甘酸っぱいタルトシトロン
このお店のタルトシトロンは、小さな丸いタルト生地の上にレモンカスタードがたっぷり乗っているタイプだ。
カスタードの上に、一絞りの生クリームと、飾りのピスタチオ。
フォークで切れ目を入れると、さくっとした生地の感触と、もったりしたカスタードの感触がした。
「いただきます」
一口入れると、レモンの爽やかな香りが口いっぱいにひろがる。
甘さよりも酸っぱさが勝っている。タルト生地はカスタードをじゃましないように、あまり主張がない。
うん。おいしい。好きなタイプのタルトシトロンだ。
「美味しそうに食べるね」
「え?」
知らず知らず、笑顔になっていたようだ。
口角が上がっていた。
牧内さんは相変わらずキラキラした笑顔を浮かべ、こちらを見ている。
なんだか恥ずかしくなって、目の前に置かれた紅茶に砂糖を落とし、くるくるとかき混ぜた。
すでに砂糖は溶けているのに、顔を上げる気になれない。
「本当に……君もこの世界に転生してたなんて……嬉しいよ。
この世界には魔王もいない。とても平和だよね……。最初は拍子抜けしたけど、とてもありがたいことだと思うよ」
そう言って、牧内さんはコーヒーを一口啜った。言葉とは裏腹にさみしげな笑みを浮かべている。
「牧内さんは、いつから記憶が?」
「物心ついた頃から、かな。今世の記憶じゃないものがなぜか思い出せる。過去世の父母のこと、住んでいた世界のこと、魔王のこと、マナのこと……」
「そうなんですね……。あの、私、本当にマナさんなんでしょうか? 人違いという可能性は……」
「ない」
牧内さんはキッパリと言った。
「僕が、君を見間違えるわけない。ずっと……ずっと一緒だったんだから……」
「それって……665年前とか、そんな感じですか?」
「……2000年だよ。2000年前から一緒だった」
「にせっ……」
流石に、絶句した。2000年とはどういうことだ。
「1番最初は2000年前。その時初めて会った。そして、魔王を倒しに行ったんだ。その後は、1331年前。最後が……665年前かな」
「そ、そんなに、何度も一緒だったんですか?」
「不思議なことにね。僕たちは、生まれ変わっても、つねに一緒にいたんだ。おそらく、今回がかなりイレギュラーなんだと思う。今回だけ違う世界に生まれてしまったから。なぜなら……」
(魔王さんが同じこと言ってたな……)
「魔王が、僕たちのいた、世界を滅ぼしてしまったから……」
(やっぱり……)
そんな魔王さんが、わざわざ私を喰らいにこの世界まで来てしまった。
ということは、もしかして……
私の魂を食べた後、魔王さんはこの世界も滅ぼすんだろうか。
なぜ今までその可能性を考えなかったんだろう。
自分の迂闊さに呆れたが、何故か今の魔王さんは、世界を滅ぼすことには興味がなさそうに思える。
もし破壊する気なら、とっくにやっている気がしたからだ。
牧内さんに魔王さんのことを打ち明けるべきか?
なぜか、紅茶の水面に魔王さんの笑顔が浮かんだ気がした。
「……マナ」
牧内さんが優しく名前を呼ぶ。
「……」
マナ、という名前に対して返事をするべきか悩んでいると、テーブルの上に乗せていた私の手に、牧内さんの手が重なった。
「思い出せなくてもいいんだ。それでも、君は、僕のマナだから……」
牧内さんの薄緑がかった瞳が揺れている。なぜ、笑っているのに、そんなに悲しそうな瞳をしているんだろう……。
何も、何も思い出せない……。頭に靄がかかったようで、そこで私は自分がひどく疲れていることに気づいた。
「す、すいません……ちょっと、色々考えて、疲れてしまいました。今日はこれで……!」
慌ててお金をテーブルに置き、逃げるように立ち去った。




