転移
「……ミユ?」
先ほどまで追っていたミユの気配が消えている。
…何があった?
と、同時に、別の気配が感知される。
薄青に揺らぐ、炎のような気配。
間違えようもない、過去何度も邂逅したその気配。
「…勇者」
今が夜で良かった。闇にまぎれて、この気配を移転できる…魔界に。
集中し、魔力を練り、異界への扉をこじ開ける。
そして、その扉の中に勇者の気配ごと移転させた。
カツン、と自分の靴と床が接触した音がする。
接地を確認し、顔を上げると。
ミユの体を抱いた、勇者の姿が見えた。
「…魔王城かぁ。久しぶりだなぁ。600年ぶりだっけ? 1200年ぶりだっけ? もう忘れちゃったな」
勇者はきょろきょろと周りを見回して可笑しそうに笑っている。
「時空転移なんてめんどくさいこと、よくやるなぁ。魔力消費が大変じゃない?」
「貴様の減らず口は相変わらずだな」
「君の顔も何百年も変わらなくて、わかりやすくていいよ。魔王くん」
その顔自体は、もう過去の面影はない。
だが、その魂、そして気配…オーラのようなものは変わらない。
薄青の中に鈍く光る、淀んだ灰色。
「…ミユをどうした」
「…ミユ? マナでしょ? 人の幼馴染を呼び捨てなんてしないでほしいな」
所有物のように扱うその態度に吐き気がする。
「マナは眠っているよ。ぼくの中でね」
その意味を即座に理解した。
魂を同化させたということか。
「これで、ぼくに手出しはできないね。ぼくが死ねば、マナも死ぬ。…魔王くん、あとは君が死ねば、大団円だよ」
目の前の男は、おおよそ勇者らしくない態度でけらけらと笑った。
そしてミユの体を乱暴に床に投げ出した。
「…下衆が」
「いいね! そのセリフ。本物の魔王っぽくてさ」
「いずれにせよ、貴様は今ただの人間だ」
過去、この世界に生きていた頃、勇者は火魔法と剣術を駆使していたが、あちらの世界で生まれた勇者にはおそらく魔法は使えない。
「…どうかな?」
勇者の目がギラリと光る。
そして、その手が炎に包まれた。
「…っ」
炎は剣の形を成す。
「ありがとう。こちらの世界に呼んでくれたおかげで、昔の魔力が戻ってきたみたいだよ」
そう言って、勇者が床を蹴った。
手を開き、魔法壁を展開する。
が、先ほどの時空転移で消費した魔力が大きく、壁の厚さが保てない。
「押し負けちゃうよ? 魔王くん。弱くなったね」
「…戯言を」
もう一度、元の世界に時空転移すれば奴の力は消えるはずだが、そこまでの魔力を蓄えるには一日では足りない。
それまでに、奴の魔力をそぎつつ、ミユの魂を分離させる算段を立てねばならない。
そんなことを考えている間にも、魔法壁を少しずつ切り裂いて、奴の剣が間近に迫る。
…一気に力を出し、一度押し返そう。
目を閉じて、一気に魔力を勢いをつけて噴出した。
そうして、空間が裂けた。




