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第四十三話(アレクの過去③)

 ベアトリスの死後、アレクを取り巻く環境はガラリと変わってしまった。

 アレクは皇子とはいえ、皇帝である実の父親に煙たがられてるという話は瞬く間に宮廷の中では周知されることに。

そのため、周りからも一線を引かれてしまうようになり、母親のいなくなったアレクを側室であるヨゼフィーネが預かることになった。ヨゼフィーネにとっては、渡りに船であった。




 「いいこと?正妃亡き今は、私がアレク、貴方の母親代わりというわけ。陛下からもそのように仰せつかっているわ。」

 「はい・・・」

 「だから今後、私のことを母と思うように。」

 「わかりました・・・」   

 「聞き分けはいいようね。あぁ、あと貴方の部屋は後宮の今の部屋ではなく、別の部屋を用意するわ。わかったわね?」


 ヨゼフィーネはアレクを自分の自室へ呼びつけ、今後の方針をアレクに告げた。


 「え?あそこは、かあさまと・・・」


 後宮の部屋は、母と過ごした大切な思い出の場所だったが、ヨゼフィーネはその部屋にアレクがそのまま住むことは良しとしなかった。


 「あの部屋は本来妃のものなのよ。皇子がそのまま使うなどおこがましい!それに私の言うことが訊けないっていうの?」


 ヨゼフィーネはそう言うと、アレクをギロリと睨みつけたが、アレクは幼いながらに、逆らってはダメだと言うことがわかっていた。

 

 「わかりました・・・」

 「ふん。ならいいのよ。わかったのなら、さ、もう下がっていいわ。」

 「はい・・・」


 アレクが落ち込んで去っていく後姿を見て、ヨゼフィーネはほくそ笑んでいた。



 それから、ヨゼフィーネは、自身がアレクの管理を任されていることをいいことに、アレクをぞんざいに扱うようになった。

 

 部屋は、後宮の一番小さな部屋を与えられることになった。

 そして食事は三食与えられることはなくなった。一食になり、食事の内容も今まで食べていた王族の豪華なものではなく、使用人レベルにまで下げられた。

 それでもアレクは、食事がないよりは一食でもあるのならと、耐えられた。子供の成長は早く、今着ている服はすぐにサイズアウトしてしまい、着られなくなる。以前であれば、何着も替えがあったのに、今では替えを何着も買ってもらうようなことはなくなってしまった。今着ているものと替えのモノで計二着。それでも替えがあるならとアレクはじっと耐えていたのだ。アレクの施されていた教育も激減した。

 ヨゼフィーネは国費を無駄にはできないと、体のいい口実を盾に、アレクに今まで掛けられていた費用をことごとく撤廃していったのだ。


 放置されるようになってから、初めこそは一部の使用人も気を使っていたのだが、それすらヨゼフィーネは許さなかった。アレクに食べ物を差し入れたり施した者は、ことごとく解雇されてしまった。腫物に触るかのように、アレクの周りには誰もいなくなり、孤立するようになってしまった。

 

 皇子にするとは思えないヨゼフィーネの所業であったが、これにはバルダザールの変化も関係していた。

 バルダザールもベアトリス亡き後、変わってしまった。それまで精力的にやって来た政が、段々と覇気のないものに変わっていったのだ。

 アレクがヨゼフィーネから不当な扱いを受けていたことは、臣下の進言により、実は知っていた。


 「陛下!このままではアレク殿下に万が一のことも充分に考えられます。どうかご慈悲を!」

 「・・・・捨ておけ」

 「ですが!」

 「何度も言わせるな。どうせあの者は、『竜紋』がない以上王位継承すら今のところないのだ。」

 「ですが、『竜紋』は後天性の可能性だってまだあるはずです。ですがその前に本当に何かあってしまったら、どうするのですか?!それにアレク皇子は、ベアトリス妃の忘れ形見ではありませんか!!」


 臣下の口から発せられた『ベアトリス』という名に反応したかと思うと、バルダザールは、すごい勢いで部下の胸倉をつかみ、今にも殴り飛ばさんばかりの形相であったが、辛うじて理性がそれを推しとどめいた。


 「貴様如きが『ベアトリス』の名を二度使うな!!」

 「へ、陛下・・・」

 「二度目はない。わかったな。」

 「御意・・・・」

 

バルダザールは臣下の胸倉から手を離し、踵を返した。


 「それ以外に話がないのなら、出ていけ。」

 「はっ」


 臣下は恭しく頭を下げ、執務室を出て行った。



 「ベアトリスの忘れ形見・・・か・・・」


 残ったバルダザールはポツリと呟くが、アレクについてはベアトリスを死に追いやった原因として捉え、いまだ許せずにいた。だからアレクが不当な目に合おうが、バルダザールは見て見ぬふりをし続けていたのだ。


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