第百八話
「・・・わかった。だから子供だけは、子供だけは助けてやってくれ・・・私はどうなろうと構わない・・・」
「おぎゃーおぎゃーおぎゃー」
赤ん坊の鳴き声が響く中、リリアナはがっくりと地面に膝をついた。そして懇願した。我が子を助けるために。
「竜などという『獣』如きが、まさか母性を持っていたとはな。まぁ物分かりがいいことだけは褒めてやろう」
「・・・・・」
小馬鹿にしたような顔でフィンはリリアナを貶していたが、リリアナは何も言わなかった。
「最後に言い残すことはあるか?」
「最後・・・・・そうだな。お前の栄華はいつまでもあると思うな」
リリアナはフィンに睨みつけながらそう言ったが、フィンは物ともせずあざ笑っていた。
「ふははははは、それはどうかな。周りの諸国もほぼ制圧は終わってるからな。心配は無用だ。さ、それだけか?」
「・・・・・」
リリアナは無言のままフィンを睨み続けていた。
「なさそうだな、やれ!!!」
フィンの掛け声と共に、リリアナの周りにいた兵士たちは一斉に弓矢を放った。無情にも数えきれないほどの矢がリリアナの身体に刺さった。そして止めと言わんばかりに、剣士がリリアナの身体を念入りとばかりにまた切りつけた。
「かっ・・・はっ・・・」
リリアナは息絶え絶えに地面に倒れた。それを見ていたフィンはやっと片が付いたといわんばかりに、安堵の笑みを浮かべたが、それはすぐにかき消された。
突如リリアナの身体が金色の光に包まれたからだ。
「なにぃ!!」
周りにいた兵士たちも驚いて思わず後ずさった。するとリリアナの身体の周りの光は大きくなり、皆が眩しくて思わず目を瞑った。しかしその光は大きくなりながらもフィンと赤ん坊を目掛けて飛んでいったのだ。
光は直ぐに収まったが、その場は静寂が占めていた。リリアナの光がなんだったのか、皆がわからなかったからだ。ただフィンは確かに光に貫かれたような気がした。
フィン自身も訳が分からなかった。何かをされたような気はするモノの、今のところ実感がなかったからだ。しかし我に返り、フィンはさらに恐ろしいことを続けようとしていた。
赤子を抱いていた配下の者に命令した。
「ふ、ふん、驚かせよって!さぁ次はお前だ。母親の元へ送ってやろう。おい、その赤子を投げっ」
そう言いかけた時、
「ぐっがああああああ!!!」
「へ、陛下?!」
急にフィンは苦しみだした。そして声がした。
『卑劣なお前のことだ。約束を違えるとわかっていた』
「リ、リリアナ?!」
フィンは見た。自分に絡みついているリリアナを。しかしそれは幽霊のごとく透き通っていた。
「ひぃいいいい!!」
そしてよく見れば、闘技場にリリアナの遺体はなかった。ただそこにはリリアナが着ていた服に無数の矢と影跡だけが残っていたのだ。
『ふふ、我の身体は死んでしまった。お前の望み通りに。いいか約束を違えることは許さぬ!もし違えばお前の命を持って償わせるぞ!竜との約束を軽んじることは許さぬ!!』
「わ、わかった!赤子は殺さない!絶対にだ!!」
『ふふ、よかろう。だが努々忘れるな、我が子に手を掛けようとすれば、お前には苦しみの末、死が待っているぞ』
「約束は守る!絶対にだ!!」
『それでいい。あとは・・・当然だが、我はこのような仕打ちをされて黙っているわけではない。だが、今はその時ではない故に・・・竜を欺いたこと、唯ですむとは思わないことだ』
「な、何をする気だ・・・?」
『お前に教えてやる義理はない・・・』
そういって、リリアナは消えていった。
フィンは恐ろしさのあまり、その場にペタンと座りこんでしまった。
「陛下?あのご命令は??」
「へっ?」
フィンは配下の者が不思議そうな顔で見ているので、配下の者に聞いた。
「い、今の見なかったのか?余に絡みついていたリリアナを?!」
「いえ・・・あの何かお一人で喋っておられるとは思いましたが・・・」
「ほ、他の者は?!見なかったのか?」
フィンが別の配下の者に確認すると皆首を横に振った。
「余にしか・・・見えてなかった・・・だと?!」」
フィンは項垂れ、その様子は冷や汗を流し何かに怯えているようだった。
『そうか、確かリョクも、死んだあとは影跡になっていたな・・・』
様子をずっと見ていたアレクはリョクが古い身体から卵になったことを思い出した。しかし一つの疑問が頭に浮かんだ。
『・・・あれ?でもこの場合は、卵はない・・じゃあ一体?・・・あぁっ!』
アレクはわかった。そう、ここに卵はない。だけど連なるものがいる。すると金の竜の声がした。
『ふふ、なかなかするどいな。さすが我が子孫といったところか。そうだ本来我々竜は、身体の寿命がくれば古い体は無くなり、魂は卵に移行する。新しい体の再生のためにな。だが、見ていてわかっただろう?我はまだその時期ではなかったし、その卵を用意する余裕もなかった。ならば・・・』
『赤子に、憑依したのか・・・』
『そういうことだ。』
金の竜の姿は見えないが、ニヤリと笑っているのだろうと、アレクは何となくだが感じた。