第百十話
「ここは・・・どこだ?」
アレクがゆっくりと瞼を開けると、目に映ったのものは青空が広がっていた。そして周りを見るとそこは草原だった。
アレクはなぜか草原にいて、いつの間にか寝ていたようだった。だけどこの光景に見覚えがあった。今の状況は何となく把握したものの、なぜこんなところにいるのか訳がわからなかった。すると不意に声がした。その声はアレクが二度と聞くことがないと思っていた人物の声だったのだ。
「アレクまだ寝てていいのよ?」
「え?」
アレクが慌てて振り返ると、そこには、
「は、母上??!!!」
「大きくなったわね。アレク」
今はもう存在しないはずの、記憶の中でしかいないアレクの母親ベアトリスが微笑んでいたのだ。アレクはいつの間にか母親の膝枕で寝ていたのだ。驚いて思わずアレクは飛び上がった。
「そんな、そんなバカな?!」
アレクは動揺したが、すぐにわかった。これは夢なんだと。見覚えがあるこの景色は、自分が幼い時に、一度だけ両親であるバルダザールとベアトリスに遊びに連れて行ってもらったことがある場所だったということに気が付いた。
「そうだよな・・・夢に決まっている」
この光景はベアトリスの体調がいい時に、少し遠出をした親子の思い出の場所だったのだ。いきなりこの光景になるなど、夢以外に考えられないとアレクは考え、そしてそれはその通りだった。
「アレク・・・確かにここは夢の中よ。だけどそれでも母は貴方に会えて嬉しいのよ」
ベアトリスは少し物悲しくも笑顔でアレクに話しかけたその表情は、嘘を言っているようには見えなかった。
「母上・・・もちろんです。俺だって会えて嬉しいです」
アレクは懐かしい母親の顔を見て、泣きそうだった。
「アレク、顔をよく見せてくれる?」
アレクは恐る恐る、ベアトリスに近づいた。腰を下ろして向き合って座るとベアトリスが両手でアレクの顔を包むように頬に触れた。その瞬間、アレクに強烈な睡魔が襲ってきた。アレクは頭を抱え、眠らないでおこうと意識を抵抗していたが、
「ね・・むい・・・・」
『アレク、いいのよ。お眠りなさい・・・』
「だけ・・ど・・・」
夢の中とはいえ、せっかく母ベアトリスに会えたのに眠ってしまうなどアレクは嫌だったのだ。そして気のせいか、ベアトリスの声が遠くに聞こえた。すぐ傍にいるのに。
『大丈夫。私は傍にいるわ。だからアレク、ゆっくりお休み・・・』
「母上・・・本当・・・に?」
『えぇ、いい子ね、アレク』
「は・・母上・・・・」
『おやすみ・・・アレク・・・・』
「スゥー・・・・・」
アレクは睡魔に抗えず再び眠ってしまった。そして膝枕をしていたベアトリスは優しく寝息を立てているアレクの頭をなでながら、口から放たれた声色は別人にように変わっていた。
『そうだ。眠っているといい。お前の連なるもの達がなくなる瞬間を見たくないのならば』
ベアトリスの表情は、先ほど浮かべた優しいものとは打って変わって口角が上がり、その瞳は、青色から金色に変わっていた。
そして___
その日、リンデルベルク帝国の王宮の一角にある塔の一室の窓から、突如眩いほどの金色の光があふれ出ている様が目撃された。そしてその直後、大きな音と共に塔は崩壊し、王宮から火の手が上がったのだ。