第九十九話
「アレクが帰ってきてくれて、本当に助かっているよ。礼をいう」
「兄上、それは何度も聞きましたよ」
アレクは少し困ったような顔をしたが、ファーレンハイトは真顔になり、
「・・・本当は戻りたいんじゃないか?」
「・・・・」
「すまない。答えにくいことを聞いてしまった」
「いえ・・・」
ファーレンハイトはわかっていた。アレクが答えなくとも、アレクが戻りたいと思っていることを。ファーレンハイトは何度も心の中で自問自答していた。
『・・・アレクが困っている時には助けてやれてなかったのに、ただ皇族というだけで、こちらの都合で呼び戻さなければいけなくなる事態になるとは、・・・皇族でなければ、呼び戻すなんてことをせず、アレクも向こうで幸せに暮らせていただろうに・・・僕がこんな身体じゃなければ・・・』
奇しくも、ファーレンハイトもバルダザールと同じ病に伏していた。だからアレクは呼び戻されることになったのだ。
ファーレンハイトが皇太子となって数年後のこと、バルダザールが病に倒れた。
「父上が?!」
ファーレンハイトは勿論知っていた。『竜紋』を持つ者が辿る運命を。ただそれが発症するタイミングはいまだ不明であったが、共通しているのは力が強ければ強いほど、それは避けられないものだった。
そしてファーレンハイトの『竜紋』はバルダザールを凌ぐ竜の力を持っていたので、ファーレンハイト自身もいずれ病が発症するであろうことは不本意ながらも自覚していた。
「そうだ。だから戴冠式が早々に行われるだろう。心の準備をしておいてくれ。」
ラムレスからそう言われたものの、ファーレンハイト自身は皇帝になるのはまだ先のことだと思っていた。なのにまさか自分が十代のうちに、跡を継ぐことになるとは思ってもいなかったのだ。
「・・・何かの間違いではないのですか?・・・僕にはまだ早すぎます!」
ファーレンハイトは信じたくなかった。あれほど威風堂々とした父が病に倒れるなど。
父であるバルダザールのことを皇帝としては尊敬していた。ただし、アレクのことがなくとも、家庭人としては冷たい人だとファーレンハイトはずっと思っていたのだ。バルダザールが亡き皇妃ベアトリスにしか興味がないことは幼かった頃から、ファーレンハイトにもわかっていた。父バルダザールにとって、『竜紋』がないアレクと『竜紋』を持っている自分に対しても『跡継ぎ』というだけで、さほど感心が持たれているようには見えなかったからだ。バルダザールとの面会は事務的な対応ばかりだったので、愛情はあまり感じられなかったのだ。
「・・・気持ちはわからないが、病のことは知っているだろう?どうにもならない」
「!!」
ラムレスにきっぱりと言われ、ファーレンハイトはショックを受けている様子に、ラムレスは大きな溜息をつき、
「ファーレンハイト、俺だって兄上が病に倒れてしまったことはショックを受けているんだ。」
「そ、そうですよね」
ファーレンハイトは、知っていた。父バルダザールに対してラムレスは献身的にバルダザールの補佐をしていたことを。
「だが、泣き言を言っている暇はない。それが皇族たるものだからだ。勿論年若いお前が皇帝となるなど、プレッシャーも半端ないだろう。だが、もちろん引き続き俺がサポートをするから、心配するな」
ラムレスは、ファーレンハイトが一人で抱え込まなくていいと、暗に提示していたのだ。
「お・・叔父上」
「皇帝になれ」
「はい!」
ファーレンハイトはラムレスの存在が有難かった。父であるバルダザールは冷たい人、とう印象だったが、反対に叔父であるラムレスはこうして気にかけてくれたり公私共に相談に乗ってくれるなど、ファーレンハイトにとっては唯一頼れる肉親だったのだ。
そうして、ファーレンハイトは『皇帝』に即位した。十代で即位という、歴代最年少記録を塗り替えた出来事だったのだ。
新たな皇帝の誕生となり、リンデルベルク帝国も安泰と思われていたところへ、即位してわずか数年で、今度はファーレンハイトがバルダザールと同じ病を発症してしまった。