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1章 陽気に始めよう。何事も…… 001



 プロローグ




 陽気な気分だ。いつもそうだけど。



『おい、お前……そこのバカ(づら)のお前だ』


 昼飯を食うためにノリノリで、どこか店を探そうかという時だ。そんな言葉が、オレの後ろから聞こえてくる。


「あ? オレ? オレの事かい、おっさん……なんだ急にヨ。後ろからいきなり声を掛けてくるなんて、すげぇゴキゲンじゃん」

 振り向くと、五十代半ばのおっさんが居た。

 小綺麗にまとまった高そうな衣服に、髪はオールバック。人を射抜くような尖った視線と、お世辞抜きで端正な顔が合わさった、シブい五十代のおっさんである。

 とてもじゃないが、オレみたいな若造とは住む世界が違う。そんな雰囲気を漂わせ、オレをまっすぐと見ているのだ。


 まぁ、腹が減ってもイラつかないくらいにゴキゲンなオレは、少し右の口角だけを上げて目でおっさんに言葉の続きを促した。

 右手はヒラヒラと、宙を泳がせている。


『お前さぁ……このまま生きていても、人の迷惑にしかならないから。

 ――()()()()()()()()()()()


「……っ、は?」


 ブツン。


 ここでオレの意識は途絶え。

 真っ白な空間が視界を覆う。


 これが始まり。

 オレの、破壊神としての人生が、ここから始まった。

 らしい……





 1章 陽気に始めよう。何事も……




「ごへぇっー!?」


 急に視界が暗転したかと思ったら、オレは何かの液体の中に居て。そして、そこから外に出たらしい。

 水が(こぼ)れ広がる音と共に、うつ伏せのまま何処かにドシャーと、排出された。

 ペタペタとした床の、ひんやりとした質感が皮膚から伝わる。

 視界はおぼつかず、肺に送り込んだ空気が、同時に肺内の液体を勢いよく口から噴出させて咳き込んだ。


「がへっ、がへっ! なん……おへぇえっ」

 何が何やら分からない。

 徐々に見えてくる視界。

 ふと、近くに人の気配を感じ取れる。


「ふぅ、これは成功と見ていいな? ドゥールー、カーリー?」

 涼やかな女の声がした。


「はい、ヴァティ様。今のところは……ですかねー」

 また女の声だ。少し落ち着いた様子の、やる気が無さそうな声である。


「エヘヘ。そうねドゥールー、今のところは……だねぇ。まぁヴァティ様、様子を見ましょうよー。エヘヘー」

 またまた女の声で、こちらは少し軽そうな感じだった。


 膝をついたまま上体を起こして、声のする方へと視線を向ける。

 目の焦点が、だんだんと合わさっていくにつれて、声の正体が像を結ぶ。

「は……ぁ?」


 そこにはコスプレみたいな格好の女が三人。

 特に感情が乗っていない瞳で、三様の視線をオレに向けていた。


「ら、れろ……はへ?」

 舌が痺れていて、うまく言葉にならなかった。


「ふぅ……」

 三人のうちの真ん中にいる女は、腕を組んだまま溜息を一つ。

 薄暗い部屋の中でも煌めく様に艶やかな(みどり)の髪色と、緩くウェーブがかったボリュームのあるロングヘアー。それが、吊り上がった鋭い猫目(変な形の瞳はカラコン?)とのミスマッチを感じさせる。

 服装は黒を基調とした、胸元がざっくりと開いたボディスーツとドレスの、ちょうど(あいだ)ぐらいだろうか。

 何かのコスプレ?


「カーリー、いいのかこれで? 何だか、すごく弱そうじゃないか?」

 多分、ヴァティと呼ばれていた翠の髪の女は。訝しむ様な視線と声色で、隣の青髪の女へと話しかける。


「エヘー、確かにですねぇ。ほんと、弱そう。大丈夫なの、ドゥールー?」

 カーリーと呼ばれた女は、褐色の肌に、耳の先端が長く尖っていた。

 自前かと目を疑いたくなるほど、精巧に作られた耳である。

 やはり服装の感じは、翠の髪の女に近い感じがするが、白と緑のツートンカラーで。腰まで裂けたスリットが特徴的な、ワンピースになっていた。


「うーん、計算上は大丈夫。な、はず……えー、うーん」

 ドゥールーと呼ばれた女は、赤髪で、身体的な特徴はカーリーと呼ばれた女に似通っている印象を受けた。

 つまり、褐色の肌に、長く尖った耳。

 双子……という設定なのか?

 着ている服も、青と黒のツートンカラーという違いはあれど、同じ作りのワンピースに見える。


 と、言うか。

 説明をしてくれ、誰か。

 ふと自分の手を見て、体の方にも視線を動かすと。どうやらオレは、一糸まとわぬ全裸状態だ(心なしか、体つきが逞しくなっている気がするが、それは今は置いておこう)。

 なんで、コスプレ女達に囲まれて、裸なんだオレ?

 

「ら、ら……れ?」

 まだ舌が痺れていて、うまく喋れない。いや、痺れていると言うか、自分の舌じゃないみたいな……

 なんだ、これ?


「ふぅ、まぁいいだろう。コイツの成果は追々見ていくとして……」

 ヴァティは、胸の前で組んだ腕を崩さず、体重を片側に掛けて隣の二人へと声をかけた。

「では、コイツの名前を決めよう。いいな? ドゥールー、カーリー」

「はい、そうですねぇ……」

「エヘ、そうしましょうヴァティ様ー」


 え、名前? オレの名前を決めるって言うのか?

「あ、あぁ……」

 オレには、志波(しば)アキラという名前がある。なんでコイツらは勝手にオレの名前を決めようとしてんだ?


「しゅ、しゅじゅ……じゅばぁき、らぁかー」

 あぁ、なんだか自分の名前も言えない。


「む? コイツ……もしかして」

「へぇ。会話を正しく理解し、自分なりの主張もできる。っと……」

「エヘー、いいですね。知能はまずまず問題なさそう。エヘヘー」


 三者三様に、女達は頷いたり感嘆の声を漏らす。

 オレの名前は、志波アキラ、だ!

「じゅばーーーーっ!」

 うまく言えなかった。

 もどかしさから、オレは両手を振り上げる。

 ついでに、床に広がった液体に足を滑らせて前につんのめってしまった。


 ここでふと気付いたのだが。目の端に何やら映る黒い影。

 前に倒れていく最中、目を見開いて首を曲げてケツの方を見てみると。

 オレの尻からは、爬虫類みたいな太くて硬そうな尻尾が生えている。

 は……っ? 尻尾っ!?


 そして、つんのめって手をついた先は、ヴァティと呼ばれた(みどり)髪の女の、ざっくりと開いた黒い衣服の胸元へ。

 そう……この女のオッパイに、オレは手をついてしまったのだ。

 ポヨンと、音が鳴った気がした。


 訪れる静寂。

 ヴァティの両隣にいるカーリーとドゥールーは、すごくすごく目を見開いて絶句の表情である。

 オレはすでに、尻尾の事など頭から消えて無くなっていた。

 二つの胸に深く埋まったオレの二本の手は、その柔らかさに、思わずピクピクと指を動かしてしまう。

 おおー、やらかぁい。ラッキー?


 ガッ――ッ!


「ぐがぁっーー!?」

 オレは、瞬間で殴り飛ばされていた。

 文字通り。

 殴り、()()()()()のだ。


 痛いとか思う隙間なんてなく、気付いた時には壁に激突し。大きな衝撃と共に、壁に大穴を開けてグルンと仰向けに倒れた。

 勢い的には、壁を突き破ってそのまま外に放り出されてもおかしくなさそうだったが、それはなんとか免れた様だ。

 仰向けに倒れて(のぞ)いた外の景色からは、現在のこの場所が、相当高所にあるという事を教えてくれているので。

 落っこちなくて良かったぁと思う。


 は? あの女のパンチ、すっげぇ強くない?

 右の頬がジンジンと痛む。

 いや、痛むぐらいで済んでるオレ? アレ?


 ザッザッザ、っと胸を揉まれた女の足取りは幾分の怒気を孕んで、倒れているオレにすぐさま近寄ってくる。

 そして、仰向けに倒れるオレの胸をなんの躊躇もなく、その足で踏みつけた。


「貴様……」

 ヴァティと呼ばれた女の鋭い猫目は、もっともっと吊り上がっていて。オレの目が変じゃなければ、黒いモヤを体に纏わりつかせて、(みどり)のロングヘアーがフワリと重力に反している。


「あ、あぁ……いやぁ〜なんか。ごめんごめん、わざとじゃない」

 アレ? 喋れる。

 顎に手を当てて気付いたのだが。もしかしたら、喋りづらかったのは顎が外れていたからだったんだろうか。

 それがこの女のパンチの衝撃で、ハマった……とか? まぁ、なんにせよラッキー。

 話せれば分かってくれるよな。


「あ、あぁ〜? アレ? 声が……」

 ここでオレは、自分の声が変な事に気付いてしまう。自分の声って、こんなだっけ。みたいな戸惑いが隠せない。

 

 翠の髪の女は、喋れる様になったオレの言葉は無視して。

 振り上げた拳を、一直線にオレへと放つ。

 そのスピードは、目で追えなかった。


 あ、喰らう。と思った瞬間。


 あたり一面、色が抜け落ちた様な、白い世界へと変貌し。

 オレに向かってパンチを繰り出している最中の女は、まるで時が止まったみたいに、微動だにしなくなったのだ。

 何? 何? と、事態を把握できてないオレは、首を振ってあたりを見回そうとする、が。オレ自身も、なぜか身動きが取れなかった。


「は……? いや、なんだ。なんだぁ?」


『お前が考えている通り、時が止まってんだよ』


 その低い声には聞き覚えがあった。

 そうだ、この声だ。


「あぁっ! おっさん!」

 動けなくとも、何故か声は出せる。

『よぉ、さっきぶりだな』


 上品に整った、()()()()()()服装のおっさんは。

 ニカリと口角を上げ。しかし、少しも笑っていない冷徹な瞳でオレを見ている。


 そして。

 オレ自身も、パンチを繰り出す女も、その後ろで口を開けたまま突っ立っている赤髪の女と青髪の女も、確かに時が止まったかの様にピタリと動かない。動けない。

 そんな、この白い世界で一人。

 おっさんは、悠々と歩いている。


 歩いているのだ。



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