第十一話(レイリアの過去④)
レイリアが攫われる前、まだ自宅の屋敷にいた頃の出来事だった。
そこは大きな屋敷の庭にあるガゼボで、義母は妹オルガとゆったりとお茶を飲んでいたが、そこにレイリアを呼びつけていた。
「聞いたわよ。また可愛いオルガのお願いをきかなかったんですって?」
「そ、それは・・・わたしがもらったものだがら・・・それにサイズだって・・・」
妹オルガの我儘から、レイリアことエステルは自分が唯一持っていた余所行き用のドレスを渡すように要求されていた。だが、それは生前の母から誕生日にと貰ったドレスだったのだ。
「おねーちゃまよりわたしのほうがにあうもん!」
「で、でも!」
バシャアァア
「逆らうなんて生意気なのよ!!」
「あっつぅ!」
きつい言葉とほぼ同時に、幼いレイリアは義母が飲んでいた紅茶を頭からかけられた。幸い紅茶は熱かったものの火傷をするほどの温度ではなかった。
「いいわね!貴方は姉なのよ!可愛い妹のお願いを無下にするなど許さないわ!」
「そんな!!」
「あーあ、おねちゃまったら、おそらはおてんきがいいのにぬれてるぅ」
妹オルガは紅茶をかけられたレイリアを無邪気に笑っていた。
「こーんな可愛いオルガのお願いことを断るなんて、意地悪なおねーちゃまですねー大丈夫よパパに言ってオルガのドレスを新しく作ってもらいましょ」
「え、あたらしいドレス!そっちがいい!」
「さ、じゃ屋敷に戻りましょ」
二人は、楽しそうに屋敷に戻っていった。
びちょびちょになった小さなレイリアの姿に気の毒に思うメイドは多数いたが、とばっちりを受けたくないがために、見て見ぬふりをされてのがいつもの常であった。実際今まで正義感からレイリアをかばったメイドはことごとくクビになっていたからだ。
継母であるドミニカ・バルミングは後妻であったが、実際はレイリアの母オフェリア・サー・バルミングが存命していた時から、既にレイリアの父であるブルーノ・サー・バルミングの愛人であった。本来であれば高位貴族の証である『サー』の称号が名前に付くのだが、バルミング家の正当な血統はレイリアの母であったため、婿養子の父は配偶者として、『サー』の称号がつくも、後妻であるドミニカにその権限は与えられなかった。当然、ドミニカとブルーノの子であるオルガにも『サー』の称号は与えられない。
エステルことレイリアは初めこそは、義母ドミニカと仲良くなろうと、話しかけたりしたものの、素っ気ないものだった。そして次第に無視されるようになっていた。今に至っては妹オルガが我儘を発揮するようになると、その我儘のせいで理不尽な目に合うことも増えてきた。
『あたらしいおかあさまもオルガも、やっぱりエステルのこと、きらいなのかな・・・』
父ブルーノに訴えるも「姉なんだから我慢しなさい」と取り付く島もなかった。幼いレイリアはこんなことなら、放置されていた方が楽だったのではないかと思うようになっていた。そんな時、聞いてしまった。母親違いの妹の言葉を。
「おねーちゃまなんていらないなぁ。いてもじゃまなだけだし」
『!!』
レイリアは、運悪くその場に居合わせてしまったのだ。そして続けざまに義母が放った言葉で、嫌われていると思っていたことが気のせいではなかったと、決定付けてしまったのだ。
「本当にねぇ。うちの子はオルガ貴方だけがいればいいのよ。アレはいない者として扱いなさい。」
「はぁーい」
妹オルガは嬉しそうに返事していた。
『あぁやっぱり、おかあさまもオルガもわたしのことがきらいだったんだ・・・』
レイリアの妹オルガとは年が一つだけ離れており、ドミニカの連れ子ではあるものの、実際はブルーノの子供であった。
父であるブルーノもオルガのことはレイリアの目からみても自分より可愛がられていることはわかっていた。実際オルガはドミニカ譲りの金髪に父親ブルーノ譲りの緑に瞳で、見目麗しい少女であったことも輪をかけたのだろう。それでも妹だからと、一緒に遊ぼうと声をかけたりしてみたものの、義母ドミニカと同じくオルガはレイリアをぞんざいに扱っていいと幼いながらに自覚しており、レイリアの私物も我儘でことごとく奪うのは当たり前になっていた。