1章 陽気に始めよう。何事も…… 003
ふと気付くと、オレは見知らぬ部屋に居た。
いや、何処に行っても、全て見知らぬ場所なんだろうけど。とにかく部屋、だ。
ランプの灯りだけが寂しく石壁を照らし、ジメジメとした雰囲気が漂う……
「あれ、牢屋か。ここ……」
なんて事はない。よく見たら鉄格子が、コの字の部屋に蓋をしている。
起き上がり、自分の体を見ると、茶色の服を着ていた。少し、いやかなりボロボロの服だ。
試しにケツの方を見てみると。
「あぁ、夢じゃなかったか」
尻尾だ。爬虫類みたいな硬い皮膚に覆われた太い尻尾が、やはり生えている。
ボロボロの服は、まるで病院の患者が着るような一つなぎになっており、尻尾まで一緒くたに包んでいた。
「まぁ、付いてるもんはしょーがねぇよなぁ」、とオレは尻尾を動かしてみる。
お、なるほど。
尾てい骨らへんに力を込めて、ケツの穴をキュッと閉める様にしたら、なんとなく神経が繋がっている感覚を覚えた。
尻尾があるという経験は、改めて驚きだ。
と、そこで牢屋の外。その石造りの廊下を誰かが近づいてくる音がする。
「ああ、そうねー。やっと、起きたんだ。自己再生能力も、まぁまぁのようねー」
赤髪で、やる気の無さそうな声色を発する女である。確か、ドゥールーとかって呼ばれていたのを思い出す。
「おいおい、『オレは一体どうなって、ここは何処なんだー』。って、聞いた方がいいか?」
自分の声の違いにも、なんとなく慣れた。
牢屋の簡易的なベット(ただの板張り)に腰掛けて、オレはドゥールーを見据える。
「そうねー、随分と……余裕があるねー。不届者にしては興味深い……」
不届者。あれだろうか。
翠の髪色の女の胸を、図らずも揉んでしまった事を言っているのだろうか。
「ああ、あの女の胸を揉んだ事は謝るよ。事故だったんだ。あいつにも言っといてくれないか?」
「……」
ドゥールーは無言のまま、目尻をキッと尖らせ、片手を鉄格子の隙間から、オレの方へと向ける。
するとどうだろうか、少し離れているはずのオレの首に、何やら掴まれた感触が発生し。瞬間でドゥールーの方へと引き寄せられた。
そして褐色で長い耳を持つ女と、オレとの間に存在する鉄格子へ勢いよくぶつかる。
「がっ!?」
ミシミシと首が絞められる音と、オレの頭部が鉄の格子にめり込む音が牢屋内に響き。ドゥールーは顔を近づけて言い放つ。
「我らが王と戴く、魔王ヴァティ・パール様を指して、『あの女、あいつ』などと口が裂けても言うな……」
敵意を含む視線で、眼前でスゴむ褐色の女。
近くで見ると、いかにも本物っぽい長く尖った耳に、カッと見開きつつも人間の瞳孔ではないソレに。オレは改めて、あのおっさんが言っていた『異世界』というワードを思い出していた。
どうやら真剣に、ここはオレの知っている世界ではないのだろう。
だとすると、こいつらのもコスプレじゃないし。ましてや、人間ですらないのかも知れない。尻尾の生えてしまったオレみたいに。
ギリギリと喉が詰まる。近くに居るが、一切触れてない状態で、オレは鉄の格子にめり込み続ける。
何かしらの超常的な力なのだろうが、別に驚かなかったし。そして、特に痛いとかもなかった。
なんだろうな、割と平常心だなオレ……
「あ、そうかそうか。ごめんごめん。あんたらの上司なのか……あの人は」
なんせ見てわかる通り、ドゥールーは怒っている様子なので『あの人』、と雰囲気を柔らかくしてみる。
「上司……そうねー。面白い例えをするじゃない、シーヴァ」
やる気のない声色だが、依然表情は怒り目だ。
シーヴァ?
「え、それオレの名前かい? もしかして?」
「……? そうねー、お前が自分で名乗ったはずだけど?」
志波アキラのしば……シーヴァ? なんか発音が違う気がするけど、まぁいっか。
「ああ、そうそう。シーヴァ、シーヴァ。ははっ……あんたはドゥールーでいいんだっけ?」
「そうねー。ふぅ……ただの一兵卒が、私を『あんた』呼ばわり。そうねー、生意気ねー」
はぁまったく、カーリーに任せれば良かった。と、ボソリと呟くドゥールー。「そうねー、こちらの会話を理解する事ができるみたいだから、簡単に、お前の存在する理由と、任務を言うわねー。黙って聞くことねー」
なんて、自分勝手にドゥールーは言うと。オレの返答も待たずに話し出した。
どうやらこういう事らしい。
オレは、ドゥールーとカーリーによって生み出された、人工の亜人生命体で。長く続くこの魔界の争いに一石を投じるべく、最強の兵士として設計されているのだとか。
(魔界とか言われてもなぁ……しかも、戦争してんのかよ)
四人いる魔王の一人、ヴァティ・パール率いる東の亜人連合が、オレが今いる場所らしい。
(魔王? 亜人連合……?)
これからは戦闘力の向上と、あらゆる戦略、戦術を、オレに叩き込み。亜人連合の魔界統一の為に、命を懸けなければいけないと。ドゥールーは、やる気の無いその声色とは真逆の、真剣な瞳で言い切った。
「って、感じ。そうねー、だいたい分かったー?」
「あぁ、なるほどね。分かった分かった。そういうカンジねー、オッケーオッケー」、両手の平を上向きに構え、にっこりと笑って見せる。
まったく分かってなどいない。
よくよく考えれば疑問なんて山の様に出てくるが、そんなのは今、別に大した事ではなく。話なんて聞かなくても、流れに身を任せていけば、ある程度はどうにかなるだろうと考え。
オレはとりあえず、鉄格子にめり込んだままなのを早くどうにかしたかった。
「そう……そうねー。理解力は、まぁまぁのようねー。かなり生意気なその態度は、追々どうにかするとして……」
ここでようやく、喉を締め付けていた感触は薄れ。オレは鉄格子から顔面を離す事ができた。
「はは、いいね。ゴキゲンだ。さて、オレはこれから何をすりゃいいんだ? 教えてくれよ、ドゥールー」
イエイ、とばかりに片目を瞑ってウィンク。それを目の前の赤髪の女に送る。
ほんと、よく分からないけど。分からないなりに、せめて楽しく、だな。
締め付けられた喉や首らへんが、痛んだ様子はなく。鉄が変形するほどめり込んだはずの、顔面の痛みも無い。
これはラッキーと言っていいだろう。
「このっ、こいつ……いや、んー、まずは着替えねー。お前の、その見窄らしい格好は、我が軍に相応しく無い」
怒った表情をまた一瞬作ったが、ドゥールーは気にしない選択を取ったのか。手をパンと鳴らし「誰かいるー?」、と牢屋内に響かせた。
「はぁい、はぁい、はぁ〜い」
「ここに……ここに。僕はいますよ」
どこからともなく、二つの声がする。
それらは、どちらも聞き覚えがなく。新たな登場人物の予感を覚えた。
いっぺんに何人も出てきても、オレは覚えられない可能性があったが。その時は、その時だなぁ。なんて思って、本人達の登場を待つ。
いや、待つ必要はなかった。
ドゥールーの両隣に、いつの間にか出現していたのだから。
どこからやってきたのか、急に現れた二人。
一人は女で、ボブカットの金髪に。牡羊を思わせる螺旋状のツノが、その金髪の両サイドから生えており。青白い大きな瞳で薄く笑って、こちらを見ている。
もう一人は男で。黒髪、痩身痩躯で、いかにも病弱な雰囲気を漂わせ全身黒ずくめの、美形と言っていい顔立ちだ。
「そうねー、あなた達が来たのねー。ヴィジュー、アナハタ」
「そうよぉ、ドゥールー。ヴィジューちゃん参上〜」
「ふふ、まぁ僕たちは今、ヒマ、だからね……はは、僕は僕が……」
ヴィジューちゃんと自分で言っているのだから、金髪の女がヴィジューで。黒髪の男の方が、アナハタという事になるだろう。
三人はお互いを見る事なく、その視線はオレへと向いている。
「よぉ、元気ー? そっちのかわい子ちゃんは、中々エッチでいいね。そっちの優男は、全身黒のコーディネイトって所以外は……まぁ、大丈夫。元気出せよ。なっ?」
オレはとりあえず、親指をグッと立てて、現れた二人に微笑んで見せた。
仲間が増えたと考えれば、実に喜ばしいもんな。
が、その二人から瞬間で膨れ上がる、何かの気配。
「えっ……?」、とオレはマヌケな声を上げたと思う。