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第二十九話

 「・・・・すみません。本当はここまではしたくなかったですが、貴方がバルミング家のエステル嬢だと認めてくださらないと、話が進まないものでしたから。」

 

 泣いていたレイリアを見て、アートスは本当に申し訳なさそうな顔をしていた。ヴァンは腕を組み、話の続きを促した。 


 「で、その婚約の約束はどういう経緯でだ?よくあるお貴族様の政略結婚ってやつなのか?」

 「いえ、少し違いますね・・・私の先代、つまり父の話なのですが、貴方のお父様と約束していたそうなのです。『バルミング家の後継者の令嬢と婚約させる』と。」

 「!?」


 あんのクソ親父が!っとレイリアは心の中で悪態を付いていた。

 

 「・・・ところが貴方は行方不明になった。」

 「行方不明?」


 なるほど、そういうことに実家はしたのだなと、レイリアは納得した。


 「ですから、その権利は次女であるオルガ嬢に移った訳ですが・・・」


 アートスはヤレヤレといったポーズをして、少し呆れた口調であった。


 「私が不在ならばそれでいいのでは?」


 次の言葉を発したアートスの様子は、一瞬氷のような冷たい空気を纏った。


 「いえ、彼女では話にならないのでね・・・・」

 「!」


 レイリアは、この物腰の柔らかいこの男は警戒対象だと、改めて認識した。そしてそれはアレクも同様だった。アートスはチラッとアレクを見るもすぐにレイリアを優しい眼差しを向け、


 「・・・どうですか?本来の貴族であるエステル・サー・バルミングを名乗ろうとは思いませんか?」

 「思いません。」


 レイリアは迷うことなくきっぱりと言った。


 「・・・これは・・・また即答ですね。」

 「申し訳ないけど、貴族の生活から離れて随分と経つもの、今更お貴族様の暮らしをしたいとは思わないわ。」

 「・・・綺麗なドレス着用したり、美味しい物を食べたり、贅沢をしたいとか思いませんか?」


 レイリアは首を横に振り、それからヴァンやアレクを見回して、テーブルに手を乗せた。


 「私は・・・こんな大きなテーブルじゃなく、皆と近くで囲めるような小さなテーブルで楽しく食事がしたい。こういうご馳走にももちろん憧れるけど、ご馳走はたまに食べるものだから、感動もあるんじゃないかなって思ってます。」


 レイリアは泣きはらした顔ではにかみながら、貴族の生活になんの未練もないのだと話した。


 「・・・・・なるほど、つまり貴族の暮らしには全く興味がないということですね。」

 「ええ。」

 「・・・・貴方が過去に、バルミング家で不当な扱いを受けていたことは知っています。ですが、私の婚約者になってくれるなら、もちろんそのような目には合わせません。もちろん里帰りなどもさせません。いえ、できないというべきか・・・それでもですか?」 

 『ん?できないってどういう意味?』

 「今の暮らしの方が性に合ってるんですよ。」


 アートスの言葉に少し腑に落ちないところはあったが、レイリアはきっぱりと断った。


 「ふふ・・・・あはははははは!!」

 「?」


 突然アートスが笑い出したので、レイリアは驚いていたが、


 「失礼しました。今の暮らしぶりについては、冒険者をしているとしか報告を受けていないのでね。どういった心境なのかと知りたかったのですが・・・わかりました。これ以上は無粋ですね。」


 アートスは納得したように頷いた。 


 「ご理解いただけてなによりです。」

 「婚約については、私の方からバルミング家に正式に解消する方向で話を進めさせていただきます。まぁごねたら、破棄するまでですが。」

 「えっと・・・さっきも言いましたけど、私の代わりに妹という話になってたようでしたけど、ダメなんですか?」


 レイリアは先ほど、アートスが発していた『話にならない』という言葉が気になっていたのだ。ただ個人的にはオルガが幼い頃と変わっていないのであれば、お勧めできる物件ではないと思っていたが、今は変わっているかもしれないので、あえて言わなかった。


 「そうですね。本当に妹だったら、話は別でしたけどね。」

 「え?それってどういう??」


 レイリアは不思議だった。妹であるオルガと母親違いの腹違いの姉妹、という認識だったからだ。であれば、妹というのは間違いではないはずだ。だけどアートスの口ぶりでは全く認めていないようだったからである。


 「なるほどな・・・」

 

 しかし、ヴァンは意味深に呟き、納得しているようであった。


 「・・・では、本題の二番目の話をさせてもらってもいいですか?」

 「「二番目?!」」


 まさかもう一つ話があるとは思っていなかったので、レイリアとアレクの声が被ってしまった。 


 「ふん、食えねぇ野郎だな。元々そっちが本来の本題だろう?」

 「ふふ、さすがヴァン殿ですね。お気づきですか。」


 ヴァンは気が付いていた。だから自分達がバルミング家に行く前に、アートスは接触してきたのだろうと思ったのだ。アートスは真剣な表情になり、話しはじめた。


 「・・・本来はギルドを通すべきなのですが、あまり時間がないので、直接話をさせていただきます。つまり仕事ということで依頼を受けていただきたいのです。」

 「・・・『指名依頼』ということだな。」

 「その通りです。」


 『指名依頼』はギルドに置いて、特定の人物に依頼する特別な依頼であり、もちろん報酬もそれなりに高額であるが、当然守秘義務があるのだ。


 「では、僕が今から話すことは、この場にいる者は他言無用でお願いします。」

 

 了承と言わんばかりに皆が頷いたが、この時、アートスの一人称が「私」から「僕」に変わったことに、三人共が気が付いていた。


 「先ほど少し触れましたが、なぜ、僕の先代がバルミング家と婚約の話をもちかけたのか、そこからお話させていただきます。」 

 

 こうしてアートスから話された内容は、驚くものだった。 


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