ピンクブロンドの最期
その日、私は一人で土を耕していた。
ケイオス様は「気が進まんが、国王と約束したからな」と一人で王妃の処刑の監視に行ってしまった。
私は処刑など見たくないから行かなくて良かったけど、ここに一人で残るのも退屈だった。
ケイオス様が魔獣の森と原野の一部を溶かして作ってくれた「新たなる天地」には、空と黒土の大地と私の家しかない。
結界の向こうからお腹を空かせた人がやって来て人が増えるかもしれないから、
食糧生産を始めた方が良いのではないかと思って、家から適当に離れた場所を耕した。
ケイオス様が帰ってきたら植物の種を出してもらえるか聞いてみようと考えつつ、とりあえず植える場所を用意している。
私の食糧も、ケイオス様がいつまでここにいて下さるかわからないから、生産できるようにしないと。
収穫できるまでの間の食糧はケイオス様頼りになってしまうけど、どこまで面倒見て貰えるだろう?
神様相手に不躾に質問するのも憚られるし、少し不安だな。
私は前世でも農業や園芸の経験はなく、小学校で朝顔の観察日記をつけたことがある程度だ。
だって、入院してる間水遣りできないんだもの。
どうせ枯らしてしまうから、やろうという気にならなかったさ。
今、土を耕しているのも、何か知識に基づいたものではなく、ケイオス様にやる気を見せつつ暇つぶしをするためである。
「桃栗三年柿八年」と言うし、桃と栗は比較的早く実がなるのよね?
栗は縄文時代から栽培していたらしいから、難しくないかも。
桃は……前世で食べていたようなものは無理かもなあ。でも、日本神話で、黄泉の国から追い掛けて来た「黄泉醜女」が貪り食ってたから、古くから美味しい食べ物だったんだろうな。。。
無い知識を振り絞って栽培する植物を考え、種が手に入れば桃と栗を植えようと決めたところで、結界からシャランと風に揺れるチャイムのような音がしてきた。
何事かと身構えて待つ。
しばらくすると、結界を抜けて、ドラゴンが入って来た。中華風の龍ではなく、西洋ファンタジー風の恐竜に羽根が生えたようなヤツだ。
結界を通れてるし邪悪な感じはしないけど、一応、水魔法を放てるように手のひらをそちらに向けていたら
「聖女様!」という声が聞こえてきた。
この声は……
「オリバーさん!」
神殿で私に温かい食事を提供してくれていた心優しい神官、オリバーさん!
白馬ならぬ白いドラゴンでやって来た。
「処刑される所だったと聞いて本当に心配しました。ご無事で何よりです!ああ……でも、御髪が……」
オリバーさんは涙ぐんでいる。
「「ユリア!」」
よく見ると、後ろにお父さんとお母さんも乗っていて、手を振っている。
3人とも無事だったのね!良かった!
しかし、なぜにドラゴン??
ドラゴンに目を向けると、彼?は「伏せ」の体勢になって、
「あの時助けていただいたトカゲです」と声が聞こえた。
助けた覚えはないけれど、何度か当時「クリーン」だと思っていた浄化魔法の実験台にした記憶ならある。
あれでトカゲがドラゴンになってしまったということは……毎日のように魔法を浴びまくった家畜や両親はどうなっちゃったの?
家畜についての疑問はすぐに解消された。
チャイムの音と共に鳳凰と金牛がやって来たから。
「お父さん、お母さん、大丈夫?」
「「何が?」」
「私が毎日浄化魔法をかけた動物が神獣になっちゃってるみたいなんだけど、お父さんとお母さんはなんともない?」
「今更か?聖女になる前には神殿に面会に行ってただろう?
毎日かけられているうちに、身体が強くなったような気はするが、問題ないぞ?」
お父さんが爽やかな笑顔で言う。
「とにかく立ち話もなんだから、家に入ろう」
3人を応接間に案内して、アッサムティーを入れた。
オリバーさんが泣き出しそうな様子なので、まず私からこれまでの経緯を話し、「ヒール」とケイオス様のご加護で、オリバーさんが気にするほど大変ではなかったと説明した。
けれど、オリバーさんは、「でも、御髪が……」とまだ言っている。
ロングヘアが好きなのかしら?
爪は無いと痛いから元に戻したけど、髪は長くても邪魔なだけだからコーデリア様にやられた虎刈りのままだ。
「オリバーさん、この髪の毛、気になりますか?たぶんできると思うので、伸ばしましょうか?」
「聖女様……申し訳ありません。
見ていると痛々しくて。
俺がお守りできなかったばかりに……」
「私が両親を逃がして欲しいと頼んだんじゃないですか。体は1つしか無いんだから、私も両親も守るなんてできませんよ。
実は私自身はこの方が頭が軽くなって快適なので、少し伸ばして見た目良くカットで整えるということでどうでしょう?」
「では、ご自分では難しいでしょうし、俺に整えさせて貰えませんか?」
やってもらうならお母さんにだと思うけど、オリバーさんがとてもやりたそうなので、了承した。
「ヒール」で髪を肩に着くくらいまで伸ばして、顎くらいの長さで切り揃えるようにお願いする。
オリバーさんは壊れ物でも扱うように丁寧に髪を梳かし、カットしながらこれまでのことを話してくれた。
オリバーさんは神殿を出て約束通り両親を連れて実家を離れてくれたそうなんだけど……
「ご両親はお強いし、神獣に守られているしで、俺は必要ありませんでした。」
えぇぇ……じゃあ、私が時間稼ぎの為に第二王子の断罪に付き合って、素戔嗚尊みたいな目に遭ったのは全く無駄だったの?痛かったのになあ。
オリバーさんと両親は、合流して、念の為数日洞窟に隠れて。出て来たら空気がどんよりしているし、ユリアが東の結界を破って逃げたというし、慌てて探しに来たのだそうだ。
お父さん、お母さん、本当に元気そうで、逃げた罪悪感も全部無駄。
ガックリしているうちにカットが完了した。
鏡を見ると、見事なワンレングスボブで、我ながら似合っていると思う。
オリバーさん、温めてくれたスープの温度も絶妙だったし、とっても器用なのね。
感心していると、「細かい毛がチクチクするから」と風魔法で飛ばしてくれた。
この人も前世日本人なのじゃなかろうか。
その後、私が野菜ピラフとミネストローネを作って4人で食べた。
私の欲望の中に動物性タンパク質が入っていなかったらしく、食糧庫には米と野菜ばかりでメインになるような物が無く、皆さんには物足りなかったかも。
これからここで一緒に暮らしたいから、日本式の温泉入浴法を伝授して、「お客様用布団」で寝てもらった。
ベッドは私とケイオス様の分しかないから、ケイオス様が帰ってきたらあと3つ出そう。
「お客様用スイートルーム」じゃなくて、お客様用の未使用布団があるところが、日本のおばちゃんなのよねぇ。。。
翌日、有り合わせのもので朝食を済ませて4人で茶の間で寛いでいると、ケイオス様が転移してきた。
「お帰りなさいませ、ケイオス様。」
「ああ、ただいま。家族の者か?会えて良かったな。」
平伏する3人に、ケイオス様が「良い良い、楽にしておれ」と声をかける。
「お陰様で、両親だけでなく、家畜まで無事に再会できました。」
「家畜が神獣になっておるな」ケイオス様が可笑しそうに笑った。
「同じように魔法をかけたのに、動物は神獣になり、両親は少し強くなった程度なのは何故でしょう?」
「ひとつは、人間は他者との関わりで多少邪気を溜めるから、そなたの神聖力がその浄化に回されたこと。
もうひとつは、人の身であるそなたの能力の限界だな。
今も儂と共に暮らしてそなたの神聖力は上がっておるが、共寝をすれば神聖力ではなく、神力が手に入るぞ。のう、ユリア?」
ケイオス様は私に問いかけながら、目はオリバーさんの方に流してくすりと笑っている。
オリバーさんはゴクリと固唾を飲んた。
共寝って……ケイオス様って眠るのかしら?
うっかり寝てる間に3メートルくらいまで巨大化したら踏み潰されてしまうではないか。
「そんな!恐れ多いです」
とりあえず曖昧に断った。
「たぶん、そなたが考えていることとは違うぞ?儂は眠るなら短くても50年程だ。
まあ良い、戯れ言だ。」
神様ジョーク、いまいち分からなかったけれど、ケイオス様にお茶でも出そう。
「ケイオス様、お茶を召し上がりますか?
何になさいますか?」
「ああ、もらおう。おぞましい物を見たからな。爽やかなものが良い。
ペパーミントティーはあるか?」
「ございます。すぐにお持ちします。」
私がお湯を沸かしている間にも、待ちきれないようにケイオス様は話し始める。
「本来、この国の神が選んだ聖女はあの王妃だったようだな。
しかし性根が曲がっていてどうしようもないので、世界を問わず募集をかけて、たまたまレベルアップ寸前のそなたが見つかったと。
休む間もなくこちらに送られただろう?」
「はい。そういえば、死んだと思ったらすぐに面接で、決済印を押されてこちらに来ましたね。前回以前は覚えていないので、そういうものかと思っていました。」
「それにしてもあの王妃、強烈だったな。
魔力封じを打ち破って、『こんなはずない』とか『国王の唯一になるはずだった』とか喚いて悪霊化しながら火魔法を放つものだから、石打ちに集まった人間が近寄れなくてな。
ここで死者でも出たら、殺した殺されたの業ができてモイライの仕事が複雑になるからな。
儂が姿を現して王の同意を取り、魂を粉砕したよ。
あれがまともな魂であったなら、そなた同様、清炎を使いこなし、この国の浄化と積善に励んでいただろうに。」
「あの、人間のために申し訳ございません」
ペパーミントティーを出しながらお詫びすると、
ケイオス様は
「なに、規格外の魂が飛んできてしまうのは不可抗力だ。」とため息をついた。
「ところで、外の土が掘り返されているようだが、そなたがやったのか?」
「はい。食糧確保のため、作物を植えた方が良いかと思いまして。」
「うむ。儂がそばにいる限り、そなたが想像できるものはなんでも出せる。
また、植物の育成を早めることもできる。
もう少しあちらから人を呼んで、相談して国の形を決めるといい。」
ドラゴンはトカゲ時代、近所の猫にちょっかい掛けられて逃げ回っていたとか。
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