第七十一話
『私はな、怒っているのだ。』
「・・・・・」
『お前の先祖がしたこととはいえ、今のお前には理由はさっぱりだろう。とはいえ、私も理不尽ではない。お前が理解できるかはさておき、私がなぜ怒っているのか、まずは自身の目で見るがいい』
なるほど、リョクが言っていた追体験というのは、この事なんだなとアレクは納得した。そして、目の前が真っ白になった。
白い光に包まれて、アレクが次に目を開けた時には、先ほどとは打って変って、霧の深い森の中から拓けた場所にいた。そこには数十メートルを超えるような巨大な岩の門が立っている。まるで竜が爪で削ったような刻印が刻まれていた。
だが、アレクは地面に足が付いている訳ではない。意識世界にきてからの浮遊感はそのままだったのだ。
「ここは?」
『昔のアジュドラゴ山、通称「竜の山」とお前たち人間は呼んでいたな。「竜の領域」への入口だ。つまり、お前の祖先と出会う直前だ。もちろん、今お前が見ている場景は我の記憶のものだ。』
金の竜の声は頭の中から聞こえるようで、その姿は見えなかった。
「ここが、アジュドラゴ山・・・」
アレクは不思議な気分だった。物語で聞いたことのある山に踏み入れることのなったことに。
『お前たちの祖先は、我の力を欲していた。実際、かの国は隣国との小競り合いで大変なことになっているようだったからな。だが、それはあくまで人間の都合であって、我には無関係なことだ。』
「・・・・・」
そんな金の竜の言葉を聞いているうちに、「竜の領域」の入口にひとりの金髪の青年が現われた。その男は、銀色の甲冑に身を包み剣を携えて、いかにも戦いに行くのが見てとれた。
「・・・あれは、もしかして?」
『ふん、そうだ。お前の始祖たるフィンだ。』
「!この人が・・・」
言われてみれば、髪色は全然違うが少し父上に似ているかもしれないと、アレクは思った。しかしそれは同時に自分もそうなのだが、それには気が付いていなかった。
そしてその男、フィンをよくよく見れば、かなり思い詰めた顔をしていることに気が付いた。
『なんだろう?緊張しているような?』
「竜の領域」に行くからなのか?と思ったのだが、アレクはそれにはしっくりせず、何かが引っ掛かっていた。
そしてフィンが巨大な岩の門を通ろうとした瞬間に女の声がした。フィンは驚いて、声が聞こえた方に振りむいた。そしてその人物は同じセリフをもう一度繰り返した。
「引き返しなさい。」
「君は一体?!」
フィンが見たのは、金の波打つ長い髪と金の瞳を持った美しい女性だった。しかし山の中だというのにその女性は薄着のドレスを着用していたことで、その様が神秘的な雰囲気を醸し出していた。アレクもその光景を見て息を呑んだが、追体験ということを思い出し、
「もしかして、あの女性は金の竜?」
『ふん、そうだ我だな。』
やはり、とアレクは納得し、そして自分と同じように、フィンは女性に見とれているようだった。そして引き続き二人のやり取りをアレクは傍観していた。
「私は、門の番人。人よ、ここへは立ち入らぬことだ。引き返しなさい。」
「すまないが、僕はここに用がある。何を言われようとも竜に会わなくてはいけないんだ!」
「ここは竜の聖域、人如きが入っていい場所ではないの。無理に入れば、二度と帰ることは叶わぬ。だから引き返せ。」
「それでも!僕は、国のために、何としても竜に接触しなければならないんだ!」
フィンと美女のやり取りをしばらく見て、この辺りは物語で語り継がれているままだなと、アレクは傍観を続けていた。




