第百十三話
「あぁ先に言っておくが、人を呼ぼうとしても無駄だぞ?ここには結果を張ってあるから、叫んでも聞こえない。まぁ外の連中は壁を見てくるかもだがな」
「なに?」
アレクは意地が悪そうに笑っていた。
確かに、少し経っているのに誰もこないことから、その通りなのだろうと、ファーレンハイトは不本意ながらも納得した。そしてこの状況をどう打破すればいいのかと、必死で頭を巡らせていた。その時、ヨゼフィーネが叫んだ。
「待って!先ほどのことはどういうことなの?!」
ヨゼフィーネは驚いていた。なぜ自分の所業を目の前の魔物が知っているのだと。
「ふん、わからぬのか?」
「・・・・?」
目の前の魔物が見下したように笑うも、ヨゼフィーネは怯みながらも負けじと睨み返していた。金の鱗で覆われていたので、人であるかもわからなかったが、よくよく見ればヨゼフィーネも気がついた。
「まさか!・・・貴方、アレクなの?」
「半分ってところだな。アレクの身体だったものだ。今は我がもらい受けた。」
「我って・・・アレクじゃないってことは・・・・嘘でしょう?!」
「アレク・・・すまない!」
ヨゼフィーネは目の前の魔物がアレクだったことに驚愕し、ファーレンハイトはわかっていたこととはいえ、目の前にいるのがアレクの成れの果てだということを受け入れたくなかった。
「ふん、お前が今の時代の皇帝とやらだな」
「・・・そうだ」
ファーレンハイトは少したじろぎながらも肯定した。するとアレクの姿をした金の竜は、
「お前は我が誰だかわかっているだろう?」
「金の竜・・・だな」
その回答に満足したかのように金の竜は口角を上げた。側にいたヨゼフィーネは驚いていた。
「よかったな。我に身体を明け渡すことになったのがアレクで。お前にあともう少し金の鱗があれば、お前だったのかも知れないのだから」
金の竜の言葉に、ファーレンハイトはやはり、と項垂れてしまった。
「そんな・・・まさかあの『竜紋』が原因ですって?!どうして?!そんな!」
ヨゼフィーネはパニックになっていた。彼女は皇帝の子を産み、『竜紋』があることは名誉なこと、そしてそれは範囲が広ければ広いほど誉れなことだと認識していたからだ。なのに、まさかその『竜紋』のせいでアレクがこんな姿になるなど想像もしていなかったのだ。
「会えたばかりではあるが、早々に退場願おうか。」
そういうと、金の竜の鋭い爪のある手のひらには、魔法を込めた丸い玉が浮かんでいた。明らかに攻撃魔法だった。
「恨むならお前の祖先を恨むがいい。そして子孫にいたるまで、我を利用していたことは決して許さん!お前の命で償ってもらおうか!」
そういうと、金の竜は凄まじい形相になり、その魔法の玉をファーレンハイトに向かって投げ付けようとした。
「あぶない!!!」
「?!」
「うぅっ!!」
とっさにヨゼフィーネはファーレンハイトの前にでた。金の竜は魔法の玉を投げる瞬間、急に蹲った。そのせいで直撃は免れたが、魔法の玉は軌道がズレたとはいえ、かすってしまったのだ、ヨゼフィーネに。
「ぁあああああああっ!!」
「は、母上ーーーー!!」
ヨゼフィーネは魔法の玉で大怪我を負ってしまった。肩から腕の範囲に当たってしまったのだ。それはまるで重度の火傷のようだった。傷跡から肉の焼けるような匂いがし、白く美しい肌は一瞬で赤黒くなってしまった。ベッドの上から出られないファーレンハイトは、必死でヨゼフィーネに呼びかけた。
「母上、母上!一体どうして前に?!」
「あ、当たり前でしょ・・・私は・・母親なんだ・・から・・・」
「母上・・・」
ファーレンハイトは、驚いていた。ファーレンハイトは母であるヨゼフィーネは自分のことを皇帝にするためだけに、優遇し育ててくれているのだと、ずっと思っていたのだ。打算的に、自分の名誉とプライドのためだけにだろうと、ファーレンハイトはヨゼフィーネのことをいつの間にかそんな風にしか見られなかった。
だけど違った。まさかこんな場面で身を挺して庇ってくれるなど思ってもみなかったのだ。むしろ歩けない自分を置いて逃げるだろう、くらいに思っていたのが、全然違ったことに驚いてたのだ。
そこへ別の声が聞こえた。