1章 陽気に始めよう。何事も…… 006
「そんで〜、アンタは〜? 見るからにドラゴン・ロードの手先、って感じだけど〜?」
ヴィジューは自身よりも一回りは大きであろう、そのワニに、人差し指を突き出し、差別的な冷たい声音で話しかける。
「ギャハ、ギャワワッ。いかにもっ! 拙僧は魔界いち誉れ高き種族っ。龍属っ! その頂点に座す主上、光払う金色の古龍王。
――その第一の腹心、レッドドラゴン様の配下、クロコダイル・ドラゴンなりっ!」
ワニはデカい手のひらを、これでもかと前面に突き出して口上を述べた。
やはりワニの方も、いささか嘲笑するようなニュアンスが含まれている様に感じてしまう。
「クロコダイル〜? やだぁ、名無しのザコじゃない。ちょっと聞いた〜? アナハタ〜」
「ああ、ああ、もちろんだヴィジュー。まさか、まさか……龍属だというだけで、僕ら七曜闇武をどうにかできると驕ったか? 一兵卒の単騎攻めとは……」
ヴィジューにアナハタの纏う空気が変わった。
たぶん憤慨、しているのだろう。あたりの気温が、二度三度と上昇していくような錯覚を覚える。
何故、二人がそんな空気感を醸し出しているのかは分からなかったが、肩をすくめて成り行きを見守ることにした。
アナハタによって空けられた、オレの体の穴たちは、今はもう大分と治ってきている模様。そこは実に喜ばしい。
「ギャワワッ! 確かに、いかな下賤の亜人だとて、拙僧の様な雑兵と、七曜闇武との格の違いは心得ている。
――拙僧はただの伝令役。レッドドラゴン様からの命は、愚かな亜人どもに宣戦布告し、死んでこい。ただそれのみっ!」
ワニは堂々と、むしろ、嬉しそうに大見得を切って言い放った。
宣戦布告して、死んでこい? そんな命令が存在するのだろうか。疑問は尽きないが、ヴィジューにアナハタを見ると。二人とも、さして驚く様子もなく。
「ふぅん……」、と鼻を鳴らす程度のリアクションである。
再びオレは小さく肩をすぼめた。まぁ、どこからも文句がないのなら、それはそれで良い事だ。
「ギャワワ! 亜人どもの一般兵などをいくら屠ろうと、拙僧の魂は癒えぬ。どうせこの命、先が無いものと割り切れば魔王ヴァティ・パールより七つに分けられた、貴殿ら七曜闇武と相見える機会。実に武人冥利に尽きるというものっ。心が打ち震えて仕方がないっ!
――いざっ! お手合わせ願えるか、ご両人? それとも、化けの皮が剥がれるのが恐ろしいかな? ギャワ、ギャワワッ!」
ワニの体から、膨れ上がるようなオーラが立ち上り、嘲りを含んだ高笑いがいっそうこだまする。
「言うじゃない、脳筋バカのトカゲの分際でぇ……」
「まったくだ、ヴィジュー。実に不愉快だな、この手の愚かさ、愚かさには、まったく呆れかえる」
ヴィジューにアナハタも、見て分かるくらいには、怒だ。
黒の髪と、金色のボブカットが、ふわりふわり浮き上がっている。
オレ視点で見ても、確かに、ヴィジューにアナハタは、ワニよりも数倍の圧力を放出している様に見えた。
「ギャワワ、その闘気、流石と言っておこう。拙僧の最後に相応しく、改めて礼を言う。
――本気が出せる幸せっ!」
体は大きいが素手のままだったワニは、両手を胸の前でかざす。
すると、何もない空間から、突然武器が飛び出たのだ。
それは赤く燃え盛る炎を纏った、一対の鉈(みたいに見えるが、よく分からない)。馬でも一緒くたにぶった斬れそうなほど大きいので、不思議とワニに似合っている。
「ギャワワワッ! これを見よっ! レッドドラゴン様より頂戴せし、火龍の息で鍛えた、炎戟なりっ!
――いざ尋常に……よろしいか?」
ワニは、そのフランベルジュをまっすぐに構えて、鰐口からギザギザの歯を剥き出し。
息を吐く。
「三下が、たかだか帯霊武装を手に入れたくらいで、調子に乗るんじゃないわよぉぉ」
ヴィジューは声を低くして、全身の筋肉を強張らせている。
「待てヴィジュー。ここはどうだろう。愚かな龍属に、僕らが乗せられてしまっては、他の者に示しがつかない。つかないさ」
「……アナハタ。だってぇ……」
「どうだろう。後ろの、後ろの新参者を試してみるってのは?」
ここでヴィジューとアナハタはオレを見る。
「……おっと。どうやらオレの事を思い出してくれたみたいで、嬉しいねー。ヴィジューに、アナハタ」、ゼンゼン嬉しくはない。
両手をひらひらと、宙で泳がしてみる。
「そっかぁ〜、確かに〜。コイツの運用も試せるって訳ね、アナハタ……」
「そう、そうだヴィジュー。試すにはちょうど良い。実に、ちょうど良い」
二人は、横目でオレを捉えて薄く笑った。
「ギャワッ! 臆したか亜人っ」
「はっ? うっさいわね〜。アンタ如きと本気でやれるワケないでしょ〜、このヴィジューちゃんがさぁ」
「君ら、龍属の宣戦布告は受け取った。もう用済みの愚かな君には、すぐに死んで貰いたいが。それでは、それでは……」
アナハタは軽く頭を振って、その後をヴィジューが続ける。
「ヴィジューちゃんとやりたかったら、まずは、コイツ……」、親指でオレの方を指し示す。
「最近、誕生したばっかのコイツを倒せたら。しょうがないから、ヴィジューちゃんが、アンタを瞬殺してあげる。
――まぁ、格下なんだから、ノーだなんて言わせないわよ〜」
と、ヴィジューは先程までの怒りをおさめて、嘲る様にワニに言い放つ。
「ギャワ……最近誕生? ふむ……」
ワニはフランベルジュを構えたまま、奥のオレを舐め回す様に観察していく。
「……Lv.1、という事か。それを拙僧に……? ギャワワ、雑兵といえ舐められ……」、言葉を切って、ヌメヌメとした黒目が大きく見開かれる。
「貴様……その、尾椎の尾っぽ……まさかっ!?」
何にそんな驚く事があるのか。
「ん? あぁ、これか?」
オレは、ケツの穴を閉めて、神経が繋がっている事を確かめてから。ワニが指していると思われる尻尾を、服の裾から出して振ってみる。
「ギャワ!? 貴様ら……我ら龍属の因子を、亜人として組み込んだな……」
「龍属の因子?」、何を言ってるのかさっぱりだったが。オレとしては、もう気付いたら生えてたんだから、そこらへんに文句を言われても反応に困った。
「あぁ〜、なるほど〜。カーリーにドゥールー。そうかぁ、なるほどねぇ……」
「なんだヴィジュー。気付いてなかったのかい? 僕は、すぐに分かった、分かったけどね」
何を納得しているのか、二人は軽く頷いている。
「なんか、あんのかい? オレにはよく分からねんだけど。説明してくれよ、お二人さん」、説明……してくれねぇよな、きっと。まぁ別にいいんだけどさ。
「ギャワワワワッ! 貴様ら亜人は万死に値する! 我ら龍属を弄んだ罪は、重いぞ亜人共っ!」
今度は、ワニの方が激怒だ。
「いいだろう……望み通りに、その忌まわしき人形を屠ってから、龍属の誇りと矜持を知れっ!」
ドンッ――ッ!
人の話など聞く気もない様で、ワニはフランベルジュを構えたまま、直線を駆けた。
土埃を巻き上げて、一直線にオレへと、だ。
ヴィジューとアナハタは、すでに距離をとっている。
早いな、お前ら……
衝突。
間合いは瞬間で詰められて、ワニの刃先が逼迫。
早い。
否、早いは早いが、これまでの殴られたりとか、貫かれたりとかと比べると、それほどでもなく。
オレはギリギリで刃に掌底を当てて直撃を免れる。
しかし、相手の突進まではいなせなかったので、体当たりは喰らってしまう。
「ぅおっ!」
「ギャワワ! 貴様の様な紛い物は、龍属の誇りにかけて、今すぐに滅してやるっ」
突進の勢いはそのままに、オレはワニと一緒に後方へと追いやられていった。
その途中、ヴィジューの声が聞こえる。
「アンタ、生まれたばかりでもそんな雑魚にやられたら、ヴィジューちゃんが、きっちり殺すからね〜」
勝手な事を言うなぁ……はぁ……
オレは、戦わないといけないのだろうか。
「はぁ……」、後方へ引きづられながら、小さくため息を零す。
なんか、楽しくないなぁ。なんか、陽気に思えるナニカ。
ないかなぁ……