第二十七話
「お待ちしておりました。急な不躾なお誘いにも関わらずお越しくださり、光栄です。私がアートス・サー・ナーリスバーナと申します。以後お見知りおきを。」
その男、アートス・サー・ナーリスバーナは一言で言うなら見目麗しかった。
少し長いプラチナブロンドの髪を後ろ横にくくり、そして切れ長の薄い青の瞳、まさに氷の彫像を連想するような美しい男だったのだ。だが、件の三人はその美しい男が目の前に現れても、特にそれには触れず平然としていた。アートスはたいてい初対面の場合、自分の容姿で相手が意識した行動を取られることがほとんどだったので、三人の特に気にもしていない様子はアートスにとっては新鮮なものだった。
『ふふ・・・面白い』
「ま、俺らのことは既に知ってるみたいだが、そっちが名乗ってくれたんなら、ちゃんと自己紹介はしねぇとな。俺は、ヴァンデル・ブローム。しがない冒険者だ。」
「私はレイリア・ブローム同じく冒険者よ。」
「僕はアレク・ブローム、同じく冒険者です。この度はお招きありがとうございます。」
レイリアは、アレクの『僕』という一人称と敬語に反応して、思わず横にいるアレクを凝視した。確かにアレクの最近の一人称は『俺』であったが、貴族の前なので一応礼儀として『僕』と言い換えていたのだ。
『ちょっとアレク!私がバカみたいじゃない!』
『あー癖でつい』
などと小声でやり取りしていたが、その様子にヴァンは頭を抱え、アートスはクスクスと笑っていた。
「ふふ、それでは早速食堂にご案内しますので、そこで歓談いたしましょう。」
アートスは食堂へと案内してくれた。
「なんか面白そうだし、行ってみるか」
あのあと、ヴァンの判断でせっかくお呼ばれされているというのなら、行ってみようということになったのだ。
「えーなんか怪しくない?」
「俺も同感。」
レイリアもアレクも侯爵の唐突な申し出にさすがに怪しいと思わずにはいられず、気が乗らなかったが、次のヴァンのセリフで気が変わった。
「まー俺もそう思う。やっこさんの用件が気にらないなら蹴ればいいだけの話だし、それにあとは・・・」
「「??」」
「お貴族様だろ?なんか美味そうな飯が出るんじゃないかってな!」
ヴァンはいい笑顔でそう言うと、
「「行く!!」」
レイリアとアレクは即答だった。
『わかってはいたが、ちょろいな。大丈夫かこの二人?』
ヴァンはあまりに簡単に釣れたレイリアとアレクの今後がちょっと不安になった。
『わざわざ、接触してきたんだ。思惑も知りたいしな。知らないところで間接的にコソコソされてもうぜぇからな。』
ヴァンも警戒はしていたが、先方が何のために接触してきたのかが知りたくなったのだ。
そしてナーリスバーナ侯爵の招待を受け、侯爵の館の食堂にて四人は食事をすることになったのだ。
『にしてもすごいわねぇ。やっぱり侯爵なだけあって内装も調度品も高価なものってことはよくわかるわ。』
レイリアは食堂の内装を見て、幼い頃に住んでいた自分の屋敷と比べていた。アレクは特にキョロキョロすることなく、大人しく椅子に座っていた。そして料理が並べられて、二人の目はパアアと輝いていた。
「「美味しそう~~!」」
「お気に召していただけて良かったです。特に作法は気にせず遠慮なく食べてくださいね。」
アートスはそういうと、二人は手をそろえ、
「「いただきます!」」
そういうと、二人は食べ始めた。だが、その様子にアートスは少し驚いていた。というのも、偏見であるが冒険者というのは庶民が大半であることから、作法はあまり知らないであろうと思っていたからだ。そころが二人共きっちりと作法はできており、フォークもナイフもマナーに乗っ取って使っていたからだ。その様子を見て、ヴァンは切り出した。
「意外だったか?」
「え、えぇそうですね。失礼を承知で言うならば。」
「まー、一応最低限のマナーはな・・・こいつらも、これからどこで必要になるかわからねぇし。」
「なるほど・・・さすが、ヴァンデル殿ですね。将来を見据えておられるのですね。」
「世辞はいい。そんなことより時間は有限だからな。一体なんの用で俺らに接触してきたのか、そろそろ教えてもらおうか?」
「ふふ、そうですね。それが本題ですから。」
ヴァンは警戒していた。アートス・サー・ナーリスバーナという男は、侯爵という爵位が高い高位貴族にも関わらず、初対面から庶民であるヴァンにさえ物腰の柔らかい男だったから。通常であれば好感のもてる話なのだが、それが逆にうさん臭いものに見えてしまっていたのだ。
「約束を果たしてもらいな、と思いましてね。」
「約束?」
「「??」」
『あれ?じっちゃんも私も、もちろんアレクもこの・・・アートスさんだっけ?この人とは初対面だよね?なのに約束ってどういう意味??』
レイリアも意味が分からず、食事をしながらアートスの次の言葉を待っていたが、聞き捨てならないものだった。アートスはにっこりと微笑み、
「私とレイリア嬢との婚約です。」
「「ぐっ!!!!」」
ゴクンッ
「「はぁーーーーーっ???!!!」」
それを聞いたレイリアとアレクは食べていた物を吹き出しそうになったのを何とか堪えて飲み込み、代わりにでたのは大声だった。
吹き出しそうになったのを止めたのは、俺の教育の賜物だなと、ヴァンは心の中で自画自賛していた。




