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1章 陽気に始めよう。何事も…… 008



「ふむ、どうするかな。まずは、ヴァティ様に報告するべきだろうな。だろうな……」

「そうね〜」


 アナハタとヴィジューは、交互に視線を交わし。アナハタが、パチン、と指を鳴らした。

 すると素早く駆け寄ってくる女の亜人が一人。頭には猫耳がくっついていて、やはり間近で見ると、とても偽物には見えない造りだ。

 そして、その猫耳の亜人は駆け寄るなり丁寧に(ひざまず)く。

 そういえば、ここに到着する時にはもっと複数の亜人が居たはずだが。それらの影は、今は見えない。


「僕たちがここに着くまでの状況説明、説明を頼む」

「はっ、ご説明いたします。アナハタ様……

 ――龍属は半刻ほど前に、空より急襲。丸まったままの状態で下級街に侵入しました。その際、下級街の建物を数棟、破壊しております」


 アナハタは、猫耳の亜人の話を注意深く聞く。眉根をひそませ、指を顎にかけた。

 ヴィジューはその横で、頭に後ろ手を回し、いかにも退屈そうに唇をとんがらせている。


「龍属どもには、空間移動(テレポート)・阻害(ジャミング)を中和出来る術師はいないはずだったが。物理的に、こちらの守護防壁を破る何かの(すべ)を確立、確立した、と? それは厄介、厄介だな……それから?」

「はい。それから、下級街に降り立った龍属を打倒しうる事は、駐屯中の兵士では難しいと判断。下級兵士、七名。中級兵士、一名の犠牲を利用し広場へと誘導することに切り替え、それを成功させました。

 ――そこから、アナハタ様にヴィジュー様の到着を待って、現在に至ります」


 猫耳の亜人は、ここで話を区切り。再度、(こうべ)を深く垂れる。

 説明は以上なのだろうか。


「ふむ、なるほど……なるほど。ひとまず、よくやった。よくやったと、言っておこう」

「はっ、勿体なきお言葉」、と(うやうや)しくお辞儀をして、猫耳の亜人は素早く立ち去った。

 何人か犠牲になったみたいだが、そのことには全く触れないアナハタとヴィジュー。そういうもんなんだろうか。

 

「アナハタ〜、取り敢えずヴァティ様には、どう報告するの〜?」

「ヴィジュー……そうだな。ふむむ……」

 二人で難しそうな顔を作って、何やら悩んでいる様子だったが。オレには関係ない。多分。

 取り敢えずで、さっきまでのダンスの余韻を思い出すべく自分の腕を宙に走らせる。

 そして、肩でリズムを小さく刻んだ。


「あんた、クネクネ何やっての。ほら、行くよ〜」

 ダンスの余韻を楽しんでいるオレの耳を、ヴィジューはいきなりむんずと掴んで、強引に歩き出す。

「おいおい、耳がちぎれちゃうぜヴィジュー。もうちょっとさ、ホラ、なっ?」

 軽口の感じを出しているが、耳がちぎれそうなのは本当だ。かなり痛い。

 がしかし、焼き崩れた指が元に戻っている自身の再生力(からだ)を思えば、ちぎれても別にいいかという気分にはなっている。

 ミシミシ。と、裂けていく音が頭蓋に響く。

 ビシ、ビシビシ。


「……ん? なんだ? おい、ヴィジュー。何か聞こえないか?」

 自分の耳が裂けていく音以外に、違和感のある音が聞こえた。

「はぁ? あんたねぇ、ほんと……『おい』ってヴィジューちゃんを呼び止めるの、次やったら殺すわよ……ん?」

 ヴィジューも、オレの言わんとしている違和感を感じ取って、途中で言葉を止めて、あたりを見回す。


「ヴィジュー、何かヤバい、ヤバいぞっ!?」

 アナハタはそう言うなり、自身の背面に黒い翼を生やして、宙へと飛んだ。

「はぁ〜!?」

「え?」

 オレとヴィジューは間抜けな声を出して、空へと舞い上がったアナハタを見つめる。

 が、その瞬間。


 ズガガガガガ……


 地面が割れた。

「のわぁーーっ!」

「なに、なに、なにぃ〜!?」

 割れた、というよりは陥没に近いだろうか。

 地表はまるで、板チョコみたいにパキパキと割れて。そのすぐ下に出現した巨大な流砂に飲み込まれていく。巨大な蟻地獄とでも表現したら、言い得て妙だろう。

 オレはともかく、ヴィジューですら何が起こったか把握できずに、その流砂に飲み込まれていった。

 

 砂漠にしか存在しないような、細かい砂つぶの粒子。それらが波の如くオレとヴィジューの体を(さら)っていく。

「ははっ、なんだコレ!」、実は遊園地にある絶叫系のアトラクションが結構好きなのだ。オレは。

 急速に流される体と、それに伴い浮き上がる臓腑(ぞうふ)の感覚が、これまた心地よい。

 一つ難点を挙げるなら、ヴィジューの指がこの後に及んでもオレの耳を強く引っ張り離さないことくらいだろう。体感で、三分の一はちぎれ始めている。


「なに、なに、なんなのよ〜っ!」

 ヴィジューの慌てた声で察するに、彼女にとっては寝耳に水。この、流砂に流されるという体験は、驚くべき事態なのだろう。

「はは、あっはっはっは、ウヒョーーっ!」、諸手(もろて)を挙げてそれらしく雰囲気を作ってみる。

「あんたっ、ちょっと何楽しんでんのよぉ!」

 オレの耳はもう、五分の三ほど裂けているかもしれない。痛いって……


 流砂は円を描くように、オレとヴィジューを地中深くまで連れ去ろうとしている。

 これが本当に(あり)地獄なんであれば、流された先に待つのは、もしかして巨大なウスバカゲロウかもしれないな。と、そんな事を少し考えた。

 この世界では、ワニが立って武器を使って、そして喋るのだ。巨大なウスバカゲロウが出てきたとしても、あまり驚く事ではない。

 そんな気がしてしまう。


 がしかし。

 巨大なウスバカゲロウが出て来る事はなく。なんなら流砂によるアトラクションは、程なくして終わりを告げる。

「え、なんだよ……これで(しま)いか」、なんてポツリと呟く。

 これじゃあまるで、本当に遊園地のアトラクションだ。これからもっとすごい事が起こる様な期待だけさせて、終了。

 不完全燃焼は否めない。


「なに、なんなのよ……もうぉ」

 ここでようやくヴィジューはオレの耳を離して、砂だらけの体であたりを見回す。

 元々いた地表からは、十メートルくらいは下にいるだろうか。

「なんか、気持ちの良さそうな砂だな」

 自分自身も大いに砂を丸被っているが、今は気にする所じゃない。

 一掴み砂をすくって、手のひらで揉んでみると。サラサラとしていて、とても気持ちの良い触感がした。


「こんな、の……ウソよ。そんな、砂漠化してるじゃない。ありえない……」

 どうありえないのかは気になったが、聞いても答えてはくれない気がするのでやめておく。

「ヴィジューー! 大丈夫。大丈夫か」

 空に一人だけ舞い上がっていたアナハタが、漆黒の翼をはためかせながら降りてくる。


「アナハタ……これは、なに?」

 ヴィジューは、オレと同様に砂をすくって、アナハタへと見せつける様にして差し出す。

「なんと、これは。いや……僕にも、分からない。分からないよヴィジュー。僕らの領地が砂漠化するなんて。なんて事、なんて事だ」

 同様に、アナハタにとっても、寝耳に水の出来事らしい。

 それじゃあ余計に、オレになんて分かるはずもないな。うん、じゃあしょうがない。

 そう思うと、幾分気が楽だ。


「エヘ〜!? なにこれ〜! エエ〜!?」

 地表付近。オレらからは見上げる位置で、聞いた声がする。


「カーリー?」、とヴィジューがその声の主へと大きい声で問いかけた。

「エヘ? あっ!? ヴィジュー! に、アナハタ? あなた達なんで……? ちょっと、来てよドゥールー!」

 地表から顔を出したのはカーリーと、ドゥールーだった。

 褐色の肌と、長くとんがった耳が特徴的な、双子を思わせる二人だ。

 

「エエ〜!? なにこれ、どうゆー事〜」

「……そうね。不思議」


 褐色の赤髪と青髪の二人は、ズザザとなんの躊躇もなく、オレらがいる場所まで滑り降りてくる。

「そうねー。なにがあったの?」

 やる気のなさそうな声色でドゥールーが聞く。

「ふむ、色々ありすぎて。僕には、僕らには……」

「そうなのよドゥールー。ヴィジューちゃんが、バカな龍族を瞬殺したのはいいんだけど〜」

「エヘ〜、ちょっと待ってヴィジュー。その前に、一応事態はおさまったって事でいいの〜?」

 軽薄そうな調子でカーリーは、手でヴィジューを制す。


「あぁ〜……多分、かなぁ」

 答えたヴィジューの次に、カーリーは視線をアナハタへと移す。

「ああ、ああ。多分、多分……」

 その次にカーリーはオレへと目線を移すが、すぐにプイッとドゥールーの方を見た。

 まぁ、オレに聞かれてもな。


「……そうね。一旦、ここの調査は下級兵士にやらせる。二人は、急いでヴァティ様に報告……いい?」

「ヴィジューちゃん、了解〜」

「ああ、僕も、僕も……それには同意だ」

「エヘヘ、私達もすぐに行くから、先に行っててね〜。エヘヘ〜」


 オレの目からは、あまり組織だった感じは全くしないコイツらだったが。物事の優先順位はあるのだろう。

 決まると早い。

 ちなみに、オレには誰も何も言わなかったから。この場に残って、あちらこちらを探検してみるのもいいなぁ。なんて、考えていた。


 が、しかし。

「あんたも、来んのよっ」

 と、ヴィジューに怒鳴られ気味で再度耳を引っ張られるまで、だ。


 五分の三ほど裂けていた耳は、六分の一ほどまで再生してたのだが(体感で)。そこから、四分の三ほど裂けてしまう。

 いっそ引きちぎってくれって思ったが、思っただけにとどめた。


 オレは、耳の痛みを抱え、どうやらあの、胸を揉んだ女の前に行かなくてはいけないらしい。

「なんていい日だ……」、と反語(アイロニー)をたっぷり含んで呟いた。

 ……

 …

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