対決
会社のエントランスでたたずんでいると、思った通り彼が通りかかった。
「……牧内さん」
「……マ……。ミユさん」
言いかけたその言葉に、私はもう曖昧に笑うことはしない。
「場所を変えましょうか」
そう言って私は歩き出した。
会社から少し離れた、人気のない公園にたどり着く。
もう時計は20時を回っていて、子供どころか大人の姿すらない。ぽつんと立った街灯だけが煌々と地面を照らしている。
私は、牧内さんと向き合った。そして、そのきれいな顔をまっすぐに見つめる。
「私は、マナではありません。あなたの幼馴染でもありません」
そう伝えると、牧内さんは凍り付いた表情で私を見た。
人格の好き嫌いは別にして、彼は美しい顔をしていると思う。その美しさが余計に凍り付いた瞳の冷たさを引き立たせた。
彼の表情に少し怯んだが、言葉を止めるわけにはいかない。
「今を生きているんです、私は。だから、もう、私の知らない人に私を重ねるの、やめてください」
そう言い切ると、なんだか頭がくらくらしてきた。
自分でも思ったより緊張していたのか、まるで酸欠のような息苦しさを感じる。
「……そう」
苦しさに押し黙っていると、ひどく冷えた声がした。
そして、牧内さんが私に向かって歩いてくるのが見えた。
「それは、誰の入れ知恵なのかな?」
歩きながら彼は言う。
「入れ知恵なんて…誰にもこんなこと言ってません。言っても信じてもらえるワケないし。私自身の意志です」
私は思わず後ずさりをする。これ以上、距離を縮めたくない。
「……ふうん。本当にそうかな」
街灯照らされた彼の顔は、半分明るくて、半分が暗い。
彼の後ろにある暗闇は、どこまでも深い。なぜかそんな気がした。
「何が……言いたいんですか?」
彼が何を言いたいのかが理解できず、そう問うた。
その間にも彼はこちらへと歩みを進める。
「匂うんだよ。ひどくね」
匂い…。お風呂にはちゃんと入っているはずなんだけど…。
そう思いつつ、彼から逃げるようにさらに後ろへと下がる。
「ヤツの匂いがするよ」
「や、やつって」
思わず声が震える。
「あいつ…ぼくの憎い、魔王の匂いが」
私の喉から、ひゅっという音がした。
――この人は知っているのだ。魔王さんのことを。
「あ……あの……。なんのことかわからないです」
虚を突かれたせいか、口がうまく回らない。
彼は口角を上げ、にやりと笑った。
「嘘をつくのが、本当に下手だね。マナは」
だから、私はマナじゃない! そう言いたかったが喉から声が出ない。
彼は、ゆっくりとゆっくりと距離を近づけてくる。
そして、決定的な一言を告げた。
「わかっているんだよ。可愛いマナ。あいつが来ているんだろう? この世界に」
「…ち、違う!」
やっとそれだけ絞り出した私の背中に、何か硬いものが当たった。……公園のフェンスだ。もう後ろに下がれない。逃げ場がない――そう頭で思ってしまったせいか、なぜか体が動かない。
蛇に魅入られたカエルのように、身が竦む。
「…ああ。また今回もぼくのものにならないのか。君は」
彼はひどく残念そうに、愉快そうに笑った。
その瞳は、どこまでも黒い。
「少し、お眠り」
そういって、世界が暗転した。




