2章 破壊神、家出する。010
2章 破壊神、家出する。
「ほんとに、いつも曇ってんなココは……」
見上げた空は本当に空なのか実に怪しかったが、まぁ別に良いだろう。
曇ってても、なんでも、別に構わない。
オレは今、外を歩いている。
外は荒野と呼ぶにふさわしい大地が延々と続いていて。見える範囲で森だとか林だとかの、何かしらの緑色を見つける事は叶わない。
見た限り海とかもなさそうだ。
振り返って、自分が先ほどまで居た亜人たちの城を見る。禍々しい作りの、何階建てかも分かりづらい、変な塔なんだが。
「ごめんな……」、特に何に謝っているのか自分自身でも分からないまま。取り敢えずで、口に出してみる。
手ぶらでオレは、あの塔を出た。持っていく大事なモノなんて、何一つないからな。
そういえば、前世(前世、でいいんだよな?)でも、オレには特に大事にしたいモノなんて、一つもなかったかもしれない。
まぁ、強いて言えば、サッカー観戦と週末にあるダンスパーティくらいか?
「まぁ、いいさ。楽しけりゃ、なんでも……」、ポツリと呟く。
正直、彼ら彼女らのノリにはついていけない。なんというか、ひどく暴力的で楽しくはない。
だから……黙って変な塔から出ようと思った。
どう考えても、オレがアソコに居続ける理由は見当たらないし。楽しくなるような気配さえ、オレには見出せないのだ。
あいつらって、何が楽しくて生きてんだろう。なんて考えがそれとなく頭をもたげる。
「はぁ……」、別段どこに行くのかの指針はない。当たり前だけど。
荒れ果てた地面に落ちている小石を拾って、上へ放ってみる。
小石は乾いた音を立てて、無軌道にコロコロと転がった。
その無軌道に転がった方向へ、オレは歩を進めると決めたのだ。
ケツから生えている尻尾を振ってみる。感度は良好な様で、左右に小気味よく動いて、オレの気分を代弁してくれている。
未知の道程は、やはり好奇心を刺激した。
亜人達の塔を後ろに、右の方へと転がっていく小石。
「北、か……? わかんねぇな。ま、いっか。あっちだな……よしっ」
無意味に気合を入れて、小石がさし示した方角へオレは歩んでいく。
……
…
小一時間くらいは歩いただろうか。
「そういえば、オレ何も食ってないけど腹はすかねぇなぁ」、それなりに歩いて来たはずなのに、疲れる様子も感じない。
これって、もしかして何しても疲れないし、食べなくても平気な身体なのかな?
「え、それってサイコーじゃねぇ?」
これは、どれだけ歩いても変わり映えのしない荒野が続く、そんな退屈さを吹き飛ばすほどの、嬉しい気付きだった。
これなら夜通し踊っても、疲れないし、まさにオレが夢見た事態が起こっているのではないか。
「イエイ」、指をパチンと鳴らし、リズムを生み出す。
つま先をあげ、地面に落としたら踵をスウィング。体重移動で、逆足を今度はあげる。
小刻みにステップを踏んで、歩きながらのダンス。
ッパ、ツッタ、ッパ、ウン、ッタット。
「イエイ、イエイ」、頭の中の曲に合わせて、鼓動を作り出す。
段々とテンポを早め、それに合わせて進むスピードも早めていく。
側転やアクロバットな動きも取り入れ、合間合間に指を鳴らすのも忘れずに。
オレは、前に進むのと同時に踊ってもいくのだ。
自分自身のそんな不思議な(ある種、意味のない)行動に、むしろ楽しさを覚えて。テンションが上がっていくのを感じる。
「ははっ!」
するとどうだろう。
次第に目の端に、紫色の火花が見える様になってきた。
それらは何故か、オレ自身を取り巻いて、パチパチと。まるで放電でもしている様に、刹那で光り。刹那のうちに、空気へと消えていく。
それが、数個。十数個。
どんどん増えている様に感じられた。
「はは、いいねいいね。お粗末なサイリウムみたいだ」
実際はオレの目の不調だとしても、本当に火花が散っていても。どちらでもいい。
気にしない。
このままどこまで行けるか、疲れ果てるまで踊ってやる――っ!
本当に意味のない行動だとは思う。
しかし、それをしたくなってしまったのだ。どうしようもなく……
どのくらい進んだのだろうか。
まだまだ身体には疲れが見えない。
ふと、気になって後方を振り返った。
何百メートル。もしくは、一キロぐらいは踊りながら前進したかもしれない。
自分が通ってきた荒れた大地に、順繰りに視線を飛ばす。
すると。
パキ。
パキパキ。
小気味の良い音を地面が発したと思った瞬間。
地面が割れた。
自分自身が踊りながら通ってきた荒れ果てた大地が、通ってきた順番に割れて、陥没していくのだ。
そしてそれはつい最近、何処かで見たことのある割れ方でもある。
「え、はっ!?」
二足歩行のワニと踊っていた時に見た現象だ。流石に忘れない。
地面がまるで薄い板チョコでも割れるように陥没していき、その下には流砂が渦を巻いて。まさしく蟻地獄。
これは……。
「え、マジか……」、これってもしかしてオレのせい? そんな疑問が頭をよぎる。
踊りはやめて、呆然と目の前の光景をただ見てしまう。
少し後退った。
何故ならば、つい先ほど立っていた場所までも陥没し。流砂に飲み込まれていったからだ。
ワニの時は、円形の巨大な蟻地獄だったが。今は数百メートルにわたって通ってきた道をなぞるが如く、紡錘形にえぐれている。
「え、えぇぇ……どうゆう事〜」
正直わかる訳がない。ダンスを楽しんでいただけなのだから。
と、そんな時に。
「ちょっと、アンタねぇーーーっ!」
空から聞き覚えのある声が、急速に近づき……
瞬間。
オレの顔面へ、ヴィジューの蹴りが突き刺さる。
頭が吹っ飛んだかもしれない衝撃を覚えつつ、地面に叩きつけられ。威力そのままに数メートルを擦られ続けた。荒れ果てた大地と、金髪ボブカットの女の足とに挟まれながら、だ。
「お、おうヴィジュー。ひ、久しぶり……」、どうやら頭は吹っ飛ばなかった様なので、挨拶を口にする。
「面白くもない冗談ね、シーヴァ。ヴィジューちゃんには、一つも面白くないわ」
冷淡な声色に、釣り上がった青白い瞳。ヴィジューは倒れているオレの顔面を容赦なく踏みつけ、グリグリとねじった。
「あほぉっほ、っほほ」、なんと言っていいか分からず、取り敢えずで笑ってみたが。グリグリと、まぁまぁの力強さで顔面を踏まれているので、変な発声になってしまう。
「アンタねぇ……逃げるなんて、逆に、中々根性あるって思わなくもないけど。
――そ・ん・な・の・は、許可して、な・い・か・ら・ねっ」
ヴィジューはさらに強く、オレを踏む。
ガゴンと音を立てて、頭部はさらに地面へと深く沈んだ。
相当お怒りの様だね。当たり前か。
きっと亜人共からしたら、奴隷かペットが脱走したようなもんだもんな。それで怒るような感覚はオレにはないが、怒る奴は怒るだろう事は理解できる。
オレの家出なのか、脱走なのかが、早くも失敗に終わったのだ。
なるべく怒りを違う方向へとシフトできないかと考え。頭は地面にめり込んだまま、手だけを動かして。ヴィジューの後方を指で示してみる。
「はっ、何よ。――そ、れ……?」
指差しの方向を振り向いてくれた様で、固まるヴィジュー。
「え、なに!? はっ!? な、なんなの、これ……」
お、意外と良い反応。少しは気が逸れたか?
ヴィジューはすぐさまオレの胸ぐらを掴み、力任せに上体を起こして顔を近付ける。
「ちょっとシーヴァ。なんなの、これ?」
近くで見ると、頭の両側に生えた本物っぽい羊の角は迫力があって、それなりの威厳を思わせた。
それと同時に、なんとも言えない甘ったるい匂いが、オレの鼻腔をくすぐる(くしゃみが出そうだ、我慢するけど)。
「あぁ、それな。オレにも分かんないんだ。ははっ」
少し戯けて、やれやれと両の掌を空へと仰向ける。
そして、殴られる。
もう一度オレの顔面は、荒れ果てた荒野のその土へと、深く埋まった。
ふぅ。なんとも暴力的な女だ。




