チーズ牛丼とイケメンと
「「「まっ、牧内さん!」」」
女子社員の声が1オクターブくらい上がった気がするぞ。おい。
「みんなで何の話かな?女子会?」
にこにこしてるけど目が笑ってない気がする。この人やっぱり怖い。
「あ、そ、そうなんです!笠原さんの歓迎会しようって……」
「私たち、仲良くなりたくって!」
大嘘である。この人たちも怖い。
「そっか。よかったね、マ……笠原さん。笠原さんは昔から引っ込み思案だから、心配してたんだ」
サイラス牧内がじとっとした笑顔で、私の肩を抱く。なぜそこで抱く必要がある。そういうことをするから誤解されるのだ。
「や、やめてください!」
慌ててサイラス牧内の手を払い除ける。迷惑極まりない。
わたしたちのやりとりを見ていた女子社員が怪訝そうに訊く。
「あ、あの……牧内さんと笠原さんはどんな関係で……?」
サイラス牧内はとてもいい笑顔で答えた。
「幼なじみさ。ずーっと昔から、一緒の、ね……」
女子社員たちの顔が心なしかほっとしている。彼女じゃなければ敵ではないということか。解せぬ。
「……というわけで」
なぜかサイラス牧内がまた私の肩を抱く。
「笠原さんに何かしたら、僕が黙ってないからね。覚えといて」
笑顔を完全に消し、冷たい声色で言い放つと、サイラス牧内は私の手を引いて歩き出した。
「……さっきはありがとうございました。助かりました」
ここはチェーンの牛丼屋である。なりゆきでそのまま2人でランチすることになった。
正直、転職したばかりでお金がそんなにない。安くておいしい牛丼屋は救世主だ。
「まったくあいつら、マナを敵視するなんてとんでもないな」
先ほどのやわらかな笑みとは全く違う怒りの表情で、彼は乱暴につぶやいた。
「牧内さんってファン多いんですねぇ……」
しみじみとそう言った後、薄く切られた肉を箸でつまみ、玉ねぎと一緒に口に入れる。
煮込まれた玉ねぎは噛むとしゅわっと甘い汁が口いっぱいに広がる。
みんな、甘いものはきっと好きなのだ。
甘めの牛丼、甘いマスクのイケメン。この二つはどこの職場でも大体の場合において人気者なのである。
私はイケメンより牛丼のほうが好きだけど。
「僕はマナ1人に好かれればそれでいいんだけどね」
彼はニコニコとスプーンの中で米と肉とチーズの三位一体を作り出している。
さすがエリートはチーズ牛丼なんて高価なものを遠慮なく頼めるのか。
私もその境地に達したいものである……。
「……ねぇマナ、何か思い出した?」
「いえまったく」
「そっか」
なんだかエリートへの嫉妬も入り混じってしまい、素気ない返事になってしまった。
サイラス牧内は寂しそうなほっとしたような複雑な表情をしている。
「僕といることで何か思い出すことがあるかと思ったけど……なかなか難しいね」
そういってスプーンを口に運びながら遠い目をした。
考え事なんかしないで、もっとチーズを味わうべきである。
「……牧内さん」
私は箸を置いた。
「なに?」
「私をそっとしておいてもらえませんか?私は、今の自分で十分なんです。昔のことなんて、思い出さなくてもいいし……」
サイラス牧内の顔が強張る。
「……マナは、マナなんだ……。だから、マナであってほしい。でも、それは僕のワガママだってこともわかってる」
彼の手のスプーンは、折れそうなくらい強く握りしめられていた。
「もし、笠原さんとして生きるとして……僕は、今の僕として、そばにいてもいいのかな?」
「……」
サイラス牧内が、子犬のような悲しい目でをしている。
茶色いふわふわの髪の毛が、まるで犬の毛のようだ。
彼の顔を見ていると、なぜだかぼんやりしてしまう。なぜだろう。
私でない私の記憶を辿るのに、脳のどこかでエネルギーを使っているのだろうか。
それともこれが血糖値スパイクというやつだろうか。
直前の会話すら、思い出せなくなる。
「…何の話でしたっけ」
彼は寂しく笑った。
「君のそばにいたい。だめかな?」
そばにいたい、なんて言われたって。
正直、サイラス牧内は私にとって、ただの同僚で、2、3日前に知り合ったばかりの人だ。
「……こんなに成長しちゃったら、幼なじみにはもうなれませんね」
私はそう言って苦笑した。サイラス牧内が肩を落とす。
本当に面倒だ。でも、私は落ち込んでいる人を無碍にするほど、いじわるな人間にはなれない。
「……とりあえずは、同僚からってことで……」
そう声をかけると、わかりやすくサイラス牧内は顔を上げた。尻尾がもしあったなら、全力で振っていたであろう。
ただ、私は犬が苦手なのであった。




