第百三話
「兄上」
「おぉ・・・きたか。」
結局、アレクの症状について、バルダザールと宮廷医師に確認することになった。
そのため、バルダザールのいる寝室にて、話を聞くことになった。
そこで、アレクは金の鱗が広がったという上半身を診てもらうため、上着を脱いで診療を受けた。
「これは・・・」
アレクを見ていた宮廷医師は顔を歪めた。
「何か知っているのか?」
ラムレスの問いに、宮廷医師は頷いた。そしてアレクの竜紋を診ていたバルダザールの表情も愕然としたものになっていた。
「一度だけ、このような症例があったと、文献でですが読んだ覚えがあります」
「つまり?」
宮廷医師は続けた。
「結果を言いますと、金鱗病とは違います。」
「病気ではないないのか?」
ラムレスが聞くと、宮廷医師は頷いた。
「金鱗病は動けなくなってきますが、こちらはむしろ真逆です」
「真逆・・・?」
アレクがどういう意味かと聞くと
「むしろ、自制が利かなくなる・・・と文献にはありました」
「制御できない・・というやつなのか?」
ラムレスの疑問に宮廷医師は困ったような顔をして、
「詳しいことはわかりません。ただその時は、その症例に気が付く前に別の病にかかっていたそうで、それが原因でお亡くなりになってしまっているので、それ以上のことはわからないのです。つまりこれ以上の症例がないので、なんとも判断しずらいと言いますか・・・」
宮廷医師は冷や汗を流していた。するとバルダザールが、
「・・・それ以外はわからぬのだな?」
「は、はい申し訳ありませんが、私の持っている資料ではそれ以上のことは載っていませんでしたので・・・」
「わかった。もうよい」
バルダザールは目線と顎でドアを指し宮廷医師に退出を促した。
「は、はは!それでは失礼します」
宮廷医師は部屋から退出した。そしてバルダザールは神妙な面持ちで、アレクに向き合った。
「アレク、今から話すことは、宮廷医師の文献にも載っていない、代々の皇帝のみが口頭のみで伝わっていることだ」
「「!!」」
アレクとラムレスは驚いた。
「ま、待ってください、兄上俺達は言うまでもなく継承権があるだけです。直系のみならそれを聞くのはいささか具合が悪いのではないですか?」
ラムレスはアレクを含む自分達が聞いてはいけない話なら拒否しようとしたが、バルダザールは首を横に振った。
「本来ならそうであるな。だが今は緊急事態だ」
バルダザールがきっぱり言った言葉にラムレスもアレクもその意味がわかった。なぜなら、現皇帝であるファーレンハイトも今はバルダザールと同じく金鱗病の病に侵され、そしてまだ子供がいない。ファーレンハイトが最悪のことになれば、次の皇帝はアレクということになるからだ。そして当然アレクにもしものことがあれば、ラムレスが皇帝になるということをバルダザールが示唆していることを、二人は瞬時に悟った。
「実は先程の文献は、情報操作されている」
「ということは、当然意図的にですよね?」
「その通りだ」
アレクは黙って二人のやり取りを聞いていた。
「・・・できればアレクに当てはまって欲しくないとは思っている。だが、その可能性があるなら、話さねばならないと思ったのだ」
そういったバルダザールの顔は悲しそうだった。
「金鱗病は先ほどの医師が言ったとおりだ、我もファーレンハイトも鱗のあるところが段々動かなくなってきている。そして、アレクのように、後天性に鱗が発現しただけなら良かったが、その範囲が広がっていくのなら話は別だ」
バルダザールがアレクを見つめたので、アレクは思わず喉をゴクリと鳴らしていた。
「過去に症例は一度しかないが、先ほどの言葉通り、身体の制御できなくなる。そしてその範囲が広がり過ぎたら、それは人でなくなる・・・体に変化が出てくるのだ。竜の特徴である、鋭い爪や頭に角が出てきたとも聞いている。その姿はもはや人間ではなくなっていたとな・・・」
「ま、まさかそんなことが・・・」
「恐らくだが、金の竜の力が暴走した結果だろう。そして意思の疎通ができなくなり、それは人ではなく、竜のようだったと聞いている。そして、竜もどきになったその当時の皇帝は、宮殿を破壊してな、王都には避難命令がだされ、それは大変な騒ぎだったと聞いている。」
「そんな・・・!」
ラムレスはそれ以上言葉を続けられず、アレクの目は見開いていた。
『・・・それは俺は俺でなくなる・・・ということ?そして俺もいずれそうなってしまうってことなのか?』
アレクの心臓がバクバクするのが嫌でもわかった。
「そ、それでそのあとどうなったのです!」
ラムレスは思いがけず声が大きくなっていた。
「・・・死んだよ。」
「それは病気でですか?」
「違う。自害だよ。毒薬を自ら飲んで、そうして事態は収まったのだ」
「「!!!」」
アレクは、思わず息を呑んだ。
『依頼を達成するために、よかれと思ってやっていたことがまさかこんなことに・・・俺のやってきたことは意味がなかったのか?それともこれが運命だったのか?』
アレクは下を向き、冷や汗が止まらなかった。