第四十二話(アレクの過去②)
それは、来るべくしてその時が来てしまった。
ベアトリスの容体が急変したのだ。出産後、身体を壊していたが、医者の見立てでは精神力だけで、なんとか延命できているような状態でもあった。彼女がここまで持っていたのはそもそも奇跡に近かったのだ。
ベッドで息を荒くしたベアトリスが横たわり、必死で泣きながら母を呼ぶアレクが側にいた。幼いアレクにも母の死期が近いことを否応なしに理解していたのだ。
「アレク・・・一緒にいてあげられなく・・て、ごめん・・・ね・・・」
「かあさま!!いやだよ!!かあさまいなくならないで!!」
「あぁ、アレク・・・顔をよく見せて・・・・ふふ、本当にバルダ様によく似て・・・・」
「ぼくのかおなんかいつでもみせてあげるよ、だから!」
「あぁバルダ様・・・会いた・・か・・・・」
「かあさまーーーー!!!」
こうしてアレクの母、ベアトリスは病の末亡くなってしまったのだ。そして奇しくも、バルダザールが公務の遠征で不在の時だった。
ベアトリスの容体が急変し悪化したことで、バルダザールの元へ伝達が送られ、バルダザールは公務を切り上げて帰還したが、ベアトリスの死に目には会えなかったのだ。
「ベア!ベア!!」
「ち、ちちうえ・・・」
アレクはベアトリスが息を引き取った傍らでずっと泣いていた。バルダザールは公務を切り上げたものの、ギリギリ間に合わなかったのだ。バルダザールは部屋に入るなり、ベッドに横たわっているベアトリスの身体を抱きかかえ、必死に語りかけていた。
「そんな・・・うそだ・・・うそだ・・・うそだ!!!こんなの・・・・お願いだ!ベア、お前の瞳を、目を開けてくれ!!!嫌だ、こんなの!ベアトリス!!」
「ち・・・ちうえ・・・」
バルダザールの取り乱しようは皇帝とは思えない態度で、ベアトリスの死を嘆き悲しんでいた。どれだけ話かけようと、ベアトリスの目が開くことはなかった。アレクもただただ母の死に悲しみ泣いていた。そして・・・やがてバルダザールの泣きはらした目には憎悪がみなぎっていた。そしてその憎悪のこもった視線はアレクに向けられた。
「・・・・の・・・せいだ・・・・・」
「え・・・?」
「お前のせいで!お前を無理に生んだばっかりに!お前が!お前がベアを殺したのだ!!!」
「!そん・・・な・・・ぼくの・・・せいなの?」
「そうだ!!『竜紋』があるならまだしも、何の役にも立たないお前が!ベアを苦しめたのだ!!俺は、俺はお前を絶対に許さない!」
「ご・・・ごめ・・・ごめんなさい・・・」
ただでさえ、母親ベアトリスの死に、アレクは悲しんでいたところへ、追い討ちをかけるように、父親バルダザールからの苛烈な物言いに、アレクの心は消え入りそうになってた。
そして、自分が父に好かれていないのではないか?という疑問が確定しまったのだ。
その後、ベアトリスの葬儀は国を挙げて行われ、厳かに行われた。
ベアトリスの死により、バルダザールとベアトリスの恋物語は再度話題に上がることになり、吟遊詩人や観劇などで名を変えて語り継がれていった。
そしてそれを面白くないと感じる人物がいた。側室のヨゼフィーネである。
「なによ!あんな女のことなんかいつまでも!!」
ヨゼフィーネは、持っていた扇をテーブルに投げ付けた。少し興奮気味であったが、しばらくして落ち着いてきた。
「まぁいいわ。私には、ファーレンハイトがいる。『竜紋』を持つ跡継ぎを生んだのは、この私!だもの!」
アレクに『竜紋』がなかったことはヨゼフィーネにとって僥倖だった。だが・・・
『だけど油断はできない。大抵は先天性で『竜紋』は現れるけれど、稀に後天性の場合があると聞いている。ベアトリスの子供に後々『竜紋』が現れてしまったら?今陛下はあの子には執着はなさそうだけど、気が変わることもあるのではなくて?そんなことになったら、私の子は・・・ファーレンハイトとはどうなるの?』
「・・・そうね、ならばちゃあんと、憂いの元は絶っておかなくてはね。」
そうポツリと呟くと、残酷な笑みを浮かべていた。




