第四十一話(アレクの過去①)
それは数年前のリンデルベルク帝国にて___
リンデルベルク帝国の後宮にて、当時アレクはまだ三つ。正妃たる母ベアトリスと後宮を住まいとしていた。ベアトリスは出産後、身体を壊していて、公務はままならず、ほぼ寝たきりの状態だったが、公務に関しては、側室であるヨゼフィーネが仕切っていたのだ。
ヨゼフィーネは元々侯爵の出で、ベアトリスが正妃になる前は、当時の皇太子であるバルダザールの婚約者候補筆頭であったことから、皇妃教育を受けていたために、公務については支障はなかったのだ。
一旦はヨゼフィーネとの婚姻はなくなったかに思われたが、ベアトリスは結婚後なかなか世継ぎができなかったため、バルダザールは側室を取らざるを得なくなってしまったのだ。そのために、以前婚約者候補筆頭であったヨゼフィーネが再び浮上し、側室になったというのが経緯だった。
そして側室であるヨゼフィーネは側室になったその年に懐妊し、長男であるフォーレンハルトを生んだ。そしてその子には皇族の証である『竜紋』があった。
そしてそれから三年後フォーレンハルトとは、三つ年の離れたアレクをベアトリスは出産した。ただし、アレクには『竜紋』はなかった。そしてベアトリスはその出産で身体を壊すことになってしまったのだ・・・
「ごほっごほっ、アレク・・・ごめん・・ね。」
「かあさま、なんであやまるの?かあさまなにもわるいことしてないよね?」
「そう・・・ね。でもしいて言うなら、こうやって寝込んでることかしら・・・」
「かあさま!そんなこといわないで!びょうきはわるいことじゃないよ!ぼく、かあさまがはやくよくなるように、ちゃんとかみさまにおいのりしてるんだから!」
「ふふありがとうアレク、優しい子ね・・・」
少し頬がこけたものの、ベアトリスは儚げな美しい女性だった。ブラウンの髪に青い瞳の大人しく謙虚な女性だった。病については、出産を期に身体を壊してしまい、それからはずっとベッドに伏している時間がどんどんと増えていき、今に至ってはほぼ起き上ることもままならぬ状態になっていた。
そして夫たる、バルダザール皇帝は必ずベアトリスの元へ、公務の合間にお見舞いに訪れていた。ベアトリスは貴族ではあるものの、階級としては下位だったために、周りに反対されていたが、バルダザールは絶対に譲らない姿勢をつらぬき、皇太子でありながら、恋愛結婚をしたとして、当時は国で話題となり有名な話だった。そして今も尚、それは変わらず仲睦まじい夫婦だったのだ。
だからこそ、皇帝でありながら、バルダザールはアレクを許せないでいた。
「入るぞ」
部屋の外から男の声が聞こえた。それはいつものことで、黒髪の男は無造作に部屋に入ってきた。アレクの父親であるバルダザールだ。
「陛下、いつも申し訳ございません・・・」
ベアトリスはベッドから起き上ることはできないが、上半身だけ、背もたれをして起き上った。
「あぁゆっくりでよい。本当に其方は我の寵愛を受けているにも関わらず、必ず陛下と呼ぶのだな。名前を呼べばいいと毎回言っているではないか。」
「ですが・・・」
「あぁいつものは聞かんぞ。今は家族だけだ。ベアどうか、今は名前を呼んでほしい。」
「バルダ様はいつも強引ですわね。」
そういうと、ベアトリスはクスリと微笑んだ。
「どうだ今日は調子が良さそうか?」
「えぇ、貴方が来てくれたから余計にね。」
「ふふ、ベアは我を喜ばせるツボをよく心得ている。」
バルダザールは、公務の合間に必ずベアトリスに会いに行き、自分の目でベアトリスの容体を確認するのが日課になっていた。バルダザールのベアトリスを写す琥珀の瞳は、愛しい人を見つめる優しい眼差しだった。
「そうそう、バルダ様、先ほどアレクがこの本を見て書き取りできるようになったんですよ。まだ三つだというのに、凄いと思いませんか?」
「・・・そうなのか?見せてみろ」
「・・・ちちうえ・・・これです。」
アレクは、少し怯えた様子で、自分が書き取りした紙をバルダザールに渡した。
「なるほどな。・・・・これも全部ベアの教え方が上手いのだろうな。」
「ふふ、貴方の聡明なところがきっとアレクにも引き継がれたんですわ・・・ごほっごほっごほっ!」
「!!!」
「かあさま!だいじょうぶ?!!」
「だ、だいじょうぶよ。すこし咳こんだだけで・・・・」
そう言ったものの、ベアトリスが少し辛そうにしているのは、誰が見ても明らかだった。
「ベア、無理をしちゃいけない。我はもう帰るから、ゆっくりするんだ。」
「バルダ様、せっかく来ていただいたのに、何のおかまいもなく。申し訳ありません・・・」
「なに、其方の顔を見るだけで、嬉しいのだ。そんなこと気に病むでない。さぁやすみなさい。」
「バルダ様、ありがと・・ございます。・・・」
そういうと、ベアトリスはすぐにスースーと寝息を立てて寝てしまった。それを見届けると、バルダザールは踵を返し、アレクにきつい視線を向けた。
「アレクシス」
「は、はい。ちちうえ。」
「ベアがお前と離れたくないというから、一緒にいさせているが・・・ベアの負担になるようなら、お前を切り離す!それをゆめゆめ忘れるな。わかったな!」
「はい、ちちうえわかっております。」
「うむ。」
そういうとバルダザールは部屋から出て行った。
アレクはバルダザールが出ていたドアをじっと見つめ、考えていた。
『ちちうえ・・・やっぱりぼくのことすきじゃないのかな?・・・』
今まで言葉にはっきりと口にはされていないが、父であるバルダザールから、何とも言えない不穏なものをアレクはずっと感じ取っていた。
そしてその不穏なものは、一番恐れていたことと同時に姿を現した。




