第三十四話
呪いから解放されたアートスの母親は、うっすらと目を開けて、すぐ傍にいるアートスの父親に目をやった。
「あなた・・・・・こんなにやつれて・・・ごめんね。」
アートスの父親は首を横にブンブンと振り、目には涙が溢れていた。
「よかった、よかった、よかった!!!」
アートスの父親は泣きながら、ベッドに横たわっている妻を抱きしめた。アートスの母親はアートスに目を移して、
「あなたは・・・アートスね。いつの間に・・・こんなに大きくなったのかしら・・・ごめんね。母親らしいこと、ちゃんとできなくて・・・でも立派になったのね。嬉しいわ。」
「母上!!何をいうのです。そんなこと気にしないでください。母上・・・本当に本当に良かった・・・」
アートスのその声は、涙を含んでいた。親子三人の久しぶりの顔合わせとなったのだ。しばし三人は、時を取り戻すかのように抱き合っていた。その場に居合わせているヴァンやレイリアもアレクもその様子に感動していた。そしてレイリアに向かって
「ありがとう!本当にありがとう!本当に・・・なんて言っていいのか・・・」
「いえ・・・お役に立ててよかったデス」
アートスの父親が何度もお礼を言うのと同時に、心から喜んでいるのがレイリアにも伝わり、自分の力が役に立ったことが嬉しくもあるが、こそばゆいのもあって、たどたどしくなってしまった。そしてプレッシャーから解放されたレイリアは思わず、
「成功して良かった~~」
と、ついポロっと本音が出てしまい、アレクにすかさず、
「あんな真剣な顔をしてるリアねぇさん、初めて見たかも。」
「ちょっとアレク!」
と、突っ込まれ、皆が笑い、その場は和やかな雰囲気になった。アートスがレイリアの傍まできて、レイリアの手を取り、跪いた。
「本当に、レイリア嬢。貴方には感謝しても仕切れない。ありがとう。」
そう言うと、アートスはレイリアの手の甲に口づけをした。その瞬間、レイリアは初めてそんなことをされたので、動揺して真っ赤になった。
「えっ?!」
慌てて手を引っ込めたレイリアは、
「いえいえお仕事なんで、お気になさらず!いや、ホントに!」
「ふふ、貴方でもそんなに慌てることがあるんですね。」
そんなレイリアの様子をアートスは面白そうに見ていたが、半面アレクはムッと面白くなさそうに二人のやり取りを見ていた。そして意味深にヴァンは「ふぅん」と呟いていた。
ナーリスバーナ侯爵、応接間にて_____
「レイリア嬢、本当にありがとうございます。」
そういうと、改めてアートスは頭を下げた。
「いえ、本当に先ほども言いましたが、お仕事なので。」
感動の再開も束の間、アートスの母親は呪いが解け、時間が動き出したものの、病気が治ったわけではない。その為、すぐに医療施設へと移動することになった。アートスの父親はそのまま付き添いで一緒に医療施設へ同行していった。
「レイリア嬢、貴方への報酬ですが、どうしますか?勿論、金貨もお支払いするつもりですが、その他にも僕の権限で貴方の元家族に報復させることは可能ですよ。」
「報復って・・・」
「バルミング家への、貴方が幼い頃に虐げられていた虐待の件、そして誘拐及び殺人未遂の件です。」
「それは、確かにそうなんですけど・・・」
「どのみち貴方が何も手をくださなくとも、罪は暴かれます。僕はそのままにするつもりがありませんのでね。我がナーリスバーナ家をコケにしたことは断じて許しません。それに、あの輩がいなくなれば、貴方は戻ることができる。そもそもレイリア嬢、貴方はバルミング家の正当な継承者なのだから。」
アートスは、口調こそ優しげではあったものの、確固たる決意が感じられた。レイリアが何もしなくても、侯爵家として、何らかの制裁を加えるつもりだと示したのだ。その上でレイリアから何か要望があれば加味してもいいと。
レイリアは過去を思い出し、そして考えていた。自分が幼い頃された仕打ちとそして今を。
確かにあの頃は辛かったし、悲しかったし、苦しかった。だがそのお陰で、というのも皮肉ではあるが、今の生活には満足しているのだ。
レイリアの思い出の中の母が「エステル・・・」というのを聞こえた気がした。その声にハッとして、しばしレイリアは何かを考えているかのように目をつむり、そしてゆっくりと目を開けると口を開いた。
「私は・・・・・」




