第九十二話
「あーあ、アレク君イケメンだったし、めっちゃ好みだったのに!だけどまさか皇子様だったなんて!」
ギルドゼルタの受付カウンターに肘をついて頬杖をしていたカルロッタはガッカリしていた。そしてはぁーと深い溜息をつき、
「でも、さすがに雲の上の人過ぎて無理だよねー。あーあショックー!!いい感じになってたら、私だってカルロッタ妃とかもなれたかもしれなかったのにぃーー!もう少し攻めておくんだったぁ!」
「あー、それは絶対ないから大丈夫よ」
カルロッタの言葉に間髪入れずに、アニタは手をヒラヒラさせて、それを否定した。
「なによ!アニタさんの意地悪!」
ベーと舌をだすカルロッタに、アニタは「はいはい」と適当に受け流していた。アニタがそれよりも気になっていたのはレイリアのことだった。
ギルドでは、アレクのことが話題で持ちきりだった。リンデルベルク帝国の今まで行方不明だった皇子が見つかったと。そしてそれは冒険者であったアレクだったと、リンデルベルク帝国はあえて公にしたのだ。ただし、若干の情報操作は行われていた。幼い頃の記憶を無くして彷徨っていたアレクをヴァンが引き取り今まで育ててきた、ということになっていた。少しの嘘を織り交ぜ、美談に仕立てあげたのだ。それはラムレスの指示だった。
「どおりで、わけえのにつえぇと思ったよ。皇子様ってなら納得だよなぁ」
「ヴァンも人がわりぃよな、ずっと内緒にしとくなんてよ」
「おいおい、そりゃ一国の皇子様のことをベラベラ喋れるわけにはいかないだろ?下手すりゃお縄、最悪は不敬罪とか、おー怖っ!」
皆がそれぞれ好きなように解釈をして、アレクの噂話をしていた。
レイリアはいつも通り、ギルドの掲示板に張り出してある依頼書を物色していた。そこへアニタが声をかけた。
「レイリア、大丈夫?」
「ん?あぁ・・・」
アニタの言っている意味がわかったレイリアはニッコリ笑った。
「気にかけてくれてありがと。大丈夫よ。」
「アレク君がいなくなって、もう2週間か・・・はやいものね」
「うん・・・」
「正直なところ、貴方たちいっつも二人一緒だったから、ソロのレイリアを見るのはかなり久しぶりだし、違和感ありまくりだわ」
「ふふっ、実は私もそう思っていたところなのよ」
先日まで、アレクと一緒に依頼書を見て、仕事をしていたことをレイリアは思い出していた。
『これなんかいいんじゃない?』
『あ、俺この魔獣初めてだから、やってみたい!』
『よし、今度は俺が先方でリア姉さんは後方な!』
「・・・やっぱりさみしい?」
アニタの声にハッと我に返ったレイリアは、あわてて聞きなおした。
「え?ごめん。聞いてなかった。なんて?」
「・・・わりと重症なようね。まぁいいわ。決まったら教えてね」
「あ、あぁわかったわ」
アニタが受付のカウンターの中に戻ってくると、レイリアは掲示板に視線を移し、また依頼書の物色をはじめた。そして、
「いなくなって、はじめてわかるもんなのね・・・」
ボソッとレイリアがつぶやいた言葉は、誰にも聞こえなかった。




