第百四話
そう俺はどこかで楽観していた。
なんだかんだ言って、いつかは、いつかリアねぇさんに会えるんじゃないかって。
成長した俺を見て「アレク、大きくなったね。立派になったね。」って笑顔でそんな言葉をかけてもらえるんじゃないかって、そう思っていた。
俺が十八歳になった時に、結婚について打診されたことがあったが、それは断った。皇族として縁談話を持ちかけられることは当然だろう。だがそれには固辞した。俺にはリアねぇさんがいたから。今は住む世界が違うけれど、そんなことは関係ない。俺の唯一のかけがえのない存在はリアねぇさんだけなのだから。結ばれなくてもいい。ただずっと思い続けるだけでもいい。俺の中にあるリアねぇさんの思いを汚すことは何人たりとも許さない!これ以上俺に求めるのはやめてくれ!!
そんな俺の気持ちを叔父上はわかってくれたようだった。そしてそれは、父上にも話をしてくれたようで、好きにしたらいいと。父上は負い目があるからだろう。だからそう言ったのだろうと思う。ただでさえ、俺はサザの街と・・・リアねぇさんと離れ離れになったのだから。
離れたくなかった。あれから何年も経つ・・・もしかしたら今頃リアねえさんにいい人ができたかもしれない・・・あぁいやだ!そんなこと想像もしたくない!俺がリアねぇさんとずっとずっと一緒にいるはずだったかもしれないのに・・・
だけど・・。今は離れておいてよかったのかもしれないと思っている。俺の『竜紋』はどんどん広がっている。そして、父上から聞いた『制御できない』と言っていたことには、最近心当たりがあった。意識が、時々なくなっているのだ。気付いた時には行った覚えのない所に来ていたり、いつの間にか、ベッドで寝ていたり。自分が・・・怖い。俺はどうなってしまうのだろう?
昔は『竜紋』が、金の鱗がないことで、卑下していたのに、今は皮肉なことに、それなら現われないままでよかったとか、でもそうなるとあのお姫様は助けることができなかったわけで・・・あぁ今更どうしようもないことを俺はずっとグルグルと考えている・・・
あの後、父上から小さな小瓶を渡された。
毒薬だ。
「これは、もしや・・・」
「そうだ。自決用の毒薬だ」
「兄上!!」
叔父上の声は大きかったが、それ以上に父上の声が大きくなった。
「・・・俺だって!!俺だってこんなもの渡したくない!!」
俺は驚いた。父上の一人称で「俺」と聞いたのは初めてだったから。そしてよく見れば父上の目には涙が溜まっていた。それを見て、父上も決して望んでいることはないのだろうということがわかった。勿論毒薬なんぞ渡されても嬉しくはないが、それだけ事態が切羽詰まっているということなのは、俺にも理解することはできた。
「だが、俺は皇帝をしていたものとして、上皇として代々受け継がれていたこれを渡さなければならん・・・」
その言葉でわかった。過去にあった自決用の毒薬なのだろうと。そんないつ作ったのかわからないものに効果あるのだろうか?なんて的外れなことを考えた。
「これには保存用の魔法がかかっているから、当時と同じ状態を保っている・・・」
俺が疑問に思ったことが顔に出ていたようで、その疑問が解消された。
「アレク、もちろんこれを飲まないでいい事態が一番だ。我も諦めはしない。なんとか、方法を模索しよう!」
父上の懇願するような目は真剣そのものだった。その目を見て・・・
過去にあったことはもう消えないけれど、父上は父上なりに今は俺のことを考えてなんとかしようとする気持ちはなんだかくすぐったかった。