帰り道
最寄駅の改札を降りると、なぜか人だかりができていた。
女性のそわそわした声が聞こえる。芸能人でもいたのだろうか。
とりあえず通り過ぎようとすると、人だかりを押しのけて、中から黒づくめの人が出てきた。
「ま、魔、マオーウさん」
なぜか、魔王さんがそこにいた。
「なんだその間の抜けた呼び名は」
無表情ではあるが、少しだけ呆れたような眼をしている。
「だって魔王とか言ったら厨二病のハンドルネームみたいじゃないですか」
「チュウニビョーとはなんだ」
「と、とにかくこっちへ」
周りの人達が魔王さんをジロジロ見ているので、一刻も早くこの場から離れたい。
そう思い、魔王さんの腕を掴み、ずんずん歩き出した。
「と、ところで。なんでこんなところへ?」
歩きながら訪ねてみた。
速足の私に対して、魔王さんはのほほんとゆったりと歩いている。
これが魔王の貫禄なのかしら。
「たまには迎えに行ってやれと、洗濯屋の女将が」
「洗濯……。ええと、クリーニング屋さんですかね……」
また知り合いが増えている。順応しすぎだろ、魔王さん。
「女性は餌をやらないと逃げる生き物なんだそうだ。迎えに行って花の一つでも贈れと」
「おばさん……なんつーことを……」
それで駅にいたのか。
「で……なんで囲まれてたんです?」
「知らん。こちらが聞きたい。色々質問攻めにあって面倒だった……どこに住んでいるとか好きな女はいるかとか」
「えっ」
思わず振り向いて魔王さんを凝視する。
サラサラで艶やかな黒髪に黒いシャツ。ツノと羽は今隠しているようで、人と変わりなく見える。まぁなんというか……イケメンだ。逆ナンに遭ってたのだろう。
「ま、魔王さん、迎えとかいらないので家にいてください」
毎日、人に囲まれている魔王さんを見るのはなんだか心臓に悪い。
「そうか」
魔王さんは素直に頷く。この人基本的には素直なんだよね。なんだかんだ良い人だし。
「餌なんかなくたって逃げませんよ。それに……私は餌をやる対象というか……私が魔王さんの餌……ですよね。どっちかというと」
ふふふ、となんだかおかしくなって、笑ってみた。
すると、真顔だった魔王さんの顔が、とても驚いた顔になって……ふっと微笑んだ。
「ま、ま、魔王さんっ?!」
「なんだ」
「い、いま、笑って……!」
「笑ったら何か悪いのか」
「いえなにも!」
初めて見た優しい笑顔。
いままでの笑顔は、どこか凄みがあって、妖艶で、恐ろしかった。
でも、今の笑顔は……なんだかとても懐かしくて、あたたかくて、心が穏やかになる。
「貴様は本当に、昔と変わらんな」
「……そうなんですか?」
「あぁ。顔はあの時と変わってるが、笑顔は変わらない」
「そ、そんなものですか」
「そうだな。ほかにもあるぞ。卵が好きなところとか」
「……そうですか」
「卵は半熟気味でないと許せないとか」
「はい、そうですね……」
「花は薔薇が好き、特に白と桃色の混ざった花びら」
「その通りです」
「あと一度寝たらなかなか起きないところとか」
「えっ」
「犬を見たら即逃げるところとか」
「わわわ」
「物によくぶつかるので足にアザをよく作るとか」
「も、もういいです!」
自覚はなかったが、側から見ると結構共通点があるらしい。私とマナは。
もしやサイラス牧内も私が気づかないだけで、私の仕草のひとつひとつに何かを感じ取っているんだろうか。
それはそれで気持ちわるいな……。
「……む」
魔王さんが立ち止まる。
「な、なんですか」
魔王さんが黙って手を前に出す。
「犬だ」
「わぁっ!」
ついつい魔王さんの後ろに隠れてしまった。
魔王さんはにやりと笑う。
「……冗談だ」
……してやられた。
というか、魔王さんも冗談を言うのだな。
なんだか、その事実にほっとしてしまう。
「よかった」
「……何がだ」
魔王さんが怪訝な顔をする。
「今日、魔王さんと歩けてよかったです」
「……そうか」
魔王さんは満足げに笑った。
「……それならば毎日迎えに」
「結構です!」
私は食い気味に答えて、それに対して魔王さんはほほ笑んだ。
「……冗談だ」




