第百七話
「ほう、どうかと思ったが、効果はあるようだ」
フィンは見下ろしながら頬杖を付き、ニヤつきながらつぶやいていた。
その場面はアレクの自身の目を疑うものだった。それほど衝撃的だったのだ。それはリリアナがいきなり剣で切りつけられたからだ。リリアナの身体は、肩から内側斜めに大きく切りつけられていて、おびただしい量の出血をしていた。
場面が切り替わったそこは、まるで闘技場のようなところで、観客席の高台に設置された豪華な天幕を張った椅子にフィンは座していた。そしてリリアナは闘技場の広場にいた。闘技場で戦う者として、大剣を装備した剣士と対峙していたのだ。だが、一対一なのではなく、リリアナの周りを弓を装備した兵士達にズラっと囲まれていたのだ。
『これは・・・まさか処刑?!』
アレクはその光景に息を呑んでいた。
『なぜだ?竜の力は重宝してたはずだ。それをなぜこんな用無しといわんばかりにこんなことを?・・・あっ!』
アレクは先ほどの光景からすぐに気が付いた。リリアナが自身で話していた通り、竜の力が子に引き継がれたということに。だから用無しになったのだと気が付いた。
リリアナは高台にいるフィンを睨みつけながら声を張り上げた。
「い、今まで私は貢献してきた・・はず!なのになぜこんな仕打ちを?」
リリアナは疑問を口にした。だが、自分で言ってすぐに気が付いたのだ。
「ふふ・・・そうか魔法薬が効かなくなってきた・・からか」
リリアナの言葉に、フィンは歪んだ笑みを浮かべた。
「その通りだ。ずっと傀儡であればよかったものを。力が弱体したとしても竜であれば充分に使い道はあるが・・・言うことを利かないとなると話は別だからな」
「ふん・・・用無し、という訳だな。ご丁寧に、竜殺しの成分を含む剣とはな・・・用意周到なこと・・だ」
リリアナは切りつけられた肩を手で押さえながら、痛みを堪え、自嘲気味に話していた。
「ふふ、よく気が付いたな。竜殺しの剣は見つからなかったが、それに近いものを作製することはできたのだ。弱っていたお前には効果抜群だっただろ?ヤレ!!」
その掛け声とともに剣士が大剣を構えてリリアナを切りつけてきた。だが先ほどとは違い、リリアナはそれを避けた。そして対抗すべく、リリアナの身体は光始めた。竜化だ。
「待て!!これを見ろ!!」
その声の方向にリリアナは振り向いたが、信じられない光景が繰り広げられていた。
「なっ!!」
「いいのか?赤子はここから落ちれば一溜まりもないぞ?」
フィンは、赤子の首根っこあたりの服を鷲掴みに高々と上げていた。そしてぶら下がっていた赤子は泣いていた。
「おぎゃーおぎゃー!」
「な、なにを?!」
リリアナの目は見開いたままだった。信じられなかった。まさかフィンが我が子を落とそうとするなど、我が子を殺そうとしているなど、信じたくもなかった。
「き、貴様ぁあああああ!!」
「余が何をしようとしているのか?皆まで語らなくとも見てわかるだろう?」
「正気か?!我が子なのだぞ?お前の子でもあるのだぞ!!」
リリアナは信じられないものを見るような目つきで、必至でフィンに訴えた。が、フィンは気にしたふうでもなく、
「ふん、別にお前でなくとも、他で跡継ぎをいくらでも作ればいいだけのことだ。」
「なっ!」
「だが・・・」
そういうと、また顔を卑しく歪ませ、
「お前が大人しく竜化しないでいてくれるなら、考えなくもない。わかるなこの意味が?」
「!!」
リリアナはフィンの言わんとすることがわかった。
抵抗をやめろと、暗に伝えていたのだ。そして、その意味は当然・・・
アレクは、二人のやり取りを見ながらもフィンに険しい眼差しを送っていた。
『嘘だろ・・・俺の祖先は・・・とんでもねぇクソ野郎じゃねぇか!!』
アレクはこの男、フィンの血が自分に流れていることに初めて嫌悪感を持った。