレク様」
「!」
アレクはその声に聞き覚えがあった。その人物は、使者達の間を割って出てきた。その人物はフードを被っていたが、アレクの前に現われた時にフードをとった。その姿は、見覚えが当然あった。だがアレクは自分の目を疑った。信じられなかったからだ。
「まさか・・・先生??」
「はい、アレク様ご無沙汰しています。」
その人物、 ステファン・バローは、微笑みながらアレクを懐かしくも愛おしく見つめていた。
「本当に、大きくなられましたね・・・」
「せん・・・せーー!!!よかった!無事だったんだ!」
言うなり、アレクは先生に抱き着いた。
「あれから、あれから先生は無事に・・・っ!」
アレクは言葉に詰まった。ステファンの顔には左から右にかけて、顔の鼻をまたぐほどの大きな傷跡があった。とても無事とは言い難い顔だったから。それだけでなく、顔のあちこちに傷跡があったのだ。あの時、アレスを逃がすために追った傷なのかは現時点でわからなかったが、それでも、その後その傷を追うだけの何かがあったことは明白だった。
「先生、その傷は・・・もしや、あの時に?」
「この傷は・・・主君の命に従っただけです。私はむしろ誇らしく思っていますよ。」
そういうとステファンはにっこりと微笑んだ。だが、その痛々しい顔に、自分のせいだと思うとアレクは泣きそうになっていた。
「ごめん!ごめんなさい先生!先生があの時、俺を逃がしてくれたから。」
「覚えてますか、あの時言った言葉を」
「うん、覚えてる。『必ず生き延びてください』って先生はそういって俺を逃がしてくれた。」
「そうです。本当に、生き延びてくださってて良かったです。そしてこんなに立派に。ブローム卿には感謝してもしきれないですね」
ヴァンの名が出て、アレクは我に返った。今自分が帰国を促されている事実に。
「ま、待って、先生。俺が本当に戻らないといけないのか?」
アレクは、今回のことが嘘であってほしいと思っていた。実際にここサザの街までリンデルベルク帝国から使者がやってくらいなので、嘘ではないことは当然わかってはいるものの、アレクは認めたくなかったのだ。
「・・・先ほどの者が言ったことは嘘ではありません。可能性としては充分にあります。ブローム嬢の腕っぷしはかなりのものだということは聞き及んでおります。ですがだからといって、みすみす危険な目に合わせるには憚れるものではないかと。」
「俺が・・・リアねぇさんの側にいる限りって・・・ことか・・・」
申し訳なさそうな表情を浮かべながらも、「はい」と肯定した。
「ブローム嬢は、アレク様の弱点となりましょう」
「くっ!」
せっかく会えた師と離れたくないレイリアの中でアレクは葛藤していた。だが、自分が一緒にいることで、レイリアに危険な目に合わせるというのならば、答えは明白だった。
「その前にひとつ聞きたい。なぜこのタイミングで、俺を呼び戻そうと?」
「・・・理由は二つあります。」
「二つ?」
「はい。一つはアレク様の竜の力が強くなったこと。もう一つは、バルダザール様もファーレンハイト様も病に伏せており、そしてお二人共アレク様にお詫びがしたいと仰っておられました。」
「・・・・」
「あとこれはラムレス様のお言葉です。そのままお伝えしますね。『本当は連れ戻すつもりはなかった。だがこちらも事情が変わってしまった。本当にすまない。』と、以上です。」
その言葉で、アレクは気が付いた。ラムレスは確かにアレクがここアーレンベック共和国に逃げてきたことは知っていたはず。だけど今までわざと知らないふりをしてくれていたのだと。だがそのラムレスがアレクを呼び戻すほどの事態になってしまったということに。
「・・・わかった国へ、リンデルベルク帝国に帰ろう。」
「苦渋の決断をさせてしまい、申し訳ありません・・・」
「認めたくはないけど、俺も王族だからな。」
こうしてアレクは、レイリアと袂を分かつ決断をくだした。




