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王国崩壊の序章

コーデリアは国王の申し付けに従い、すぐに神殿に向かった。騎士団の動きが慌ただしく、不穏な空気を感じたからだ。

父が言う通り、ユリアの傍にいて髪の毛に触れると、僅かながら治癒の力が使えるようになった。しかし、断罪の場では魔力を完全に移す手順を踏めなかった。

父は「魔力の根源は髪と爪であるから、それを身体から抜いて聖女を殺せば髪と爪を持っている者に魔力が移る」と言っていたが、ユリアは髪を根元から切って爪を抜いた後でも「ヒール」で爪を復活させていた。それも魔力封じの手枷をしていたにも拘わらず、だ。

コーデリアの中で不安が渦巻く。

魔力封じが効かないほど強力な聖女に報復されたら、自分とハンスは生き残れるだろうか?


コーデリアはハンス第二王子と結婚したかった、ただそれだけだ。

聖女の力はそのオマケのようなもの。自分の身を危険に晒す程のものではない。


コーデリアとハンスは兄妹のように育った。

コーデリアには兄がいるが、兄はつまらない男だった。純朴といえば聞こえはいいが、善良で優しくて鈍い。見た目もよくある茶色い髪に同色の瞳だ。

一方、ハンスは王妃に似た桜色の髪にサファイアブルーの瞳という美貌で、危ない魅力があった。

コーデリアはハンスに初めて会った時から恋をしていた。

ハンスしか見ていなかったから、兄以外の男と比べることもなかった。

家格の釣り合いも良く、父の後押しもあって、コーデリアはいつかハンスに嫁いで王弟妃になるものと信じ、勉強に励んでいた。

しかし、平民の女が300年振りの聖女に任命されると、状況が一変した。

その女は騎士団の魔獣討伐に同行して、魔獣の森の浄化をし、神殿を通じて貴族の病気治療も行なっているという。

王宮はこの聖女取り込みに動き出し、第二王子ハンスとの婚約を決めてしまった。

コーデリアはいずれ婚約するかもしれない候補というだけで、正式な婚約者ではなかったのだから、文句の付けようもない。

幸い、ハンスもコーデリアを妃に迎えるつもりでいてくれたようで、聖女のことを疎んでいた。

聖女であればハンスと結婚できるのなら、聖女になるまで。

父がコーデリアを聖女にする方法を調べてくれた。

ユリアの治癒魔法を盗む為、奉仕活動で聖女の身の回りの世話をするという建前で神殿に入ることになった。


ユリアは黒髪に紫の瞳をした美しい少女だった。平民の子のはずだが、所作には品があり、態度も堂々としていた。

コーデリアはできるだけユリアの髪を触り、近くで過ごした。

すると、確かに自分の魔力が変化している感じがした。

そして、ついに治癒魔法を使えるようになり、神殿内で聖女として扱われるようになった。

ユリアの物怖じしない様子がだんだん鼻についてきて、食事を抜いたり仕事を増やしたりの嫌がらせをしたが、神殿内に咎めるものはいなかった。

大神官は些事には関わらないので、儀式以外の部分の実権はコーデリアの物となった。

しかし、聖女に任命された訳では無く、これだけではユリアを蹴落として王族に迎え入れられることは無いだろう。

そこで父が「聖女に適当な罪を着せて追放する」と言ってくれた。

その罪が王族殺しだったことには驚いたが、王太子と王孫が死んでハンスが喜んでいたので、コーデリアも嬉しくなった。

コーデリアは、たとえハンスが母方の爵位を継いで子爵になっても構わなかったが、ハンスは国王になりたがっているので、応援したかった。

だが、ここへ来て、ハンスの母親が王后の故郷で処刑されるという。

ハンスにも累が及ぶかもしれない。

流石に通行証無しの平民になるのは辛いが、それでもハンスの命が助かるなら、一緒に逃げよう。ハンスだって一人よりコーデリアと一緒が良いだろう……。

とにかく、早く聖女の髪と爪を大神官に届けて、ハンスに会おう。

神殿を探し回っても見つからず、やむなく王宮に戻ると、王宮の一室に閉じ込められていた大神官を発見した。

聖女の処刑を邪魔させないため、父宰相が監禁していたのだ。

コーデリアは大神官を解放して、聖女の髪と爪を渡した。

宰相の血縁だったお陰で魔力封じの魔道具も解除できた。

「聖女にいったい何があったのだ?無事生きているのか?」

髪と爪を見て驚愕する大神官にこれまでのことを洗いざらい話すと、

「聖女の魔力が移るのは、香の移り香のようなもの。聖女の身体から出る物は香の煙のようなもの。煙をいくら吸ったところで、自分の身体から強い香りを出せるようにはならんよ。愚かなことをしてくれたものだ」

大神官が頭を抱える。

コーデリアは父に従っただけなので、反論のしようもなく項垂れた。

「して、なぜ結界内部にここまで邪気が溜まっているのだ?結界が壊れて魔獣の森の瘴気が入り込んだのか?」

「分かりません。ユリアがみすぼらしい男の子を背負って逃げた後、急に空気が悪くなりましたが、結界が壊れたという話は聞いておりません。」

「とにかく、宰相ではなく儂にこれを届けたことには礼を言う。」

大神官はコーデリアの向かって短い祝福の聖句を唱えた。

大神官と別れたコーデリアは

ついにハンスを見つけ、駆け寄った。

「ハンス様!王妃様が王后の実家に送られ、処刑されるそうです。一緒に逃げましょう!」

喜んでくれるかと思ったハンスは

「どこに逃げるっていうんだ?嫌だよ、お前と逃げるなんて。」と冷たく笑う。

「あれは母上の独断で行なったこと。

王后からの嫌がらせに精神を病んでしまったんだ。

俺には関係無い。

それに、俺はただ一人残った王家の血を引く者。父上が俺を殺すようなことはないさ。」

――逃げるのが嫌だと言ったのか?それとも「私と」逃げるのが嫌なのか?――コーデリアは胸に重石を詰められたように苦しくなる。

「とにかく宰相と一緒に父上の所に行こう。

貴族院の前に、父上に俺を王太子と認めてもらわなければ。

父上のように友好国から高貴な姫を娶ることになるな」

上機嫌なハンスに手を引かれ、重い気持ちで宰相の執務室に向かう。

執務室で宰相は慌ただしく書類仕事をしていた。

顔を上げてハンスを認めると

「ジル様のご実家から宣戦布告されました」と告げる。

そこでコーデリアは、王妃がジルの実家に引き渡されることを話した。

続いて、断罪の場で聖女の力が自分に移らなかったこと、大神官を解放して聖女の髪と爪を渡したことを告げる。

無断で大神官を解放した事を責められるかと思ったが、宰相は、王妃の移送の衝撃が強かったらしく、それ以降に言ったことは頭に入っていない様子だった。

「国王陛下の元に参りましょう」

宰相がハンスに言い、3人は国王の執務室へ向かう。

そこに国王の姿はなく、酒類のコレクションが飾ってあるガラスキャビネットの戸が開いたまま放置されていた。

「ブランデーが無い!」

ハンスが声を上げた。

「玉座の間へ!」宰相が叫ぶように言うと、ハンスと宰相が走り出したので、コーデリアも後を追う。

玉座の間では、毒酒を飲んだ国王が亡くなっていた。

「アルフレッド……早まったことを……」

宰相が呟く。

ハンスは呆然と王の亡骸を眺めていたが、

「では、俺が現在の国王ということか?」

「いや、非常時であっても王笏を光らせないと王にはなれない。

この国の設備の多くは、定期的に王の魔力を流すことで動く。王笏は設備を動かせるかの簡易試験になっている。

設備を動かせるのは初代王の直系子孫か、現国王が認めた者だ。

国王が手順に従って設備を譲りたい者の魔力を登録すれば、その者も施設を使える。」

宰相の説明を聞いて、ハンスが

「初代王の直系ということは、父上の子ならば良いんだろう?俺で良いじゃないか!」と言う

宰相は答えなかったが、ハンスは国王の亡骸から王笏を取って握りしめた。

……光らない……。魔力を流しても変化はなかった。

「宰相!どうやって光らせるんだ?」

「ハンス、お前では光らない。お前は俺の子だ。」

予想外の言葉にハンスとコーデリアが固まる。

「アイシャは気性の激しい女だろう?アルフレッドは本来ああいう女は苦手だったんだ。

猫を被って元の婚約者を陥れたものの、周囲から認められず荒れに荒れてね。

兄と父を殺されてからアルフレッドがアイシャと閨を共にしたことは無い。

しかし、腑抜けのアルフレッドはお前が生まれても何も言わずに王族に認定したよ。

あいつがそこまで弱腰なら、お前とコーデリアを結婚させて、純粋な俺の血を王族に入れてやろうと思ったのだがな……。

王笏を光らせる者が居ない以上、宰相の俺が指揮を執る。

ハンス、お前は愛しい女との息子だ。次はお前に譲るから安心しろ」

自分の子供同士を結婚させようとしていた父にコーデリアは狂気を感じる。

自分と、自分の初恋の相手にもその血が流れている事実に鳥肌が立つ。

王太子になった途端自分を捨てようとした「兄」ハンスにも愛想が尽きた。

一巫女としてでも神殿に入れてもらって暮らそう…

コーデリアは王宮を離れて、神殿に向かったのだった。

お読み下さりありがとうございます。

ハンスとコーデリアの「ざまぁ」に悩みましたが、夢破れて、崩壊する王国で暮らしていくということで良いかなと。

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