第百十五話
「何事だ!」
「きゃーーー」
「うわぁああああ」
「魔物だ!!魔物の襲撃だぁあああ!!」
王宮の内部で浮かび上がる魔法陣の光、そして人々の逃げ惑う声。放たれた雷魔法のせいで、壁に亀裂が走り柱は軋み、天井がひしゃげ、轟音とともに広間が崩落していった。絢爛な装飾が瓦礫へと変わり、王宮の一部からは火の手が上がった。壁に彫刻されたリンデルベルク帝国の紋章はまるで今の現状を表すかのように燃えていった。今まで栄華を誇っていた、リンデルベルク帝国の王宮の城壁が閃光に包まれて破壊され、帝国の歴史を象徴していた王宮が、金の竜によって終焉を迎えているようであった。
王宮に侵入した金の竜は、その中を魔法で破壊しながら悠々と進んでいた。崩壊する様をまるで楽しんでいるようであった。そして謁見の間までたどり着いた。
「さてと、確かここからこちらに行けば、アレクの父親の寝室だったな」
金の竜の次の標的は、バルダザールだった。
金の竜がその方向へ踵を返すと、凛とした声が聞こえた。
「待ちなさい」
金の竜は瓦礫の中歩んでいた足を止め、その声の方向をゆっくりと振り返り、声の主をギロリと睨んだ。
「・・・ほう、確か・・・サザの街にいた娘か。こんなところまで来るとはな。ご苦労なことだ。」
「しょうがないじゃない。アレクが意地を張ってなかなか帰ってこないから、迎えに来てあげたのよ」
その声の持ち主は、剣を携えたレイリアだった。
レイリアもまた、アレクと別れてから五年の間に変わっていた。体格的なものは変わっていないが、以前よりも大人の女性としての落ち着いた雰囲気が感じ取れた。そし容姿が特に変わったわけでもないのに、より美しさを際立たせていた。だが、一番変わったのは、冒険者たる実力で、その証拠にレイリアは変貌したアレクを見ても物怖じすることなく、対峙していたのだ。
「ほう、このタイミングでわざわざ来たのは・・・ふん、なるほどな。あ奴の手引きか」
「へーさすがバレバレね。そうよ。リョクが教えてくれたのよ。にしても、えらく変わったのね。アレクを知らなかったら全然わからないわね・・・」
レイリアはアレクの今の竜化した姿に感心していた。
「余計なことを。・・・まぁいい。娘、お前が来たところで、我には取るに足らないことだからな。お前もこの王宮と共に塵になるがいい!」
金の竜は言い終わらないうちに手をかざすと、瞬時に魔法陣が現れ、レイリアに向かって魔法が放たれようとしたした瞬間、金の竜の動きが止まった。
『やめろ!!リアねえさんを傷つけるなんて絶対に許さない!!』
「アレクか!またもや邪魔をしおって!!!」
金の竜は急に蹲った。
「アレク、アレク??大丈夫なの?!」
金の竜の様子がおかしいので、レイリアはアレクの名で必至で呼びかけた。
「ううぅうっ・・・」
「アレク・・・・・」
憐れむような眼でレイリアはアレクを見つめていた。
「がっあぁああああああ!!」
アレクの姿をしたものは、苦しんでいるようだった。
レイリアは改めてアレクの変わった姿を観察していた。辛うじて顔にアレクだったころの面影はあるものの、身体全体が人間とかけ離れたものになっていた。顔は頬辺りまで金の鱗が侵食しており、身体に至っては大部分はすべて金の鱗で被われて、腕は人間の形状と異なり鋭い爪があった。そして背中には蝙蝠のような大きな羽。大きな爬虫類のような尻尾も見えた。そして頭には4本の角が生えていた。
『うん、かなり外見は変わってしまったけど、まだ完全に竜化はしていない!』
アレクは、竜化が進んではいたが、まだ完全ではなかった。だから金の竜とアレクの意識がせめぎ合っていた。
「人間如きがぁああああ!」
威嚇したかと思えば、急にレイリアの顔を見つめ、途端に泣きそうになっていた。
「リ・・アねぇさん、どうしてこ・・こに?いや・・だ、見ないで。リアねぇさん俺を見ないで!!」
その悲痛な声は、アレクのものだった。アレクは今の自分を見てほしくなくて必死で身体を隠そうと屈んでいた。
「アレク・・・」
『意識がアレクだったり、アレクではないものだったりと、入れ替わってるのね。ということは、まだアレクは完璧に乗っ取られているわけではない!』
レイリアはそう断定すると、アレクの前にずいっと前にでた。
「アレク、私前に言ったよね?幸せにならないのなら、行かせないって。」
「リ・・・アねぇ・・さん」
「今のあんたはちっとも幸せそうじゃない、だから・・・」
レイリアはアレクに向かって、手を伸ばし差し出した。
「アレク、私と帰ろう?サザの森へ」
そう言うと、レイリアはアレクに微笑んだ。