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お零れ聖女

お妃教育が始まると、騎士団に同行する仕事が無くなり、お妃教育の先生とほとんどの時間を過ごすようになった。先生は、ご主人を亡くして貴族令嬢の家庭教師をしながらお子さんを育てている、大らかな女性だった。

ある日、先生が、転んで膝を擦りむいたご子息に手を当てて、こちらの世界の「痛いの痛いの飛んでいけ」的なことをしたら、みるみる傷が塞がったと報告してきた。

大神官様主導で検証が行われ、確かに傷が治ることが確認されて、またしても神殿が大騒ぎになった。

そんな時、宰相閣下のご令嬢であるコーデリア様が、奉仕活動として神殿に入って来た。

私が使っていた聖女の部屋はコーデリア様が使うようになり、私は見習い巫女用の部屋に移った。

前世庶民の私に聖女用の部屋は広すぎて落ち着かなかったから、部屋の交換は全く問題なかったのだけど、コーデリア様の奇行には悩まされた。

部屋を交換して早々、私はコーデリア様に呼び出されて、元自分の部屋に行った。

そこで入浴するように命じられてバスルームに入ると、後からコーデリア様が入ってきて、乱暴に私の髪を洗った。

同性とはいえ、いきなりお風呂に侵入されて髪を掴まれ、めちゃめちゃ怖かった。

その後、コーデリア様は毎日私を呼び付けて、入浴を命じて髪を洗う。洗うというか、シャンプーを溶かした水を頭から浴びせられて髪を泡あわにされるだけだ。濯ぎもない。

バスルームから出ると、切れるのも構わず乱暴に髪を梳かし、それが済むと私など居ないかのように優雅にお茶を飲んで刺繍や読書で時間を潰す。

退室させて貰えないので、その間私はせっせとミサンガに似たアミュレットを編んで魔法を付与するようになった。

朝一番で呼び出されて、昼食も出されないまま夕食の時間まで拘束されるのだから、ここで仕事をしないとその日のノルマがこなせない。

成り行き上、できあがったアミュレットはコーデリア様の侍女が神官の所に持って行くようになったので、傍から見るとコーデリア様が作ったように思えるだろう。

そんな彼女の奇行に付き合わされているうち、コーデリア様が小さな怪我を治せるようになった。

えらく派手なキラキラした光を出して傷に当てると、じんわり温かく感じて傷が塞がるそうだ。

それを聞いて、私はやっとコーデリア様の奇行の意図を理解した。

私のそばに居た人が一時的に治癒の能力を得たという情報を得て、試しに来たんだろう。

それから、神殿ではコーデリア様が聖女で私は見習い巫女という扱いをされるようになった。

でも、コーデリア様の力は私のお零れでしかないし、小さな怪我しか治せないから、相変わらず私は彼女に長時間拘束されていた。

そして前座のようにコーデリア様の前に浄化魔法をかけ、「聖女」の治癒が効いたように見せる裏工作に加担させられた。

不本意ではあるけど、誰が治したと思われようと、結果的に困った人が救われるならそれで良かった。


今日も、神殿の中庭には聖女の治癒魔法を求める群衆が集まっている。

「はい!ちょっと火みたいなのが見えてチクッとするけど、大丈夫ですからね?いきますよ?」

神官さんがこちらに視線を向けたので、私は軽く頷いて「清炎」を放った。

白い炎が竜巻のように渦巻いて人々を飲み込む。

子供達は絶叫し、大人にも小さな悲鳴を漏らす人がいた。

炎は一瞬で消えたのだが、少し遅れて泣き出す子がいるので、中庭に泣き声が満ちていく。

泣いている子供を抱いた女性が「神官様!私達は聖女様の治癒魔法をかけて頂きに来たんです。どうして見習いの練習台になって痛い思いをしなくちゃいけないんですか?」と声を上げた。

「マダム。ユリア様は見習いではなく、大変優れた浄化魔法の使い手です。

コーデリア様の治癒の前に浄化を受けて病気の原因を身体から追い払っておけば、治癒の効果が劇的に上がるのですよ。

悪いモノが着いていなければ痛くありませんので、マダムがもし痛みを感じたのなら、早いうちに浄化できて良かったと思いますよ?」

神官さん――名前はオリバーさん――が私の顔色を伺いながら女性を宥めている。

オリバーさんは、コーデリア様の嫌がらせで食事が貰えなくなって困っていた私にこっそり食事を持ってきてくれる優しい神官さんだ。

しかも、スープが冷めていると、「温めますか?」と聞いて、魔法で温めてくれる。

気遣いが細やかでほっとする。

オリバーさんに「怒ってないよ」と示すために、私は日本人らしく困ったような笑顔を見せておいた。

泣いていた子供達も泣き疲れて静かになった頃、中庭にコーデリア様がやってきた。

群衆から歓声が上がる。

コーデリア様の侍女が

「これより聖女様が治癒の奇跡を施します。

しかし、これだけの人数全員に対応することはできませんので、本当に必要な人に個別で魔法をかけていきます。その場を動かずにお待ちください。

勝手に聖女様に近づく者がいれば、護衛が対応し、治癒魔法はそこで終了です。」

と説明すると、期待に顔を輝かせていた人々はしゅんとして静かになった。

コーデリア様は、身なりの良い親子に優しく「浄化は痛いのによく我慢しましたね。今病気を治してあげますからね」と声をかけ、派手なキラキラを出す。

小綺麗な人達ばかり3組ほど選んで「治癒の奇跡」とやらを授けると、中庭を去ってしまう。

「ヒール」が本当に必要な患者を連れた人々が治療を懇願するが、構わず行ってしまった。

中庭が不穏な雰囲気になると、オリバーさんじゃない神官が少し離れたところから

「聖女様の魔力にも限りがあるので、治癒を受けられなかった方はこちらをお持ち下さい。聖女様の魔力が込められたアミュレットです。本来は販売しているものですが、聖女様のご慈悲で、無料で差し上げます。」

と私が作ったアミュレットが入った籠を掲げて見せる。治癒を受けられなかった人達が我先に神官に走り寄る。

中庭にはアミュレットを受け取りに行けないほど体調が悪い人が残るので、私は一人一人から症状を聞いて「ヒール」をかけて回る。

私の治癒はコーデリア様と違って地味だから、患者さんが静かにしていてくれれば気付かれない。

そうして重症者の取りこぼしが無いか見回していると、「お姉ちゃん!今日もありがとう」とお花を差し出してくれる子が居た。

「これもどうぞ」と飴玉をくれる子もいた。

「あのね、最初はお姉ちゃんの火を浴びると痛かったんだけど、今は痛くなくなったんだよ。

あとね、お父さんは、お姉ちゃんの火を浴びると疲れが取れるって言ってるよ。」

口々にお礼と感想を言ってくれる。

癒されるー。

私は子供にお礼を言って、祝福の聖句を唱えた。

最後に、最近毎回来ている鼻水を垂らした子供が残った。

あの子には毎回浄化と治癒をしてるのに、見る度に鼻水を垂らしている。

何か悪い病気なのかな?実はほとんど生命力が残って無いとか?

「こんにちは。鼻水、全然治らない?ほかにどこか具合の悪い所はある?」

気になって聞いてみると、鼻水を垂らした子供は首を横に振る。

「一度治っても、またすぐ鼻が出るの?」

子供が頷く。

治るってことは魔法は効いてるのよね。

この子の治療は手応えが無くて、神聖力がじゃぶじゃぶ持っていかれるような感覚になるから、効いているのか不安だ。

「魔法をかけると一度は治るなら、今日もかけてみようか?」

子供が頷いたので、全力で浄化して、副鼻腔の炎症をガーゼで覆うイメージで「ヒール」をかける。

おお!綺麗になった!

鼻詰まりが治って呼吸が楽になったんじゃないかな?

「貰い物なんだけど、これ食べる?」

先程貰った飴を見せると、頷いたので、渡した。

ボロボロの服を着て、体も汚れていて、鼻水を垂らして……「みすぼらしい」を絵に書いたような子だ。

もっと助けてあげられるといいのだけれど……。

「あなた、お名前はなんて言うの?」

もう5~6回こうして魔法をかけているが、名前を聞いたのは初めてだ。そもそもこの子、喋れるのかしら?

子供は飴の包みを開けながら「ケイ」と教えてくれた。

「ケイ君か、良いお名前ね。」

ケイ君は飴をモゴモゴ食べながらニカっと笑った。

たくさんの作品の中から見つけてお読み下さってありがとうございます。

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