神聖王国
もう少し人を呼んで来るようにケイオス様に言われ、私たちは相談して、私が祝福を授けた人に声をかけて、希望者を連れてくることにした。
神獣には祝福を受けた人がわかるそうなので、一番マイルドな見た目の金牛を連れて、オリバーさんが結界内に行って勧誘してくることになった。
両親と私は、浄化済の元魔獣の森にどんな樹が生えているのか確認に行った。
栗は種を出さなくても、ここに生えていた。
他にもドングリができる樹がたくさんあったから、結界の中から動物が逃げてきても、この森で暮らせそうだ。
オリバーさんは、10世帯、26人の人を連れて帰って来た。
結界内の空気は敏感な人なら体調不良を起こすくらい悪くなっているそうで、この方々は現時点で強く移住を希望してやって来た。
不都合があれば後で移動させることにして、とりあえず私の家のそばに10軒の家を建て、そこに入ってもらった。
結界の見張りと食糧生産についての負担を話し合い、それぞれ交代よりも専門でやろうということになった。
食糧生産の家には、私が力を貸して、作物の育ちを早めている。
結界の見張りは神獣とペアで行なうことにし、3世帯が見張り専門の家になった。一応、家庭菜園程度の食糧生産はしてもらうことにする。
いずれ、結界の見張りには月々報酬を支払い、食糧には対価を払うような貨幣経済を回して行くようになるだろう。
――お金を作らなくちゃいけないけど、どういう貨幣にするか決めるまで、塩で良いかな?海、ちょっと遠いし。
今度オリバーさんと大まかに案を考えてから、みんなに相談しようか。
少しすると、結界を越えて動物が逃げてくるようになった。
動物性タンパク質が足りないので、食べてしまいたいのは山々だが、雌と子供は狩らないルールを作って、家畜化を進め、肉は、子供のいる世帯優先で配った。
これだけでは栄養失調になってしまうかもしれないので、食糧生産担当の家から、原野の川に魚を取りに行く人を募って行ってもらうようになった。
そして、遂に、お腹を空かせた人達が逃げて来るようになった。
結界のこちら側から戻る人が居ないので、まだ結界を通れる条件がバレておらず、生活に困った善良な人だけが来ている。
中では、大神官様が私の髪と爪を使って瘴気の浄化をし始めて、空気が良くなってきたそうだ。
代わりに、水道設備と防衛設備が止まってしまい、宰相が水道設備の建て替えを急いでいるという。
物価が上がり、食糧を買えない平民が出てきているけれど、国からの支援は無いそうだ。
そんな時、ケイオス様が私とオリバーさんを呼んだ。
ケイオス様は私をそばに呼ぶと、ふっと抱き締めて、キスをした……超絶イケメンとのディープキス・・・なのだが、色っぽい気分には全くならない。
なにかビリビリしたものを流し込まれて、苦しい。
皮膚もピリピリしてきて痛い。
抗おうとしても叶わず、ただ涙が流れるだけ。
私の涙を見てオリバーさんが、
「無体な真似はおやめ下さい!」とケイオス様に体当たりしたが、弾き飛ばされて床に倒れ込んでしまった。
苦しくて永遠のように思われたが、時間にすると4~5分だったのかもしれない。
ケイオス様が離してくれると、身体中に力が漲っているのがわかった。
聖女の神聖力ではなく、本物の神様の力「神力」だ。
「聖女様!大丈夫ですか?!」オリバーさんが驚愕に目を見開いて叫んでいる。
ケイオス様が私の頬を撫でながら、
「ユリアよ、儂の色になったぞ」と言うので、鏡を見ると、私の髪は月の光のような白銀、瞳は氷のようなアイスブルーになっていた。
ケイオス様に神々しいけど得体の知れない何かを注ぎ込まれて、私の身体はDNAレベルで変わってしまったようだ。
なんだかなー。黒髪に紫の瞳でも作り物じみていたのに、見た目が完全に人外になってしまった。
「オリバーさん、私は大丈夫です。力が漲っています。
でも、あの、オリバーさんは私の色が変わっても構いませんか?」
――いや、ここは弾き飛ばされたオリバーさんの体を心配するところだろ!何を言っているんだ、私は!
オリバーさんはきょとんとしている。
「すみません、変なこと言って。
オリバーさん、お怪我はありませんか?」
「はい。着地寸前に減速したので。」
「ケイオス様、無礼を働いたにも拘わらずご配慮を賜り、ありがとう存じます。」
「良い。そなたはユリアが好きだから、耐えられなかったのであろう?」
「はい。わたくしはユリア様をお慕い申しております。
涙を流していらっしゃるのを見て、体が勝手に動いてしまいました。。。」
「ユリアもこの男が好きか?」
「はい」
オリバーさんは私がこの世界で一番信頼している人だ。
好きかと聞かれれば、「はい」としか言いようがない。
「ここは穢れに満ちた場所ではあるが、そなたの寿命が尽きるまでくらいなら、付き合って儂が引き上げてやっても良いと思っていたが、そういうことなら、これからはそなた自身の修行だ。
これまでと質の違う力を感じるな?」
「はい。恐れ多くも神力を感じます。」
「そなたは結界の中で水道設備を作ってやることも、溜まった瘴気を焼き払ってやることも、豊かな実りを約束してやることもできる。
しかし、生涯結界の中に入ってはいかん。
そなたの髪と爪は、持つべき者の手に渡った。
それを上手く使えば、中の者は生きていける。
また、神獣が気が向いた時にでも中に入れば、浄化と豊穣を齎すことができる。
そなたはここで自分の国を建て、民を慈しみつつ、結界内の者の成長も見守る。
それが次の次元に上がるための修行だ。
その男と手を携えて、励めよ。」
ケイオス様はそう言い残して神界に帰ってしまわれた。
ケイオス様が去った後、オリバーさんが、自ら原野の裂け目で翡翠を取ってきて、魔法で磨いて指輪にし、プロポーズしてくれた。
「あなたの優しいお人柄、あなたの表情に惹かれていました。お姿が変わっても俺の気持ちは変わりません。生涯お傍に置いてください。」
言葉にも感動したし、神殿にいる頃から胃袋を掴まれていた私は一も二もなくOKして、私たちは夫婦になった。
オリバーさんは、私の身の回りの世話を異常にやりたがる人で、片時も離れることが無い。
自分が傍に居ない時に私の髪が虎刈りにされたのがトラウマなのかもしれない。。。
私達は、最初に移住してきた10家族と協力して、原野の方まで開拓して食糧供給を安定させ、紙幣も流通させた。前世の金のように、私の祝福を込めた貴石と交換できるようにした信用通貨だ。作法に則って祈りを捧げると他人の害になる願い以外は叶う祝福だから、前世の金よりずっと貴重なはず。私の死後も効力は保つが、さすが千年とかは無理だろうから、その時々で良いように変えていってくれ。
結界の中では、民衆が蜂起して宰相が処刑された。
この時には国全体の負の感情が最高潮に達して、魔獣が生まれ、大混乱が起きた。
やがて有志による討伐が行われ、その時のリーダーが民衆から支持されて国の指揮を執り、一人の魔力に頼らない上下水道を建設中だ。
このままこの者の子孫が世襲して王国を築くか、民主化されるかは、民衆の選択次第。
ハンス第二王子は一平民になったが、女性にモテて、なんとか生きている。
コーデリアは神殿で大神官の補佐になり、魔獣が生まれないように監視しているようだ。
気まぐれにドラゴンが結界を越えて入って行って飛ぶと空気が浄化され、金牛が行くと草木が芽吹く。飛んでいる鳳凰の真下に入ると病気が治るらしい。
私達の住むところは、自然に「神聖王国」と呼ばれるようになっていた。
そして、私とオリバーさんの間に可愛い子供を授かった。
その子が神力を宿しているのに気付いて、私はここを世襲の王国にする決意を固め、女王に即位した。
力が遺伝するなら、力を持った子孫達は人の為に尽くさなくてはいけないからだ。
神力は世代と共に弱まり、やがて聖女のような神聖力になり、最終的には無くなるかもしれない。
子供達には、心の清らかな伴侶と結ばれて、神の力に頼らない国を作っていって欲しい。
以上で完結です。
最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。
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聖女と神様、自滅ざまあが好きなので、また何か書いていくと思います。今後ともよろしくお願いします。