第十二話(レイリアの過去⑤)
ある日、レイリアの部屋にオルガが部屋に入ってきた。はじめは「あそびにきたの?」と声をかけるも、オルガが部屋中を見回している様子にレイリアはなんだか嫌な予感がした。そして家具の上にあった大きなクマのぬいぐるみを目敏く見つけ、案の定「ほしい」とおねだりしてきたのだ。
だけど、レイリアは慌ててぬいぐるみを背に隠すようにして、必死に訴えた。
「こ、これはだめだよ!わたしをうんだかあさまにもらった、だいじなだいじなぬいぐるみなの!」
「どうして?わたしどうしてもそのクマさんがほしいの」
オルガは首をかしげ、不思議そうに自分が欲しいと言ってるものを断るレイリアのことが理解できなかった。オルガの我儘はほとんど聞き入れられることが当たり前だったため、断られるとは思っていなかったのだ。今まで極力、オルガのお願い事はきくようにはしていたが、レイリアとしては大事な生母がくれたプレゼントについてはそう易々とあげるわけにはいかなかった。
「ほ、ほかのならいいけど、ほんとうにこれはだめなの!」
レイリアは必死で断っていたが、オルガはレイリアの頑な様子に、これはよほど取られたくないものだ、ということがよくわかった。オルガは一瞬ニヤッとレイリアに笑ったと思ったら、急に大声で泣き出した。
「うわーーーん、おねぇちゃまが、またいじわるしてくれないよー!」
オルガが突然泣き出したことで、部屋のすぐ側で待機でもしていたのか、ドミニカが現れた。そしてズカズカとレイリアの前に立ち、
「エステル!貴方おねちゃんのくせに妹のお願いが聞けないっていうの?!」
パシ―ン!!
「うぅっ!」
「ほーら、オルガこれが欲しかったんでしょう?」
「おかあしゃまありがとうー」
ドミニカはレイリアを平手打ちにしたあと、大きな熊のぬいぐるみを無理やり取り上げると、それをオルガに渡した。
そしてオルガは熊のぬいぐるみを抱っこしながら、幼児に似つかわしくない下卑た含み笑いで言った。
「はじめから、くまさんくれていたら、いたいことにならなかったのに。おねぇちゃまはおばかさんですね。」
レイリアはボロボロと涙が溢れていた。
「かあさまがくれた・・・くまさん・・・ごめ・・・かあさまごめんなさい。まも・・・れなかった・・・」
その日を境に、オルガはレイリアの私物をねだっては奪うという行為が当たり前のように行われるようになった。
レイリアは幼いながらも自分の家であるはずなのに、だんだんと居場所がなくなってきていることを嫌でも感じずにはいられなかった。
そんな矢先に、継母であるドミニカに珍しくレイリアは呼びつけられていた。
『おかあさまが、おへやによんでくれるなんて!おかしをくれるって!おかあさま、わたしのことすこしでもすきになってくれたのかな?』
コンコン
「あのおかあさま、エステルです。」
「・・・・お入りなさい。」
そんな淡い期待を持って、初めてドミニカの部屋に入ったレイリアは、そんな淡い期待は無駄だったと思い知らされた。
「おかあさま、あの・・・おかしをもらえるときいて・・・」
「・・・」
ドミニカはレイリアの問いかけに無言で蔑むように見たかと思うと、やっと口を開いた。
「お前の顔を見るのはこれで見納めね。さぁ、さっさと連れ出してちょうだい。」
「??!!」
レイリアは一瞬何を言われているのかわからなかった。だがドミニカの言葉のあと、突如後ろから何者かに口を塞がれた。
「うぅっ???!!!」
そしてドミニカから放たれた言葉は、レイリアを絶望させた。
「二度と帰ってこないで。いえもう帰ってくることは叶わないでしょうけど」
そう言った継母の美しい顔は蔑むように女の子を見つめ、口の端は上がっていた。
『おかあさまなんで??』
後ろから口は布でふさがれて、その言葉が放たれることはなかったが、驚きで目を見開いた様は言わずとも目がそう語っていた。
「くくく、可哀想になぁ。」
そんな言葉を頭上で聞いたかと思えば、そこから意識が朦朧として途絶えた。布には薬が仕込まれていたのだ。
そして、意識をなくしてしまったレイリアは、意図せず今まで住んでいた屋敷を出ることになったのだ。